Snapchatが考える「ARのある未来」が、新しいゲーム機能から見えた

写真・動画共有アプリの「Snapchat」に、拡張現実(AR)用いた「Snappables」と呼ばれるミニゲーム機能が追加された。この新機能の追加やARヘッドセットの発表といった一連の動きからは、スナップが考える「ARのある未来」と、その時代におけるコミュニケーションのあり方が透けて見えてくる。
Snapchatが考える「ARのある未来」が、新しいゲーム機能から見えた
PHOTOGRAPH COURTESY OF SNAP

写真・動画共有アプリの「Snapchat」で口から虹を出せるようになったのは、2015年のことだった。それ以来、ユーザーをとりこにするのに十分な頻度で、拡張現実(AR)を利用したフィルター「レンズ」の新作が発表されている。

だが、これまでのARフィルターは、ほとんどが自撮り写真を加工するためのものだった。ビックリお目めのウサギちゃんになったり、頭の上に花を咲かせたり、もしくは写真のなかにジェフ・クーンズの彫刻作品や踊るホットドッグといった変てこりんなものを登場させたりといったことだ。

そして、Snapchatを運営するスナップが再び、ARという複雑なテクノロジーを使った一見シンプルな新しい機能を発表した。「Snappables」というミニゲームだ。この機能を使えば、友達とロックバンドを組んだり、ダンスの腕前を競ったり、バスケットボールを楽しんだりできる。

ゲームは主に顔を動かすことでプレイする。ニューヨークにあるスナップのオフィスに行ったときに試した奇妙なゲームでは、自分の眉毛が重量挙げのバーベルに変化した。眉毛を上げるとバーベルも上がり、スコアが得られる。開発チームを率いるエイタン・ピリプスキーと対戦したが、彼が勝った。ピリプスキーのグレーの眉毛は、素早く動く鍛え抜かれた筋肉の上に生えているのだ。

相次ぐ新機能がユーザーを引きつける

スナップは過小評価されがちな企業だった。アプリのユーザーは大半が飽きっぽい若年層である。同社によると、1日当たりのアクティヴユーザー数は1億8,700万人だが、彼らの興味が長続きしないであろうことは容易に想像できる。それに、Snapchatのやることは何でも真似したがるFacebookという競合もいるのだ。

また、スナップの新しい動きが必ずうまくいくというわけでもない。今年初めにアプリの大幅リニューアルに踏み切ったときには、120万人が変更前の仕様に戻すよう求めて、オンライン署名サイト「Change.org」での嘆願運動に参加した。

しかし、17年3月に上場したスナップはこうした動きをものともせず、魅力的な機能を提供し続けている。アクティヴユーザーは1日に平均25回、時間にして1時間半をSnapchatに費やしているという。

この数字は広告主をも引きつけた。2017年第4四半期(10〜12月)の売上高は2億8,600万ドル(約313億円)となり、前年同期比72パーセントの伸びを見せている。ただ、大半は投資に回しているため、黒字化には程遠い。共同創業者で最高経営責任者(CEO)のエヴァン・シュピーゲルは、常に新しいツールを追加することでユーザーをつなぎとめようとしているのだ。

Snappablesは大きな変化ではないが、時代の先を行くシュピーゲルのここ一番の一手としては示唆に富んでいる。Snapは4月末にカメラ付きサングラス「Spectacles」の第2弾を発表している。マイクロソフトやARスタートアップのマジックリープといった企業が度肝を抜くような技術を搭載したARヘッドセットやソフトウェアを開発し、次世代プラットフォームの構築を急ぐ一方で、スナップは独自路線を歩んでいる。ハードとソフトを分けて運用していく「ボトムアップ方式」だ。

シュピーゲルは「ハードウェアとソフトウェアはそれぞれ分けて個別に開発していきます。これから10年程度は、それぞれのピースをどう組み合わせていくかが、スナップという会社を定義づけるようになるでしょう」と述べている。

スナップがヘッドセットを開発する理由

シュピーゲルは、ARの進化を妨げているのはハードウェアだと考えている。既存のARヘッドセットには、どの企業も完全には解決できていない難しい技術的な問題が存在する。例えば、視野が狭まるし、小型軽量化を進めればバッテリーが長続きしない。

ヘッドセットがどのような進化を遂げるか、また一般に普及するかは未知数である。だが、シュピーゲルはヘッドセットを独自開発することで、「Snapchatのプラットフォーム内で最先端のAR技術開発を迅速に進めることができます」と話す。

市場調査会社ガートナーでAR分野を担当するブライアン・ブラウは、小さな機能の導入を繰り返すことでARフィルターを進化させていくSnapの戦略は賢明だと指摘する。ブラウは「漸進的なアプローチはまさに正解です」としたうえで、会社は開発を進めながら学ぶことができると説明する。「特に新しい技術に関しては、こうした経験は何ものにも代え難いものです」

そして、Snappablesがもたらされた。シュピーゲルの視点から眺めてみると、このミニゲームをよく理解できる。これは人々がコミュニケーションをとるための新しい手段なのだ。

シュピーゲルは「大半の写真は保存するために撮られてはいない」という仮定のもとにSnapchatをつくり上げた。写真はむしろ、新しい言語として機能する。写真を撮ったり加工したりするツールが普及することで、わたしたちは自分自身をより頻繁に、またより完璧に表現することができるようになる。

Snapshotがカメラと直結しているのはこのためで、シュピーゲルがスナップを「カメラの会社」と呼ぶのもこれが理由だ。電話での会話と同じように、スナップ写真も保存したり解読したり、どこかに公開するためのものではない。

フィルターによるコミュニケーションの進化

言葉は日々使われていくことで常に変化する。「basic」という単語に「平凡な、典型的な」という意味が生まれたり、「lol」のようなネットスラングができていく。同様に、画像を作成するためのツールが増えるにつれ、わたしたちのヴィジュアルコミュニケーションも進化していくのだ(Instagramのフィルターは、この意味で現代の象形文字であると言えるだろう)。そして、この進化はユーザーが毎日平均で3分間はフィルターを使用しているSnapchatにおいて、もっとも顕著だ。

眉の運動能力でわたしを打ち負かしたピリプスキーは、コンピューターのヴィジョンと創造的なデザインを組み合わせて、スナップのARツールを進化させる任務を負う。ピリプスキーには太い眉毛だけでなくAR分野における10年近い経験があり、16年にARスタートアップのVuforiaからスナップに移籍した。

この世界では、ARが誕生したばかりのころ将来的にできるようになると言われていたことが、ようやく実現するようになってきている。例えば、カメラが格段に進化した。

Snapchatの「iPhone X」専用フィルターを見てみよう。「True Depthカメラ」と赤外線によるマッピングデータにより、どれだけ顔を動かしてもフィルターは追従できる。ピリプスキーは、どのスマートフォンでもこうしたフィルターを提供できるように、ソフトウェアの改良を進めていると話す。

17年には、写真にARのオブジェクトを挿入できる「ワールドレンズ」などの新機能が次々と追加された。ワールドレンズから生まれたのが、史上初のARセレブリティ「dancing hot dog」だ。緑のヘッドフォンをつけてリズミカルに踊るホットドッグのフィルターは、Snapchatで15億回以上使われた。

12月には、サードパーティーがオリジナルのフィルターを作成できるようになった。最初の2カ月だけで3万件のフィルターが登場したという。

次世代コンピューティングのプラットフォーム

スナップはSnappablesを通じて、ARに新しい側面をもたせようとしている。カメラを単なる鏡としてではなく、さまざまなタスクをこなせる高機能センサーとして活用するのだ。

Snappablesを紹介する動画では、ユーザーがまばたきをしたり眉を上げたり、唇を動かしたりしている。それはこれまでと違って写真を撮るためのポーズではなく、ゲームをプレイするためのインタラクティヴな動作だ。

Snapがこうした動きを推し進める一方で、AR技術そのものはまだ黎明期にある。過去半年だけでもアップルやグーグル、フェイスブックといったIT大手が独自の開発ツールなどを発表しているが、どれもいまいち魅力的ではなく、Snapchatでの友達のように自分の作品を見せられる相手もいない。何か面白いものをつくって、InstagramのようなSNSにアップロードするのも容易ではない。

ただ、スナップが成し遂げたことをほかの開発者と競合企業が模倣するのは可能だし、恐らくはもっと改良されたものを出してくるだろう。

シュピーゲルはARの未来を切り開き、この技術を次世代コンピューティングのプラットフォームに成長させる機会を手にしている。だがスナップがそれを実現し、自分たちが初めて世に送り出したARツールでユーザーを魅了し続けるには、競争者たちと戦う必要がある。Snappablesで目新しさを持続できるのは、ほんの一瞬だ。


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TEXT BY JESSI HEMPEL

EDITED BY CHIHIRO OKA