急速に進む海の酸性化が、一部の海洋生物には「有益」だった? 実験結果から明らかに

急速に進む海の酸性化は、いまや一部の海洋生物に大量死をもたらすなど深刻な問題になっている。鉱物を海水に溶かすことでアルカリ度を高めるようなアイデアも提案されているが、その一方で実は一部の生物にとっては酸性化がプラスに作用する可能性が、研究結果によって明らかになった。
急速に進む海の酸性化が、一部の海洋生物には「有益」だった? 実験結果から明らかに
PHOTO: JEREMY BISHOP/UNSPLASH

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大気中に放出される二酸化炭素が増加し続けた結果のひとつとして、世界のの成分が変わりつつある。海はこれまで、巨大なスポンジのように作用して、人間の活動によって放出された二酸化炭素の3分の1近くを吸収してきた。

しかし科学者たちは現在、途方もなく大規模な実験が展開されつつあるのを見つめている。こうして吸収された二酸化炭素によって化学反応が引き起こされ、海の酸性度が高くなり、それによって多くの海洋生物が生息しにくくなっているのだ。

米国の太平洋北西部やメイン湾では、牡蠣などの貝類の大量死が起きている。2月23日付けの『Science』誌では、サンゴ礁が再生能力を超える速度で消滅しつつあるという調査報告が掲載されている。

一部の研究者は、徐々に進む海の酸性化を元に戻すための地球工学的な手法を真剣に検討している。カンラン石や石灰岩のような鉱物を海水に溶かすことによって、海水のアルカリ度を高めようというのだ(巨大な水槽にリトマス紙を浸す実験を覚えているだろうか。青になればアルカリ性、赤になれば酸性だ)。

アルカリ度を高めることによって海洋生物が棲みやすくなるだけでなく、海の「スポンジ」がさらに多くの二酸化炭素を大気から吸収できるようになるというこのアイデアは、ふたりの英国人科学者が2017年に『Reviews of Geophysics』誌に発表した論文で提案したものだ。もう少し研究を進める(そして資金を投入する)ことにより、海洋の生態系を乱すことなく数千億トンから数兆トンの炭素を捕捉できるだろうと彼らは予測している。

ニシンが酸性に強かったワケ

ただし、このように大がかりな地球規模の実験には、準備が整うまでに実験室での小規模な研究がたくさん必要となる。それまでにできることとして科学者たちは、酸性度が進んだ海で優位に立つのはどういった種なのか特定を試みている。

スウェーデンのフィヨルドでは、ある研究グループが、人工的に酸性にした海で何が生き残れるか実験を行った。「メソコスム(mesocosm)」実験と呼ばれるもので、海中に隔離された浮揚式の細長い管を設置し、海水を満たす。そして植物プランクトンや動物プランクトン、微小なニシンの幼生を入れた。その後、溶け込んでいる二酸化炭素の量を増やしていき、酸性度が高まるにつれて、ニシンの幼生がどのくらい生き残るかを追跡したのだ。

IMAGE COURTESY OF RITA ERVEN/GEOMAR

北欧で重要なもうひとつの食用魚であるタラを使って行った同様の室内実験では、魚が全滅した。ドイツGEOMARヘルムホルツ海洋研究センターの海洋生態学者であり、『Nature Ecology and Evolution』に発表された論文の共同執筆者であるカトリオーナ・クレメセン=ボッケルメンは、「驚いたことに、今回の実験では全滅は起こりませんでした」と話す。「それどころか、生存率は高くなりました」

どうやらニシンは酸性過剰が好きらしい。なぜだろうか。理由はふたつ考えられる。

まず、海水中に溶け込んでいる二酸化炭素の量が増えるとプランクトンも急増し、それが魚の餌になる。ふたつ目として、ニシンのほとんどは、海底近くで放卵することがわかっているが、そうした場所は二酸化炭素の濃度がもともと高い。つまり、タラのような水面近くで産卵するほかの種よりも、海の酸性化に適応しやすいことになる。

それなら、酸性化した海で首位に立つのはニシンになるのだろうか。それは状況次第だ。クレメセン=ボッケルメンによると、魚の幼生にとっては海の水温も大きな要因になるという。魚は水温の低いところを求めて北に向かって泳ぐことができるが、そうして見つけた新しい生態系で、必ずしも適切な餌が見つかるとは限らない。

「それぞれの適応と生態に応じて、勝者と敗者が生まれるでしょう。同じ種のなかで変化が起こる可能性もあります」と、クレメセン=ボッケルメンは述べる。例えば、バルト海東部に生息するタラは、(その海域の悪名高い水質の悪さによって)pHが絶えず変化する生息地にすでに適応しているが、環境が安定している北太平洋のタラは、pHの変化に敏感だ。

「敗者」が死に絶えてからでは遅すぎる

ニュージャージー州のラトガース大学では、海洋生態学者のグレイス・サバが、米国側の大西洋における生態学上の勝者と敗者について詳しく知りたいと考えている。現在は、自律型無人潜水機(AUV)に搭載した初めての海洋酸性度センサーを、4月に出動させる準備を進めているところだ。

このAUVは、ヴァージニア州からロングアイランドの先端にかけての沖合い約30~130マイル(約50~200km)にある大陸棚の上に留まっている冷たい底層水のなかを移動する。この海域は、商業的に重要な各種の魚が生息するだけでなく、ホンビノスガイやホタテガイ、ホッキガイ(アメリカウバガイ)など、酸性化が進む海水から泳いで避難することができない種の生息地でもある。

「これらの種族はその場所に留まり続けます」とサバは言う。AUVに搭載されたセンサーはサバや同僚の科学者たちに対して、変化し続ける海水の成分のデータを、アメリカ海洋大気庁(NOAA)の海洋学調査船が4年ごとに実施している現在の海洋酸性化実験よりも迅速に提供してくれる。「自分たちで現場でサンプルを採取する必要があるという事実は、私の目を開かせてくれました」とサバは述べる。

バルト海のタラから、ニューイングランドのホタテガイに至るまでの海洋の生態系は、人間が温室効果ガスを大気中に放出するのにつれて変化し続けている。海が化学方程式やアルゴリズムの通りに振る舞うわけではないということを理解している科学者たちは、これからも人間の意図とは別に生じている現象を明らかにする努力を続けていくだろう。

生態学上の勝者が現れて繁殖し、「敗者」は立ち去るか、死に絶える。しかしそうなってからでは、この地球規模の実験を元に戻すには遅すぎるかもしれない。


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TEXT BY ERIC NIILER

TRANSLATION BY MAYUMI HIRAI/GALILEO