スプリントとTモバイルの合併、鍵を握るのは「5G」への投資

携帯電話市場で3位のTモバイルと4位のスプリントが、株式交換による合併で合意したことを明らかにした。だが、実現までには規制当局の承認という大きなハードルが待ち受ける。その実現可能性について、合併に反対する声と賛成意見の双方の視点から考えた。
スプリントとTモバイルの合併、鍵を握るのは「5G」への投資
Tモバイルの現最高経営責任者(CEO)ジョン・レジャー。PHOTO: JOHN TAGGART/BLOOMBERG/GETTY IMAGES

携帯電話キャリアである「スプリント」の名が消滅するかもしれない。携帯電話市場で3位のTモバイルと4位のスプリントが、株式交換による合併で合意したことを明らかにしたのだ。

合併後の新会社の名称はただの「Tモバイル」で、Tモバイルの現最高経営責任者(CEO)ジョン・レジャーがトップに就任する。ただし、規制当局が承認すればの話だ。

この条件は大きい。トランプ政権は、オバマ政権に比べて電気通信業界に対しては一般的に友好的だとされているが、大型合併に「待った」をかけたことはある。

例えば、AT&Tによるタイムワーナーの買収だ。Tモバイルとスプリントが経営統合すれば、大手事業者の数は4社から3社になる。合併計画の承認審査が厳しくなるのは必須だろう。

統合が実現すれば、新会社の加入者数は約1億2,720万人と、首位のベライゾン(1億5,050万人)や2位のAT&T(1億4,160万人)にかなり近づく。

孫正義が新会社の取締役に

株式交換の比率はスプリント1株に対しTモバイル0.10256株(Tモバイル1株に対しスプリント9.75株)で、新会社の企業価値は1,460億ドル(約15.9兆円)となる見通しだ。持ち株比率はTモバイルを所有するドイツテレコムが42%、13年にスプリントを買収したソフトバンクが27%で、残りの31%は少数株主が握る。ソフトバンクCEOの孫正義とスプリントCEOのマルセロ・クラウレは、新会社の取締役に就任する。

合併後の本社機能は、Tモバイルの本拠地のワシントン州ベルヴューに置き、スプリントの本社があるカンザス州オーヴァーランドパークに第2本社を設置する。今後もスプリントのブランド名を残すかについては、取引完了後に決める方針だ。

合併は当事者が合意しても、規制関係の審査に時間がかかる。11年にはAT&TがTモバイルを買収しようと試みたが、当局の承認が得られず断念した。その後、スプリントを傘下に納めたソフトバンクがTモバイルも手に入れようとしたが、当局はこれにも難色を示したため、取引は物別れに終わった。

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16年の大統領選挙の後で、規制緩和に積極的なアジット・パイが連邦通信委員会(FCC)のトップに任命された。これを受けて合併話が再燃したが合意には至らず、両社は17年11月に協議を中断している。

Tモバイルとスプリントはプレスリリースで、「コストの低減とともに規模の経済を確保することにより」サーヴィスの価格を下げることが可能になると主張する。5Gへの移行に向けて400億ドル(約4.4兆円)を投じるほか、従業員数は別々に事業を行うより増える見通しで、数千人の雇用が創出されるとしている。また、経営統合によって「2社が別々に行うよりも迅速に、高密度かつ広いエリアをカヴァーする5Gネットワークを構築することが可能」という。

適正な競争が機能しなくなる?

サーヴィスの質の低下や値上げへの懸念から、合併に批判的な見方もある。AT&Tによる買収が失敗したあと、Tモバイルは価格を大幅に単純化し、年間契約を廃止した。無料のピザや映画チケットまで提供するようになり、結果としてスプリントを抜いて市場3位に躍り出たのだ。Tモバイルにならって、他社も顧客に長期契約を押し付けるのを止め、無制限のデータプランを復活させている。

FCC委員を務めたこともある弁護士のジジ・ソーンは、以下のような声明を出した。「Tモバイルとスプリントが競争力のある価格やデータプランを打ち出したことが、米国の2大携帯電話キャリアであるベライゾンとAT&Tによる値下げやデータプランの見直しにつながりました。今回の合併でキャリアの数が少なくなって消費者の選択肢が減るだけでなく、市場全体にとっても適正な競争が機能しなくなることが懸念されます」

一方、経営統合を支持する向きは、Tモバイルとスプリントが一緒になれば大手2社にさらなる圧力をかけられるようになると主張する。

シンクタンクFree State Foundationの創設者ランドルフ・メイは、「合併が承認されるべきかについてはまだ立ち位置を決めかねています。ただ、通信市場について具体的な厳しいルールがあるべきだとは考えていません」と話す。「オバマ政権は、当時のFCC委員長だったトム・ウィーラーが明言したように、全国規模のキャリアの数が4社から3社になるのに反対しました。市場を分析するうえで、こうした手法は間違っています」

トランプ政権でもFCCは特に、市場と合併のどちらに対しても自由主義的な態度を取っている。ただ、この政権は大衆に迎合するポピュリスト的な一面をもち、安全保障上の問題を理由に外資企業が米国企業を取得するのを阻止したことも何回かある。

トランプ大統領は3月、シンガポールの半導体大手ブロードコムによる米クアルコムへの買収提案を巡り禁止命令を出した。背景には市場のバランスが崩れることで中国企業の台頭が進むとの懸念があったとされる。

Tモバイルとスプリントはどちらも外国企業が所有しているため、こうした介入の可能性は低いかもしれない。しかし、いかなる意味でも予想がつかないのがトランプ政権だ。


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TEXT BY KLINT FINLEY

EDITED BY CHIHIRO OKA