今回は、「“痛勤”と働き方改革」について、アレコレ考えてみようと思う。
 通勤じゃなく、痛勤。あるいは“通緊”と言ってもいいかもしれない。

 先週「触らない痴漢」という、一瞬耳を疑うキーワードがネットで話題になった。
 きっかけは3月23日に放送されたテレビ番組での、元埼玉鉄道警察隊隊長の発言である。

 数々の痴漢行為を検挙してきた元警察隊の方は、痴漢が減らない理由や最新の痴漢の手口などを紹介。その中で「触らない痴漢」について解説したのだ。

 「直接女性の体に触るとすぐに捕まるため、好みの女性に近づいて電車に乗り込み、電車の揺れを利用して接触し、匂いをかぐ『触らない痴漢』が問題になっている」(by 元警察隊長)

 そして、「匂いをかいだりなどの“触らない痴漢”も検挙する」と断言した。

 番組直後からTwitterで「#触らない痴漢」というスレッドがたち、番組内容がテキスト化されさらに拡散(こちら)。

 週刊誌でも偶然(?)「触らない痴漢 決め手は女性側が不快と思うかどうか」という記事が掲載され、瞬く間にテレビやラジオの情報番組でトピックになったというわけ。

  • 数字を見てるだけで「経営をする気」がない経営者
  • 「会社を変えてやる!」と意気揚々だった若手が、出世したとたんに豹変
  • 女性だけの会議はダラダラ長い
  • ヒマな50代がごろごろいる
  • 「いやぁ、完徹しちゃって、ははっ」と徹夜自慢する
  • etc etc
どこの組織でも起こる問題を53の研究に基づき「真実」を展開。

「文化心理学」「ピーターの法則」「首尾一貫感覚」「わが国大企業の中間管理者とその昇進」「OECD国際成人力調査 」「プロジェクト・アリストテレス」など幾多もの理論や学術論文に加え、「 600人強へのインタビュー」から改善の具体策を導き出す“役立つ一冊”です。

 週刊誌では、都道府県警察が、痴漢に対して警戒や対策を強化した結果、痴漢の取り締まりの強化検挙件数が2006年の4181件から、3217件(2016年)減少したものの、強化策が皮肉にも「触らない痴漢」という“新たな犯罪”を生み出していると指摘。

 大阪府警も、公式ホームページで〈盗撮、のぞき見、いやらしい言葉や行動などで、恥ずかしい思いや不安を感じさせることも、ちかん行為の一種です〉と呼び掛けており(こちら)、「女性が訴えれば痴漢の容疑がかけられることになる」と警告している。

触らない痴漢にこわい思いをしてきた

 触らない痴漢は、昔からいた。
 私は学生時代、変態行為を見せる“触らない痴漢”に何回か遭遇している。座席に座っているときに目の前に立った男が“触らない痴漢”行為に及んだこともあるし、通学ラッシュ時に、卑猥な言葉をずっと耳元でつぶやき続ける男もいた。

 その恐怖は半端なく、「こわいものなし!」の私でさえ、恐怖感に襲われ、声を出すことも、身体を動かすこともできなかった。「嘘だろ? いつもバンバン好き勝手言ってるクセに」と疑われるかもしれないけど……。
 せいぜい近くにいる人に目配せして必死に訴えたくらいで、それでも気付いてもらえず、涙は出るわ、男は止めないわ、車両を変えても着いてくるわで、本当にこわい思いを何度もした。

 ですからして、個人的には「触らない痴漢」の検挙も、考えて欲しいとの思いはある。

 だが、今回は「匂いを嗅ぐ」という行為も“痴漢”とされたため、当然のごとくネットでも、街頭インタビューでも否定的な意見の嵐となった。

「触らない痴漢のえん罪をどうやって防げばいいんだ?」
「手は上に上げときゃなんとかなるけど、鼻に詰め物しないと電車乗れない」
「もう電車で息できない」
「通勤ラッシュとかどうすりゃいい?」
「会社に無事につけるか、毎日ドキドキじゃないか」
「もう全席指定するしかないよ」
……etc etc.

 「触らない痴漢」は「受け手が恥ずかしい思いや不安」を感じれば痴漢なので、深呼吸しただけで「いやらしい息を吹きかけられた!」と言われたらアウト! だし、鼻がむずむずして息を吸い込んだだけでも「いやらしく匂いを嗅いだ!」と言われたらアウト!

 でもって、「この人痴漢です!」と疑いをかけられ、駅長室に連れて行かれたら、自分の人生もアウト!……になる可能性が高い。

 どんなに「やってません!」と反論しようとも、会社や家族に連絡がいき、警察に通報され、仕事も家族も人生も奪われかねない。圧倒的に被害者の立場が優先される。
 今だって、手を上げるなどの“えん罪防止姿勢”で、通勤ラッシュに耐えている男性は少なくない。これに「匂いを嗅ぐ行為も痴漢」となれば、男性陣にとって実に由々しき事態である。

 そもそも首都圏の通勤ラッシュは、異常だ。国土交通省では「乗車率200%未満」としているが、こちらの図(国交省HPより)で見る限り、250%を超えていることは間違いない。

[画像のクリックで拡大表示]

 私は滅多にラッシュ時に乗ることはないが(すみません)、たまに乗ると自分の足の行方すらわからなくなり「私、ひょっとして宙に浮いてる?」って感じだし、前のお姉さんの髪の毛が鼻に入りそうになり、お酒臭い吐息や、キツい香水の匂いで気を失いそうになる。

 「会社勤めの方たちは、毎日、こ、こんな思いをして会社に行っているのか?……すみません」
などと、なぜかみなさまに申し訳なくなる。

ロンドンにもいる触らない痴漢

 とはいえ通勤ラッシュは世界共通で、ロンドンでも、パリでも、ニューヨークでも、香港でも、マニラでも、北京でも、結構な混雑ぶりだ。
 ただ、ロンドンの知人によれば、
「電車内で他人と接触する事を避けているというか、風習がないので、東京の様に人と人とがサンドイッチ状態になる様な事はない」
とのこと。

 また、日本の研究者の中には日本独特の文化的考察を交え「痴漢論」を研究している人たちもいるが、ロンドンでは日本同様、痴漢が問題になっていて、こんな動画を公開している。

 これはTfL(ロンドン交通局)によるもので、ご覧の通り「いやらしい視線で相手を見つめる行為、性的な発言」などの「触らない痴漢」も、れっきとした痴漢と定義。紳士の国「イギリス」にも痴漢はいるが、恐怖から通報できない女性が多いため、

 「がまんしないで! 痴漢ホットラインに通報してね!」(by TfL)――と呼びかけているのである。

 「でもさ~、動画の男は確かにいやらしい目でみてたけど、普通にボ~っとしてるだけでも、女性にいやらしい視線で見られた!って勘違いされたら痴漢なのか?」
こんな不安を抱いた人もいるかもしれない。

 その可能性はある。ボ~としてただけでも、コンタクト入れ忘れて中吊りを見るのに目を細めていただけでも、受け手が「いやらしい」と感じれば通報される。

 ただし、日本と大きく違うのが、
痴漢の疑いをかけられる(被害者の通報)=痴漢行為(加害者) ではないってこと。

 TfLでは、特別に訓練された痴漢対策チームが存在し、徹底的に「痴漢か否か」の検証をするのだ。
 被害者だけでなく、近くにいた乗客や目撃者から聞き取りをしたり、さらには、駅構内や電車内の監視カメラから徹底的に検証する。

 ここで威力を発揮するのが、「人口1人当たりの監視カメラの台数で世界トップ」とされる、膨大な数の監視カメラだ。

 偶然にも5日のナショナルジオグラフィックNEWSで「いつも誰かに見られている、超監視社会ロンドン」という記事が掲載され、テロ対策で設置された監視カメラで、人々は「怪しい」と思われたら最後まで延々と追跡されるリアルが伝えられている。
 本人は全く気付かない状況で、一挙手一投足が“他人”に見つめられてしまうのである。

長時間通勤のストレスは年収40%アップしないと割に合わない

 これはこれでこわい話ではあるが、それが痴漢のえん罪防止に役立っているというのだから考えさせられる。

 いずれにせよ、たかが通勤。されど通勤。
 言い古されているように、通勤は「痛勤」であり、最近はいくつか痛勤の影響に関する研究も蓄積されている。

 例えば、イギリスの西イングランド大学が5年以上にわたって、通勤がイギリスの会社員2万6000人以上に与えた影響を分析した調査(2014年に発表)では(Commuting and wellbeing)、

  • 通勤時間が1分増えるごとに、仕事とプライベート両方の満足度が低下し、ストレスが増え、メンタルヘルス(心の健康)が悪化する
  • 仕事の満足度については、1日の通勤時間が20分増えると、給料が19%減ったのと同程度のネガティブな影響が及ぶ
  • 同じ通勤時間でも、徒歩もしくは自転車で通勤する人は、バスや電車通勤の人に比べ、プライベートに対する不満が少ない

などの結論を得た。

 ドイツの経済学者のブルーノ・フライ博士が発表した論文では(“Stress That Doesn’t Pay: The Commuting Paradox” 2004)、
「長時間の通勤がもたらすストレスの高さは、年収が40%アップしないと割に合わない」
としている。

 また、スウェーデンで暮らす18万人の夫婦を対象に行なわれた調査では(“On the road: Social aspects of commuting long distances to work” 2011)、
「1人のパートナーが毎日就労するのに少なくとも45分通勤するときに、カップルが離婚する可能性が40%高い」ことが判明している。

 上記の調査はあくまでも、通勤時間との相関関係を調べているので、会社から遠くにしか住めないなどの経済的理由などが影響している可能性もある。

 日本では最近になってやっと「通勤時の混雑具合とストレスの関係性」を客観的データに基づき調査する研究が出てきたが、対象者も少なく、「これだ!」というエビデンスは得られていない状況である。
 それでも誰が考えたって、「混雑」はストレスになる(=痛勤)。そこに「痴漢のえん罪不安(=通緊)」なるものが加われば、心身の健康にマイナスの影響を及ぼし、仕事満足感や人生満足感が低下する可能性はかなり高い。

通勤ラッシュこそ「働き方改革」で

 要するに、この通勤ラッシュこそ「働き方改革」で、積極的に取り組めばいいと思うのだ。
 フレックスタイムやテレワークを駆使すれば、仕事の生産性にもプラスになる。
混雑時の8時~8時半を避け出社する。自宅勤務をもっと利用する。出先から直帰をオッケーにする。
それを徹底するだけで、“痛緊地獄”から解放される。

 ところが、「平成29年就労条件総合調査(厚労省)」によれば、

  • 変形労働時間制を採用している企業は 57.5%で、前年 60.5%より減少。
  • 企業規模別では、1,000 人以上が 74.3%(前年70.7%)、300~999 人が 67.9%(同 67.2%)、100~299 人が63.3%(同 64.0%)、30~99 人が 54.3%(同 58.5%)。
  • 変形労働時間制の種類別(複数回答)にみると、「1年単位の変形労働時間制」33.8%(同 34.7%)、「1か月単位の変形労働時間制」20.9%(同 23.9%)、「フレックスタイム制」5.4%(同 4.6%)。

 たったの5.4%!!! そう。たったの5.4%だ。

 これだけ「そこにいなくても仕事できる通信インフラ」が充実しているのに、実施できないワケが私には全く理解できない。
 まさか、全員が一緒に「はい、スタート!」と仕事をスタートしないと効率が下がる?
 あるいは、全員が同じ時間に出社しないと、不平不満が蔓延する?   いったい何が妨げとなっているのだろうか?(是非、教えてくださいませ!)

 これだけ「無駄を削減しろ! 効率化だ! 生産性をあげろ!」と言ってるのだから、会社に行く時間を快適にすればいい。
 社長さんもたまには黒塗りの車を降りて、痛緊ラッシュをご体験いただければ……よろしいかと。国会の審議など待たずして、明日からでも始められる「働き方改革」を是非!

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