羽生竜王の金言、「結果と一致しないことに物事の機微は潜んでいる」

スポーツ報知
「棋譜を覚えるのはとても簡単なこと。皆さんが多くの歌を覚えているのと同じです」。にこやかに語った羽生善治竜王

 将棋界の第一人者・羽生善治竜王(47)が25日、静岡県沼津市民文化センターで講演を行った。「重圧を感じるのはあと一歩まで来ている証拠」。「ミスを犯したら反省と検証の前に休憩」。数々の金言で聴衆を魅了した。(北野 新太)

 春の園遊会でフィギュアスケートの羽生結弦(23)との初の「ダブル羽生」ツーショットが実現した数時間後、竜王は沼津市のホールでマイクに向かった。現在、佐藤天彦名人(30)に挑戦中の第76期名人戦7番勝負は1勝1敗。多忙を極める中でも、終始穏やかな声で聴衆に語り掛けた。

 〔6次の隔たり〕

 私の好きな話に「6次の隔たり」というものがあります。今、世界には70億以上の人々が暮らしていますが、自分の友人、友人の友人をたどっていけば、6人目には70億人全員とつながるという仮説です。交友関係の広いターミナルになる方がいることで成立する。例えば、今ここにいる1000人の中でどなたかがケニアの方とつながることで距離は縮まる。何げない知り合いが世界を小さくしたりします。

 〔直感、読み、大局観〕

 棋士がどんなふうに一手を選択するかということについてお話しします。最初に使うのは直感です。将棋は初型で30通りの選択肢があり、その後は平均して約80の選択肢がありますが、最初に直感で2、3に絞ります。1秒にも満たない時間で、今までの集大成として表れるものです。次に「読み」があります。直感で選んだ3つの先を読むと、あっという間に「数の爆発」が起きます。足し算ではなく掛け算だからです。10手先は3の10乗。6万弱のケースを読むのは人間には困難なので、3番目に使うのが大局観です。過去から現在に至るまでの経験を総括し、方向性や戦略を決めることで考え方をショートカットできる。「木を見て森を見ず」の反対のような視点が大局観です。3つを使って考えることを長時間にわたって行っています。

 〔不調を乗り越えるには〕

 勝負の世界に生きてきて、運、ツキ、流れ、バイオリズムというものはあるんじゃないかと思うようになりました。科学的には証明されていませんけど。ギャンブル、占い…運は人を魅了します。しかし、うまくいっていない時は運か実力なのかを見極めなくてはなりません。不調も3年続けば実力という言葉もあります。不調だと思った時は服装を変える、髪形を変える、早起きしてみるという小さな変化のアクセントが乗り越えることにつながったりします。

 〔重圧を感じろ〕

 平昌五輪でも、選手たちが「楽しみたい」と語る場面をよく見ました。確かにリラックスして楽しんでいる時には動きがスムーズになり、パフォーマンスが発揮されます。ただ、重圧を感じている時も悪い状態ではない。最悪なのはやる気のない状態。重圧を感じるのはいいところまで来ている証拠。棒高跳びで1メートル50センチを跳べる人は1メートルでは簡単すぎて、2メートルも不可能なので重圧は感じません。「あと少し」という1メートル60センチに挑む時に重圧を感じるもので、何かしらの手ごたえを感じている時に抱くものです。

 〔ミスを重ねないために〕

 多くの失敗をしてきました。プロであれば一秒も考えずに気が付ける一手詰の局面に気が付かなかったこともありました。血の気が引く、というか血が逆流するような感覚でした。独身の頃、午前8時半からテレビに生出演する時に寝坊して8時28分に起きたこともあります。15分後には到着して何とか事なきを得ました。ミスをした時は、ミスを重ねないために休憩を取り一服することが大事だと思います。ミスをした瞬間、始めてしまいがちな反省と検証をまずは横に置き、まずは集中して挽回する。また、勝負では、ミスをしたことで負けるとは限りません。自分がミスをして、相手に新しいミスが生まれ、勝てることがある。結果と一致しないことに物事の機微は潜んでいると思えます。

 90分間まったく止まることなく語り続けた羽生は、終了予定時刻ピッタリになった瞬間に「私のお話はこれで終わりとさせていただきます。ご清聴ありがとうございました」と告げ、舞台袖に消えた。

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