勢いを増す「Nokiaケータイ」の復活劇と、その楽しきノスタルジアの舞台裏

「キャンディーバー」「バナナフォン」と呼ばれて愛されてきたノキアの携帯電話が、誕生から20年近くを経て復刻された。新興国での人気に加えて、意外なことに「デジタルデトックス」の需要にも応えるなどして人気を博している。その復活劇の舞台裏と、その先に見えてきた新商品戦略の裏側に迫った。
勢いを増す「Nokiaケータイ」の復活劇と、その楽しきノスタルジアの舞台裏
Nokiaのフィーチャーフォンを象徴する機種「3310」が2017年、外側も内側もリフレッシュして復活した。PHOTOGRAPH COURTESY OF NOKIA

2018年に入ってからというものの、テクノロジーの世界では明るい話がない。そう言われると、誰もがうなずくことだろう。フェイスブックがプライヴァシーを侵害していた問題にしろ、YouTubeの動画監視ポリシーにしろ、シリコンヴァレーから届くニュースは過失やら失望やら、げっそりさせられる見出しばかりだった。

そこでちょっと目先を変えて、みんなで応援できる唯一の進歩について考えてみよう。携帯電話ブランド「Nokia(ノキア)」が完璧に原点に立ち返った話だ。

「Nokia 3310」「Nokia 8110」という名前を知らなくても、製品を見ればすぐわかるだろう。この2つの機種こそ、2000年代にNokiaを携帯電話のトップセラーに押し上げた立役者である。iPhone前史の象徴が、「キャンディバー」と「バナナフォン」の愛称で親しまれたこれらの端末だった。

この1年で2機種を復活させたのは、HMDグローバル(HMD Global)という企業だ。すでに目にした人も多いだろう。いまでも通話とメッセージ機能に特化したフィーチャーフォン[編註:いわゆるガラケー]を大いに必要としている人々に向け、アップグレードとアップデートが行われている。

下手をすれば、マイケル・ベイ監督のファンタジーアクション映画『ミュータント・タートルズ』のような「不精をかこったリブート版」になりかねなかった。だが幸いなことに、考え抜かれたデザインをしっかりと形にした復刻版となった。さらに登場のタイミングとして、いまほど絶好の時期はない。

ノキアの遺伝子が詰まった復刻版

簡単に説明しておこう。HMDは、Nokiaブランドでスマートフォンとフィーチャーフォンのどちらも製造している。世紀の代わり目にかけて携帯電話の世界を支配したノキアという企業とは別の会社である。

しかし、ノキア本社[編注:スマートフォンの台頭で経営不振に陥った10年代に携帯端末事業のリストラを行ったが、現在は通信インフラの開発などを主力事業とする企業として存続している]と同じビルに入っており、元ノキア社員たちが創業した。

創業者のひとりで製品責任者のユーホ・サーヴィカスは、3310と8110の復活を手がけた、まさにその人物だ。原点は、10年以上前にノキアで始めた仕事にあるという。つまり、HMDのすべてにノキアの遺伝子が詰まっているのだ。

復活したフィーチャーフォンにも、それがよく表れている。世にその名が出てから20年近く経った17年に復刻された、3310にしてもそうだ。

パッと見てすぐ、それとわかるほどオリジナルそっくりだが、よく見るとデザインにも新しい要素が加えられて、フィーチャーフォンとしても進化している。角は丸くなり、2メガピクセルのカメラやウェブブラウザーが搭載された。

こうした新機能のおかげで、現代でも十分に通用する製品になっている。しかも、これでバッテリーは1カ月もつ。

「3310」にはコミュニケーション用アプリは最低限しか搭載されていない。だが、懐かしのゲーム「Snake(ヘビゲーム)」は復刻版にもしっかり残されている。PHOTOGRAPH COURTESY OF NOKIA

こうした新旧のバランスは、容易に達成できるものではなかった。

「オリジナルの3310を脱構築するには、実はかなりの時間がかかりました」とサーヴィカスは言う。いざとりかかってみると、改造には新たな発明もある程度は必要だとわかったからだ。

「3310で特に難しかったことのひとつが、ディスプレイ画面を電話機の上端ギリギリまで広げることでした。そのためには、この世のなかに存在しない、まったく新しい解決策を考え出すしかありませんでした」

見慣れたデザインを進化させる難しさ

解決策がなかった理由は単純だった。フィーチャーフォンは安価である。すなわち、安い部品でつくられているということだ。どれも基本的には同じデザインに見える。これは端末を製造するメーカーが、同じ業者から大量に仕入れるのが通例となっているからだ。

フィーチャーフォンは同規格の部品を大量に仕入れることで原価を下げ、低価格を実現してきた。だが、複数の機種で同じ部品を活用するせいで、デザイン面で機種ごとの差異化が難しいというデメリットがあった。フィーチャーフォンはこのように、スケールメリットによって競争力を維持するのが“常識”だったので、ある機種だけのために機能を高める部品を仕入れたり、開発したりするという考えがこれまでなかった。

調査とコンサルティングを手がける企業グローバルデータ(GlobalData)で技術アナリストを務めるアヴィ・グリーンガートは、「デザインで目を引く、魅力あるフィーチャーフォンを出すというのは、非常に賢い戦略です。競合はどこもありきたりな、いわばプレーンなバニラアイスのようなものしか出していないのですから」と評価する。

3310がこれだけ注目された理由のひとつも、同じところにある。極めてなじみ深いデザインながら、新鮮さのなくなったデヴァイス全体のありかたを考え直させるものだったということだ。

デザインが洗練されているだけでなく、中身にも高度な技術を搭載する必要があった。オリジナルの3310には、3Gの通信規格に対応した部品を入れなくてもよかった。17年のモデルは2月に2G対応で発売されたのち、同年10月にはネットアクセス面でもアップグレードを図り、3G対応の機種が発売された。

「ただ、デザイン的に見栄えのいい商品を投入すればいいというわけではありません。先端技術を大いに取り入れ、部品開発も行う必要があります。数ミリの差がどれだけの違いを生むものか、驚くばかりですよ」とサーヴィカスはいう。

「カーヴした筐体」をもつのは8110だけ

今年発表された8110は、映画『マトリックス』に登場した機種といえば、「あのバナナフォンか」とすぐ思い出せるだろう。3110にも増して、内側も外側も気が遠くなるような難題を投げかけるものだった。

まず、その形である。カーヴを描く、遊び心ある見た目をもった端末は、13年にはLGエレクトロニクスが製造していた。だが、もはや存在していない。それに8110は、ただカーヴしていればいいのではない。下側がスライドして開かなければならないのだ。

「8110」は、「バナナフォン」の愛称で90年代末に人気を博した。復刻版は4Gとグーグル・アシスタントにも対応している。PHOTOGRAPH COURTESY OF NOKIA

サーヴィカスは開発の苦労を次のように語る。

「長さと厚さ、カーヴしたバナナの形すべてを満足させるべく設定するには、どうすればいいのか。内部のブロックを組み立て、その周りに電気技術も設計してゆくのは、本当に興味深い訓練になります。1つの面を変更するにも全体を考え、いちから再設定し直さなくてはなりませんでした」

スライド式カヴァーの構造もバランスが必要になる。開いてから閉じるまで滑らかに動かなくてはならない。しっかり閉じるが、開きやすくなければならない。開いたときにガタガタするようでは困る。

さらにサーヴィカスは、最後にもうひとつ考慮すべき点があったと指摘する。コマのようにくるくる回せなくてはならない、ということだ。「これこそ、究極の隠し芸ですから」

さらに8110はより一層、野心的な試みを取り入れている。4Gとグーグルアシスタントにも対応しているのだ。そしてそう、スライドカヴァー付きでも、バッテリー寿命は丸1カ月近い。

1年で売上台数は2倍超に伸びた

18年のいま、フィーチャーフォンに力を注ぐ会社に注目するのは変に思えるかもしれない。いま世界を席巻するのは、なんといってもスマートフォンだ。米国や西欧では、フィーチャーフォンの売り上げは携帯電話全体の7パーセントにも満たない。

しかし、ブロードバンドや資源が全体的に限られている地域では、Nokia(いや、正確にはHMDだ)が再び、市場で支配的な地位を占めつつある。

HMDが17年に発売したNokiaブランドのフィーチャーフォンは、5,920万台を売り上げた。前年に比べ70パーセントの増加だ。それでも、iPhoneの規模には遠く及ばない。アップルは今年度の第1四半期だけで販売数が7,700万台に上る。

だが、10年間も衰退傾向にあったフィーチャーフォンが、ここにきて売り上げをほぼ2倍近くまで伸ばした意味は大きい。さらに、これだけ注目されている3310と8110は、競合機種より高値でも売れる可能性が高い。

IT分野の調査とコンサルティングを手がけるガートナーのモバイル担当アナリスト、トゥオン・グエンは次のように話す。

「これで彼らがナンバーワンになるかというと、もちろんあり得ないと思います。ですが、見た目やセキュリティ、あるいは超低価格といった面に重点を置いている競合他社より、いい足がかりは得られたと言えるでしょう」

「デジタルデトックス」という需要に応える

復活の要員はほかにもある。スマートフォン中毒への懸念が高まりつつあるなか、3310と8110を単なる懐かしさからではなく、常に「オン」の状態でいるライフスタイルから自分を切り離すいいチャンスだと考える人たちが存在することだ。

特に8110は、切り離されてしまっているとは感じさせないが、その2.4インチ(約6.1cm)画面に目が釘づけになる恐れはない程度の「つながり具合」といえる。

「2台目のデヴァイスが欲しいと考えている人はさらに増えてゆくと思います。何より、ちょっと“スイッチを切りたい”ときに使いたいケースが多いでしょう」とサーヴィカスは言う。

彼は、2台目のデヴァイスでも「ライフライン・コミュニケーション」ができるようにすべきだと言う。とりわけ、次第にSMSに取って代わりつつあるメッセンジャーサーヴィスには対応するべきだと考えている。

しかし、長い週末を過ごそうというときに、Instagramやゲーム「キャンディークラッシュ」は不要だろう。バナナフォンと、フィーチャーフォンでできる「Snake」だけで十分かもしれない。

「技術オタクのわたしとしては、Nokia製品の復活にはちょっと興奮します」とグエンは言う。「スマートフォンに付いている機能の多くを捨てても気になりません。毎日の認知負荷を減らせますからね。そのほうが間違いなく、ずっと幸せでしょう」

この復活が成功したことで、Nokiaのスマートフォンにも光が当たるようになった。何より、失礼ながら「Nokiaブランドがまだ存在したのか」と人々に思い起こさせた功績は大きい。

復活劇はこの先も続く。Nokiaを象徴するデザインの端末が次々と復刻される予定だ。グリーンガートは、映画『ジョン・ウィック:チャプター2』にも登場した機種「8800」の復刻を願っている。だがサーヴィカスは、その日はまだまだ遠いとし、次のように語る。

「取り込みたいものは非常にたくさんあります。それに、魅力ある新たな技術が数え切れないほど登場してきています。当分の間、楽しみが尽きる心配はなさそうです」


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TEXT BY BRIAN BARRET

TRANSLATION BY YOKO SHIMADA