ソフトバンク、知られざる「不動産ビジネス」への傾倒

10兆円ファンドとして知られる「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」が、米国を中心に不動産関連ビジネスへの投資を相次いで実施している。建設関連企業のカテラに約1,000億円、コワーキングスペース大手のWeWorkには約5,000億円といった具合に、ビジョン・ファンドは不動産の世界における生態系を広げ、テクノロジーをかけ合わせることで価値を高める戦略を加速させている。ソフトバンクの孫正義は、その先にどんな「王国」を築こうとしているのか。
ソフトバンク、知られざる「不動産ビジネス」への傾倒
PHOTO: MARK KAUZLARICH/BLOOMBERG/GETTY IMAGES

マイケル・マークスは過去2カ月にわたり、さまざまなカンファレンスでの基調公演の依頼を断ってきた。自身が立ち上げた建設関連企業カテラは設立から3年だが、注目され始めたのはごく最近のことだ。マークスは「建設関連テクノロジーはちょっとしたブームなんですよ」と話す。

そうかもしれない。しかし、カテラへの関心が高まっている理由はそれだけではない。この1月に「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」から8億6,700万ドル(約942億円)もの出資を受けることが決まったのが大きいだろう。

ヴェンチャー業界で最も話題のファンドが、これだけの額を拠出するのだ。カテラが一夜にして有名になったのも無理はない。マークスはもともと、5億ドル(約543億円)程度の資金を集めるつもりだった。だがこれまでもそうだったように、ソフトバンクがかかわっていることが明らかになると、すぐに何もかもが膨れ上がった。

この半年で相次ぐ不動産分野への投資

ヴェンチャー投資家たちからは憧れと恐れの入り混じった目で見られるソフトバンク・ビジョン・ファンドは、最先端技術に積極的に出資することで知られる。しかし最近は、不動産業という世のなかで最も退屈なビジネスのひとつにのめり込んでいるようだ。

総額930億ドル(約10兆983億円)というとてつもない財力は、いかなる市場でも参入を決断すれば、そこでの勝者と敗者を決めるだけのパワーをもつことを意味する。不動産分野でもすぐにそうなるだろう。

同ファンドでマネージングパートナーを務めるジェフリー・ハウゼンボールドによれば、不動産関連の出資先候補として50社以上を検討してきた。その結果、これまでに4件の出資を決めており、今後もこの分野で新しい投資を計画しているという。

カテラへの出資発表からさかのぼること1ヶ月前の昨年12月には、不動産仲介スタートアップのCompass(コンパス)と住宅保険のスタートアップのLemonade(レモネード)に、それぞれ4億5,000万ドル(約488億円)と1億2,000万ドル(約130億円)の投資を行うことを決めた。また17年8月には、コワーキングスペース大手のWeWorkに44億ドル(約4,777億円)を投じている。

消息筋によると、現在は不動産取引プラットフォームのOpenDoor(オープンドア)との出資協議が進む。OpenDoorは13年の設立で、仲介ではなく自社で住宅を買い取ってから再販売するビジネスモデルを採用し、購入規模は年間10億ドル(約108億円)を超える。なお、ソフトバンクもOpenDoorも出資の可能性についてコメントを控えている。

テクノロジーで価値を増す業界

不動産ビジネスは、ソフトバンクの最高経営責任者(CEO)孫正義が主張する「人工知能(AI)とロボットとビッグデータが支配する未来」からは、少しばかりずれているようにも見える。しかし、ビジョン・ファンドはシンギュラリティ(技術的特異点)を超えた場所にも手を伸ばしている。それも当然で、AIやロボティクス関連のスタートアップだけでは、930億ドルという金額はとても使い切れないからだ。

ハウゼンボールドは『WIRED』US版の取材に対し、ビジョン・ファンドの対象には人間の欲求や欲望といった側面も含まれると語っている。テクノロジーによって取って代わられることも、破壊されることもない何かだ。

日常生活においてロボットとAIが重要な役割を占めるようになっても、「食事はしなければならないし、頭上には屋根が必要です。わたしたちは何かを学んだり、旅行をしたり、他者と親密な関係を築きたいという欲求をもち続けるでしょう」と、ハウゼンボールドは言う。

ビジョン・ファンドは不動産関連の事業はテクノロジーの発展によって消え去るでのはなく、むしろその価値を増すと考えているのだ。

不動産業の魅力はその大きさにある。ビジョン・ファンドのような巨大なファンドには、それにふさわしい規模のビジネスが必要だ(同ファンドの最小出資額は1億ドルという)。この業界はソフトバンクのチームが興奮するのに十分な桁数の数字を提供してくれる。世界の不動産の総資産価値は、実に228兆ドル(約2京4,788兆円)に上る。

価値志向型の業界におけるテクノロジーの役割

さらに、不動産市場は群雄割拠だ。例えば、住宅仲介・不動産サーヴィスで米国最大手のリアロジー・ホールディングスは「センチュリー21」など10以上のブランドをもつが、すべて合わせても市場シェアは2桁に届かない。

また、大手でもテクノロジー化は遅れている。投資銀JMP Securitiesで不動産投資部門を率いるライアン・スコット・アッベは、「不動産業界の人間は基本的に、すぐにリターンを求める価値志向型と呼ばれる投資家です。彼らは普通とは異なった見方で世界をとらえているのです」と話す。「テクノロジーによるソリューションといったものは、彼らを混乱させます」

データの有効活用により市場の効率化が進み、不動産会社はこれまでのように、単純に安く買って高く売ることで利益を得るのが難しくなってきている。投資家、仲介業者、金融業者、その他のプレイヤーたちは、テクノロジーによってもたらされた新たな競争で戦略的な決断をより素早く下すため、テクノロジーそのものに頼らざるを得ないのだ。

ビジョン・ファンドの設立以前にソフトバンクから出資を受けた商用不動産データプラットフォームのReonomyのCEOであるリチャード・サーキスは、次のように語る。「不動産業はおそらく、世界経済でこの種の混乱を経験していない最後の業界でしょう」

300年の時間軸で物事を語る男

一方で、このビジネスはあらゆる種類のヴェンチャー投資家を引きつけている。調査会社CB Insightsによると、不動産関連のテック系スタートアップ(業界では不動産テクノロジーを略して「Proptech」と呼ばれている)への投資は、2013年には133案件で総額5億4,600万ドル(約593億円)だった。それが2017年には、487案件で98億ドル(約1兆653億円)にまで急増した。ビジョン・ファンドによるWeWorkへの44億ドルの出資が含まれていることを考慮しても、大きく伸びているのは確かだ。

しかし、ビジョン・ファンドほど迅速かつ積極的な投資をするファンドは少ない。孫は300年といった時間軸で物事を語ることを好む。彼はまた、起業家に対して元の計画よりも多くの資金を調達し、その突拍子もない夢よりさらに大きな野望をもつよう勧めることでも知られている。

ニューヨークに拠点を置くCompassは17年11月、Fidelity Investmentsが幹事を務めるラウンドで1億ドルを調達した。CEOのロバート・リフキンによれば、設定したゴールに到達するにはこれだけで十分だったので、追加の資金を集めるつもりはなかったのだという。

だが、ビジョン・ファンドの役員たちと会ってからは考えが変わった。「彼らはより野心的な計画を支援することを望んでいました」と、リフキンは話す。スケジュールも迅速化を求められたという。

1カ月後、コンパスはビジョン・ファンドから出資を受けることを明らかにした。事業計画のタイムラインは3年から1年に短縮し、現在は20年末までに20都市で住宅不動産市場の20パーセントを握ることを目標に掲げる。

ソフトバンクがゲームのルールを変える

不動産市場で大きなビジネスチャンスをつかもうと思えば、それなりの資金が必要となる。実際にモノを扱うには大量の現金がいるのだ。カテラは組み立て式の住宅を手がけるが、アリゾナ州フェニックスとワシントン州スポケーンに住宅建築部材の工場を開設した。

また、WeWorkは民間オフィスの借り手としてはニューヨークで市場シェア2位に付けており、彼らが提供するオフィスの内装はその美学に沿って注意深く統一されている。ビジョン・ファンドからの出資が決まった数カ月後、WeWorkは5番街にある百貨店「ロード&テイラー」のビルを手に入れるために、8億5,000万ドル(約924億円)もの大金を出した。

一方、Lemonadeは保険引受けを大手に頼らずに、業界に変革を起こそうとしている。保険業界の競合はたいていが創業100年、評価額は数百億ドルといった大企業だが、CEOのダニエル・シュライバーは「ソフトバンクのような投資家の積極さと財力によってゲームは変わろうとしています」と話す。「巨額の資産の上にあぐらをかいている大手への強力なメッセージになるでしょう」

ソフトバンクは不動産市場では建設や物件仲介、レンタルオフィス、住宅保険といった、わかりやすい業態に投資するアプローチをとる。しかし、ビジョン・ファンドは狭い視野に立っているわけではない。ハウゼンボールドの手元には、将来的な出資に向けて査定中の企業のリストがあるが、そこにはさまざまな業態のスタートアップが含まれる。

3Dプリントとスキャニングの不動産への応用。1番および2番抵当、保険、タイトル(物件の所有権)やエスクローだけでなく、クラウドファンディングのような新しい選択肢を含む住宅購入資金の調達。タイトル保険に関連するブロックチェーン技術。清掃や修理など住宅関連サーヴィスの専門家向けのプラットフォーム。商用不動産管理用のソフトウェア。各種住宅技術(ソーラーパネル、Wi-Fi、ホームオートメーション、玄関の呼び鈴、スマートアシスタント、セキュリティなど)。建設現場での問題発見に使われるドローン。そして、トランクルーム関連のビジネルもある(ハウゼンボールドは「アメリカ人はどちらかといえば消費と収集を好む人種で、貸し倉庫は高い利益をもたらすビジネスです」と話す)。

生態系を取り込む戦略

つまり、わたしたちが暮らす物理的な世界に少しでも関わりがあれば、何でもありなのだ。

ソフトバンクは、すでにこれらの分野にも投資している(一部はビジョン・ファンド設立以前からだ)。例えば、位置情報・地図サーヴィスのMapBoxや、拡張現実(VR)やシミュレーションツールを手がけるImprobable(彼らの技術は都市開発などに応用可能だ)。SoFiは住宅ローンを含む個人ローンの借り換えを支援する。またHousing.comの買収により、インドの不動産ポータル「Proptiger」の株式も保有することになった。

CB Insightsの不動産アナリスト、アレクサンダー・パーチは、ソフトバンクの不動産戦略はライドシェア事業と同じで「生態系アプローチ」なのだと説明する。ソフトバンクはビジョン・ファンドを通じて、Uberをはじめ中国の滴滴出行、インドのOla、シンガポールのGrab、ブラジルの99など、世界のライドシェアに出資する。

これらの企業がつながりをもつこともある。例えば、滴滴出行は99とUberの中国事業を買収した。一方で、OlaとUberのインド事業のように競合のままでいるものもある。

ビジョン・ファンドが新しい出資先にエコシステム内の企業との提携を申し入れることはあるが、議決権などを使った強制はしない。また世界各地で行われるビジネスカンファレンスなどの機会を利用して、出資する企業同士のネットワーキングイヴェントや夕食会が定期的に開かれている。

孫が加速させる「王国」の拡大

これまでのところ、ビジョン・ファンドが出資する不動産関連のスタートアップ同士の関係強化はほとんど進んでいない。WeWorkがCompassのプラットフォームを利用してオフィスの借り手を探すといったこともない。

関係という意味では、ソフトバンク自身がより興味深い動きを見せている。同社は17年2月、投資会社のFortress Investment Groupを買収した。Fortressの運用資産は不動産関連を含み総額440億ドル(約4兆7,833億円)に上る。また、スイス再保険との出資協議が進んでいるとの報道もある(ソフトバンクはこれについてコメントしていない)。

市場はこうしたニュースについて、より安定した投資を行うことで、WeWorkやLemonadeといったスタートアップへの出資に付いてくるリスクを相殺するためのものと見ている。

孫の動きは「王国づくり」と呼ばれる。ビジョン・ファンドは新しい市場の支配を目指すスタートアップを見つけ出す。そこでは、最も金のある者が勝者となるのだ。

不動産分野に特化したヴェンチャーキャピタルFifth Wall Venturesのブラッド・グリーウィは、「スタートアップはビジネスチャンスを構築しようとしています」と言う。「問題はそのチャンスが実際に収益に結びつき、彼らが正しかったかどうかわかるには、7年から10年はかかるという点です」

ただ、300年の時間軸で世界を見る孫にとっては、10年などほんの一瞬だ。


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TEXT BY ERIN GRIFFITH

EDITED BY CHIHIRO OKA