自動運転の大激戦を制する? トヨタ注目のスタートアップが開発した「新しいセンサー」の正体

自律走行車が世界を見渡す“眼”となるセンサーであるLiDARの技術で、存在感を急速に高めているスタートアップがある。シリコンヴァレーを拠点とするルミナー(Luminar)は、これまで高額だったLiDARを低コスト化できる可能性のある技術を発表した。これまでトヨタ自動車も採用するなど定評のある同社の技術だが、今回の進化は自律走行車の大競争を制する可能性をも秘めている。
自動運転の大激戦を制する? トヨタ注目のスタートアップが開発した「新しいセンサー」の正体
ルミナーのLiDARユニットに搭載されるレシーヴァー。イチゴの種くらいの大きさで、価格はたったの3ドルだ。PHOTOGRAPH COURTESY OF LUMINAR

自律走行車が世界中に普及しようとするなかで、その“眼”となるレーザーセンサーも準備ができつつある。1秒に何百万回ものレーザーを照射し、跳ね返って戻ってくるまでの時間を測定することでクルマの周囲の3Dマップを構築する技術、LiDAR(ライダー)のことだ。

LiDARは、デイヴ・ホールという男が2005年に、自律走行車が競うレースである「DARPAグランド・チャレンジ」向けに開発したのが始まりだ。その後およそ10年間にわたり、自律走行車用のLiDARが必要であれば、ヴェロダイン(Velodyne)という企業が唯一の選択肢だった。

しかしここ数年、ヴェロダインの独占が崩れている。LiDARのスタートアップが何十社も生まれ、自律走行車のメーカーも独自の解決策を模索しているのだ。

グーグルの親会社であるアルファベット傘下のウェイモ(Waymo)は、長い年月と膨大な資金を投じて独自のシステムを開発した。ゼネラルモーターズ(GM)は、StrobeというLiDARのスタートアップを買収した。フォード向けに自動運転システムを開発するアルゴAI(Argo AI)[日本語版記事]は、プリンストン・ライトウェイヴという会社を獲得した。

量産品へと移行したLiDAR

シリコンヴァレーを拠点とするスタートアップ、ルミナー(Luminar)は、これらの会社と比べると遅れて市場に参入したが、すでにトヨタと取引している。さらに、名前を明かさない3社とも取引がある。

そのルミナーが最近、LiDARの最新ユニットを発表した。視野角は120度で、クルマの前方を見るには十分だ(360度を見渡すには、あと2基は必要になるだろう)。最初の生産はわずか100台だが、千台単位の大量生産を始める準備ができている。現在の需要を満たすのには十分な量であり、もしかすると自律走行車を万人向けのもっと安価なものにできる可能性もある。

同社のオースティン・ラッセルCEOは、「年末までには、世界中で路上を走っている自動運転のテスト車や開発車をおおむねすべてまかなえるだけの生産能力になります」と語る。彼は2012年に17歳でスタンフォード大学をドロップアウトし、ルミナーをフルタイムの仕事にした。「いまやLiDARは、光学の博士が手づくりするものではありません。工場で製造されるれっきとした自動車部品なのです」と、ラッセルは語る。

ルミナーは、光学産業の拠点であるフロリダ州オーランドに13万6,000平方フィート(約12,600平方メートル)の工場をもち、1つのユニットの生産にかかる時間を約1日から8分に短縮した。この1年間でスタッフを倍増して約350人に増やしている。

さらに、モトローラで製品開発を率いていたジェイソン・ウォジャックを、ハードウェアチームのトップに据えた。製造責任者としては、自動車業界の大手サプライヤーであるハーマンからアレハンドロ・ガルシアを迎えている。

ルミナーの攻勢

ルミナーはいま、ここで巻き返しを図っているところなのだ。ヴェロダインは17年、生産能力拡大のため「メガ工場」を開設し、1万台のレーザーセンサーを製造した。社長のマルタ・ホールによれば、その気になれば年間100万台の製造もできるという。しかし、LiDARを大量に製造する能力だけでは、この分野で勝つことはできない。

LiDARはレーダーより正確で、カメラよりも動作環境が広い途方もないセンサーだが、いかんせん価格が高い。ヴェロダインによるトップクラスのセンサーは、300mの範囲を360度見渡せるが、1台が約75,000ドル(約820万円)する。大量購入すればコストは下がるとはいえ、この価格では何年もかけてコストを償却できる量産車であったとしても、採用は厳しいだろう。

フロリダ州にあるルミナーの生産設備。以前は1日かかったLiDARユニットの生産が、わずか8分で可能になったのだという。PHOTOGRAPH COURTESY OF LUMINAR

ルミナーの場合は、目の網膜にあたる働きをするレシーヴァーを、シリコンではなくインジウムガリウムヒ素(InGaAs)でつくっている。このためコストの問題はさらに厳しい。

鍵を握る「インジウムガリウムヒ素」

なぜインジウムガリウムヒ素なのか。LiDARがさらに遠くを「見る」ことができるようにするには、発射する光のパルスをより強力なものにする必要がある。遠くの対象にぶつかってから戻ってこられるだけの強度が必要になるのだ。

LiDARの多くは、レーザーの波長が905nmである。レーザーは人間には見えないが、人間の眼球にあたると、力が強い場合は網膜を損傷するおそれがある。人の視力を奪うことなく、より強力なパルスを発射したければ(つまり、LiDARでより遠くを見たければ)、波長が1550nmのレーザーを使えばいい。スペクトルでは赤外線により近く、人間の網膜を損傷させることはない。

そこでシリコンが問題になる。シリコンでつくったレシーヴァーは安価だが、波長1550nmの光を検知できないのだ。インジウムガリウムヒ素なら検知は可能だが、価格がはるかに高い。

このため業界標準は、シリコンを使って905nmで照射するが、出力を弱めている。すなわち、レーザーを遠くまで飛ばせないことを受け入れる、というものだ。

しかしルミナーのラッセルは、パワーを追い求めた。それは1550nmであり、インジウムガリウムヒ素でできたレシーヴァーを使うということだ。

結果として、競合メーカーと比べて40倍も強力なパルスを発射できるようになり、光の95パーセントを吸収するような非常に暗い対象を、250m離れたところからでもLiDARで見られるようになった。「そんな距離でもよく見えるLiDARはほかにない」と、ラッセルは語る。

コストの問題は克服できる?

とはいえインジウムガリウムヒ素は、フランス語で言えば「お尻の皮がめくれるほど高い」。ポテトチップの一切れくらいの大きさのレシーヴァーでも、ひとつ何万ドルもするかもしれないとラッセルは言う。

そこでルミナーは自作した。すると、現在の7世代目のレシーヴァーは、イチゴの種くらいのサイズになった(レーザーや付随する電子機器を含むユニット全体は、約0.5平方フィート(460平方センチ)で、奥行きが3インチ(7.6cm)ほどだ)。

光子が戻ってくるまでの時間を精密に計算するチップも搭載されている、このレシーヴァーのコストはわずか3ドルだ。ルミナーはこれにより、コストの懸念がなくなると同時に、到達範囲と解像度を上げる余地も生まれた。

ラッセルはLiDAR全体の正式な価格を明かそうとしなかったが、顧客はとても喜んでいるという。そうなると、ついにロボットタクシーが提供されるようになるころには、バーからの帰宅に高い金額を請求されないで済むようになるかもしれない。

ルミナーの研究開発チームはまた、レシーヴァーの「ダイナミックレンジ」を拡大した。光の条件によって広がる人間の瞳孔と同じようなかたちで、レシーヴァーを一定の強さのパルスを拾うように調整するのだ(戻ってくる光子は、飛んだ距離が長いほど弱くなる)。

弱い信号を検知するように設定してあるレシーヴァーに、それよりはるかに強力なパルスをあてると、レシーヴァーが焼けてしまうおそれがある。「検出器は数え切れないほど駄目になりました」とラッセルは語るが、現在のユニットは扱えるパルスの強度が大幅に拡大し、一筋の煙さえ出ない。

ところで、ルミナーはすでに次世代のセンサーの開発にも取り組んでいる。ラッセルによると、このセンサーは一般のクルマにも搭載できるくらい価格が手ごろなものになるという。「見る力」は、日用品同然になろうとしているのだ。


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TEXT BY ALEX DAVIES

TRANSLATION BY RYO OGATA/GALILEO