新卒はベンチャー企業へ行きなさい AI共存時代の「稼ぐ力」の磨き方』(清水 宏著、幻冬舎)の著者は、本書の冒頭にこう記しています。

学生たちが就職したい企業ランキングを見ると、その上位を占める企業にはこの10年ほとんど変化がありません。 相変わらず、誰もが知っている超有名企業ばかりが名を連ねています。(中略)不確定な時代だからこそ、安定神話にすがり付こうとしているのかもしれません。 しかし気付くべきです。 これからの時代は安定にすがることが、むしろハイリスクであるということを。 そして時代は、より柔軟な発想力と好奇心、そしてリスクを恐れない勇気を持ったタフな人材を求めているということを。 (「はじめに」より)

だとすれば、そんな時代に若い人たちが活躍すべき場所はどこなのでしょうか? 著者は、そのひとつの答えが「ベンチャー企業で働く」という選択肢だと主張しています。

昨今は、映画でも漫画でも海賊ブームです。この現象は、実は多くの人が既存のルールや固定概念に縛られない自由な生き方に憧れていることを示しているのではないでしょうか。 さすがに今の日本では海賊はありえませんが、ベンチャー企業こそは現代の海賊であると言えます。 (「はじめに」より)

そこで本書では、ベンチャー企業で自分の可能性を試し、伸ばすための方法を考察しているわけです。そのベースになっているのは、実際にベンチャー企業で多くのことを学んできた著者自身の経験。そんな本書のなかから、きょうは第4章「ベンチャー企業で伸ばせる稼ぐ力」に焦点を当ててみることにしましょう。

「ない」という状況が稼ぐ力を育てる

ベンチャー企業で働くと、否が応でも稼ぐ力が身につくのだと著者はいいます。その最も大きな理由は、資金も物資も人員も乏しいから。資金や物資がないのなら、なにをするにしても工夫する必要性が生じるため、常に考える習慣が身につくことになるというわけです。

具体的には、「コストをかけずに宣伝するにはどうすればいいか」「初期投資を抑えながら売り上げを伸ばすには、どのようなビジネスモデルがありえるのか」など、制約があればあるほど、頭を使おうとすることになるということ。

そして、最も稼ぐ力をつけさせてくれるのが、人員が乏しいという環境だといいます。つまり、ベンチャー企業では頭数が少ないという現実です。

たとえば著者が働いていた前の職場が、まさにそうした条件の揃った職場だったのだそうです。著者が入社した当時は社員がわずか10名ほど。しかも入社直後に赤字になってしまったというのです。その直接の原因は、それまで働いていたトップ営業マンが、クライアントを持ち出して辞めてしまったこと。そのため、売り上げの数字が一気に下がってしまったわけです。

しかし、それは一時的かつ表面的な原因にすぎなかったとも著者は分析しています。より大きな原因は、ビジネスモデルが社会の変化から取り残されていたことにあったというのです。(122ページより)

商機を捉えるセンスが磨かれる

著者はベンチャー企業で新規事業の成功という実績をつくることができたことから、自分のビジネスセンスに自信を持つことができたのだそうです。そのため、以後も次々と新規事業を立ち上げていったのですが、そのなかのひとつであったウェブコンテンツ事業が失敗したのだとか。

しかし同じころ、以前から営業をかけていた顧客のトップから、「プロバイダーの契約者を増やすために街頭でモデムを無料配布するから、いい場所を見つけ出して確保してほしい」という相談を受けたというのです。

それは、自分たちの事業とはまったく関連性がなかったことだったのだといいます。にもかかわらず、自社の社長はすぐに「任せてください!」と返答。しかし、そこにも重要な理由があったというのです。つまりはビジネスチャンスだとわかれば、すぐに捕まえるという社風があったからなのだということ。「持ち帰って検討する」というような、まどろっこしい手間が省かれたわけです。

もちろんその時点で、著者はその領域に経験がなかったわけですが、結果的にはかなり効率よく儲けることができたのだといいます。原価率が低く売り上げを上げやすいビジネスだったため、あっという間に利益をはじき出すことができたというのです。

こうした経験をしているからこそ、なんでもありとまでは言わないまでも、ベンチャー企業で働いていると、商機を捉える能力が備わるものだと著者は断言しています。しかしこれが大企業であれば、新規事業は専門の担当部門が担当することにあるため、若手社員が担当部署以外の部門で商機を捉えるチャンスなどは身につくことはないわけです。(123ページより)

会社全体を俯瞰できる「鷹の目力」

AIが職場に普及して、細分化された業務が自動化されると、多くの会社員が必要とされなくなるか、より高度な業務へのシフトを要請されることになるでしょう。しかし大企業で働いてきた会社員は、細分化された業務のスペシャリストとなってしまっているため、他のセクションや他の企業では使えない人材になってしまっている可能性があるといいます。

しかし、そのようにAIが普及したときでも必要とされる人材があるのだそうです。それは、ビジネスの全工程を俯瞰して見ることができる「鷹の目力」を持っている人材。広い視野に基づいて、状況を判断する力が大きな意味を持つということです。

だからこそ、20代あるいは30代前半のうちに、そのような人材になることができていれば、企業が手放すことはないということ。また、もし転属や転職を考えた場合でも、若ければ比較的容易であるはずです。

とはいえ、ビジネスの全体を俯瞰できる「鷹の目力」を身につける機会を得るためには、大企業の場合では執行役員クラスにまで出世していることが求められます。でもそれは、ほとんどの社員に「鷹の目力」を手に入れるチャンスがないということを意味することにもなるでしょう。

一方、ひとりに任される業務が広いのがベンチャー企業。つまりは早くから「鷹の目力」を手に入れることができるのです。よって、もしもそのベンチャー企業が倒産したり、あるいはステップアップのために転職しようとしたりするときにも、どの会社でも力を発揮できるだけのビジネススキルを身につけていることになるということ。そしてそれは、将来的に自分で起業するときにも役立つといいます。(125ページより)

ジョブローテーションでは身につかないスキル

しかし大企業でもジョブローテーションがありますから、そこで全体を俯瞰する能力が身につくのではないかという意見もあるかもしれません。たしかに、自社の業務に関する理解度を高めるため、ジョブローテーションを行い、社員にさまざまな業務を経験させるようにしている大企業は少なくないでしょう。

ただしジョブローテーションで経験できるのは、あくまで異動した先の細分化された業務経験。つまり、そこで身につくのは、細分化された業務を最適化するスキルだということです。

細分化された業務の最適化とは、その分野のことだけに適した能力を身につけるということ。ですから前後の業務との関係や、全体の流れ、バランスを考えることができるようにはならないわけです。

そのため配属された部門の生産性を高めることこそできても、前後の工程がボトルネックになっているかもしれないということに気づくことができません。そういう意味では、結局のところ会社全体の生産性を高める能力が身についたとは言えないわけです。

全体を俯瞰することができていない以上、「新しいビジネスではどのような工程が必要で、全体でどのくらいのコストがかかるから、いくらで売ればどれだけの利益が出る」といった大まかな予測を立てることは不可能。いわばそうした予測能力があるかないかが、ビジネスセンスのあるなしということ。つまり、稼ぐ力の有無だといいます。

またジョブローテーションにおいては、他の部署に責任転嫁するという問題が起きがち。しかしベンチャー企業では、新規事業を任されたメンバーには、ひとつの事業を成功させようという一体感があります。そのため誰もが全体を俯瞰したうえで、どこに問題があったのかを的確に見つけ出すもの。決して特定の部門や個人のせいにはせず、一丸となって改善策を出すことになるということです。(127ページより)




先にも触れたとおり、著者自身がベンチャー企業で働いた経験の持ち主。だからこそ、本書の言葉には強い説得力があるのです。自分自身の可能性を伸ばしたいのなら、大手偏重主義から距離を置き、本書を参考にしながらベンチャー企業に照準を合わせてみるのもいいかもしれません。

Photo: 印南敦史