ライフハッカーのスクール特集「▶︎ まなぶ(コマンドまなぶ)」。オンライン大学やさまざまなウェブサービスの登場も手伝い、「学び直し」の環境はビジネスパーソンにも開かれ、整ってきています。

ただ、学生時代のような暗記型の勉強が、社会やビジネスの現場でどうにも通用しにくいことも、おそらく実感しているはずです。

では、どうすればいいのか。『人生を面白くする 本物の教養』といった著書で、私たちに学びの価値を伝え続けているのが、立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明(でぐち・はるあき)さんです。

「人・本・旅」から学ぶことを説く出口さんに、「なぜ教養が必要なのか?」「なにをどうやって学べばいいのか?」など、僕らが知っておくべき「学び直し」のヒントを伺いました。

エピソードよりエビデンス。常識を疑うための絶対ルール

manbi_deguchi2
Photo: 飯塚レオ

── 「学び直し」と言われるくらい「勉強の必要性を感じていても、学んでいない人が多い」のかなと。

出口:まぁ、勉強していないでしょう。

── してないですかね、やっぱり。

出口:数字でも明らかですよ。僕はいつも「エピソードよりエビデンス」と言っているのですが、全体の姿を見ようと思ったらデータを見なきゃいけません。

例を挙げると、日本は先進国なのでOECD(経済協力開発機構)諸国のデータで比べるのが適していると考えますが、35カ国あるOECD加盟国において、大学進学率の平均は62%のところ、日本は51%です。さらに、25歳以上の入学者も平均で18.1%いるところ、日本は1.9%しかいない。大学に行く人が少なく、かつ大学が若者の通過儀礼の場所になっているんですよね。

── 大学に進学して、あまり勉強をしない学生も多い気がします。

出口:それは学生が悪いのではなくて、企業が面談採用しているからでしょう。先進国は成績採用です。自分が選んだ大学で優れた成績をあげた人は、自分が選んだ企業でも優れたパフォーマンスをあげるはずだと考えている。学生も成績採用なので勉強するわけです。企業の採用システムが先進国から見れば日本は相当ゆがんでいるので、日本の学生は勉強してこなかった。しかも、大学院へ進む人も少ない。

ということで、日本人が勉強していないのはデータ上からも明らかです。

── まさにエビデンスの積み重ねです。

出口:僕はこのように腹落ちするまでデータから考えます。「なんで、なんで、なんで」と。常識を疑わなければアイデアが出ませんし、イノベーションは一切起こりませんから。だから、データを使って自分が納得するまで考え抜くことが肝心です。

── 考えに使われるのは、公開されているデータがほとんどですか?

出口:むしろ公開データでなければ意味がないですよ。

非公開データを用いて何らかの主張をしても、聞いている人はそのデータを持っていないわけですから、僕の言っていることの真偽を確認しようがないでしょう。議論をするときは、相互に検証可能なデータを机の上に出すのが世界の共通ルールです。そうでないとそもそもコミュニケーションが成り立ちません。

── だからこそ、誰でもアクセスできるOECDのデータなどを引くのですね。

出口:そうです。グローバルで議論していること…たとえば国際会議で使われているデータの出所はIMF(国際通貨基金)・世銀やOECD、国際連合などがほとんどです。

── 出口さんが著書でやインタビューで価値を説かれている「本」も、相互に見られる出所のひとつなのでしょうね。

出口:最近すごくいい本が出たんですよ。呉座勇一さんの書いた『陰謀の日本中世史』ですが、要するに「トンデモ論」がなぜ起こるのかを書いた本で、ぜひ皆さんにも勧めたいのです。でもね、やっぱり陰謀論とか、読むぶんには面白いわけですよ。「本能寺の変」の黒幕が誰であったか、とか。

manabi-deguchi9
Image: KADOKAWA

── 面白いです。フリーメイソンとか。

出口:ただ、そんなのはほとんど全部が「売らんがためにやっている」ので、そういうものを面白いからとばかりに読んでいると、本当のことがわからなくなりますよね。

本当のことをわかるには、相互に検証可能なデータをちゃんと使って、納得いくまで議論することが大事です。この本は気持ちがいいほど陰謀論をめった斬りにしているんですが、考え方においても参考になるはずです。

未来のことなんてわからない。今に「適応」して生きる

── 出口さんは歴史から学ぶことの大切さを、これまでにも語っておられますね。

出口:なぜ歴史が役に立つかは、とても簡単に証明できます。大きな震災が再び起こると思いますか?

── …起こる可能性はあります。

出口:それが起こったとき、震災から学んだ人と、学ばなかった人と、どちらが助かりやすいでしょうか?

── 学んだ人です。

出口:ここに尽きますよね。将来、何が起こるかわからないけれど、悲しいことに教材は過去にしかないんですよ。だから、歴史を学ぶのに意味があるんです。

たとえば、唐の太宗李世民の言行録『貞観政要』も、現代のリーダーシップの教科書も、全部同じことを言っているんです。「何が起こるかわからない。しかし、リーダーは判断を誤ったら大変なことになる。そこで参考になるのは過去のケーススタディしかない」と。

── それでいくと、未来はさらに予測不可能なものとして最近は扱われていますね。

出口:そもそも予測できるはずがないんですよ。

ダーウィンが言うように「何が起こるかはわからない」のであって、そこでは強い者や賢い者が生き残るんじゃなくて、問われるのは「運」「適応」だけですね。適応というのは、先ほどの震災の例えを引けば、「どちらが助かりやすいか」という話です。簡単に言うと、学んだほうが助かりやすい。

── 特に若手のビジネスパーソンによく投げられるアドバイスとして、「3年、5年、10年先を考えて、逆算して動け」とも聞きます。

出口:ある意味傲慢な考え方じゃないでしょうか。僕は先のことなんかわかるはずがないと思っているので。

3年後、5年後、10年後の世界がわかるのだったら、逆算して考えてもいいですけれど、人間はそんなに賢くない。僕は人間はチョボチョボだと思っていますし、ほとんどの人が現状の延長線上でしか未来を考えていないでしょう。だから、そういう考え方は僕の性に合わないですね。

ただ、先々をぼんやりと「こんなことやりたい」って思うのはいいと思いますよ。たとえば、「南極に行きたい」とか、そういう大きい方向性は必要です。でも、「3年後はこうなっているに違いないから、今はこんなことをしよう」というのは、あまり意味がないと思っています。先のことなど、わかりませんから。

── それであれば「今」に適応して、自分がどうなっていたいかだけを考えようと。

出口「どういう人生を送りたいか」という人生哲学さえあれば、あとはその場その場で興味があることを一所懸命に勉強すればいいだけです。僕がよく言う「人・本・旅」を重ねていけば、適応力は自然に身についてくる。人間ができることは、それくらいしかないと思います。

教養とは「知識×考える力」のことである

manabi-deguchi4
Photo: 飯塚レオ

── 学んだこと、ひいては「教養」が、「適応」するためにも必要なのですね。

出口「教養=知識×考える力」です。知っていることを組み合わせ、自分で考える力が備わって初めて社会生活の中で使えるんです。

おいしいご飯を食べたければ、いろんな材料を集めて、上手に調理するわけです。いろんな材料を集めることが知識であるなら、クッキング能力に相当するのがロジカルシンキングですね。双方の能力が揃わなければ、おいしい食事は得られません。この法則「知性で考える力」を「教養」であるとか、「リテラシー」や「イノベーション」と呼んでも、大差はないでしょう。

「人・本・旅」から知識を得るだけではなく、さまざまな人に会って「考えるパターン」「発想の仕方」をも学び、考える力も同時に養わなければいけません。

──「人・本・旅」の一環としても、出口さんは新聞を活用なさっているそうですね。

出口:はい。僕の場合、すべて情報は新聞からです。20歳の頃から朝の1時間で3紙の見出しを読んでいきます。全部の見出しを読んだら、昨日の日本や世界で起こったことがフォローできます。そこで興味が生じたことは本を読んだり、ネットで検索したりしますね。

── その3紙はどうやって選んでいますか。

出口:発行部数が多いものです。だから、読売、朝日、日経ですね。要は、発行部数が多ければ、たくさんの人と同じ情報源を持っているということで、ニッチなものよりはいいだろうと。そこに深い考えは、あまりないですねぇ。

── 誰でも読めて、なおかつ人々と共通の話題になりやすい新聞に載っているものから「何を読み取れるか」が、先ほどおっしゃった「考える力」のひとつなのでしょうね。

出口:読み取る力ということでいえば、自分の興味や好奇心、そして過去の蓄積の成果ですよ。最近は小学生でも『源氏物語』を読むそうですが、実際に恋愛で振り振られてから読んだほうが、理解が深まるとは思いませんか。

── たしかに。

出口:人間って日々成長しますから、人生でたくさんの人に会ったり、本を読んだり、旅をしたりして、いろんな経験を積むことで『源氏物語』の読み方も深くなる。同じように、世界で起きていることも、よりわかるようになるんです。

読むべき本や新聞などを質問されることもありますが、ここで大事なのは「何がいい」とか「どうすればいい」とかいうことではなくて、その人に合った読み方をすればいいんです。好きなものは読めばだいたい頭に入ります。「好きこそ物の上手なれ」です。嫌いなものを読んでも頭に入らないでしょう?

── 学生時代を思い返しても納得できます。

出口:先日の講演会で、あるビジネスパーソンから「毎週3冊は本を読んでいるんだけれども何一つ頭に入らない。どうしたらいいか」と質問を受けたんです。「何一つ頭に入らない」のはあまりに変なので、「どんな本を読んでいるんですか?」と聞いてみたら、「上司が異常な本好きで、毎週のように課題が振ってきて、半分も消化するのがやっとです」と。

原因は明快ですね。僕の解答はこうです。「上司から下りてきた本は『参考になりました』と全部ブックオフで処分して、そのお金で好きな本を買って読めば頭に入ります」。

── たしかにその方は、頭に入らずとも上司との関係が続いていますものね(笑)。ただ、最近は「自分の好きな本がわからない」という声も耳にします。

出口:わからなかったら、新聞の書評を読んでみましょう。著名な学者などが本名で書いていて、阿呆なことを書いたら恥をかくでしょうから、しっかり評しています。それを読んで興味を引かれたものを読めばいい。ネットであっても、本名で書いているものならある程度は信頼できます。これも、阿呆なことを書いたら恥をかくのは本人ですから。その点で、匿名の書評は僕にとってはまったく意味がありません。

あるいは、古典を選ぶのもいいでしょう。何百年も残ってきた本には、それだけの確かな理由があるのです。本屋へ行くなら、最初の10ページを読んで「面白い」と思ったものを買う。書く人は読んでほしいので、最初の10ページに力を入れて書くはずですから。本を選ぶのって、このように考えれば、とても簡単ではありませんか?

── 新聞の書評、古典、最初の10ページ。どれもルールが明快です。

出口:人を選ぶより簡単ですよね。人は、相性や好き嫌い、価値観など、いろいろと判断軸があるので。

会社の上司ひとつとっても、「めちゃ立派やで」と言う人と、「あいつは阿呆やで」と言う人がいるでしょう。それは、みんなが人を色眼鏡で見るからですよ。「あの人の言い方が癇に障る」とか。

── 同じようなことを言っているのに、この人だとよく聞けるけれど、この人からは嫌な感じを受ける…というのはありますね。

出口:好みや価値観、それに印象とか、みんながいろいろな先入観で色眼鏡をかけていますからね。本はその点が抽象化されています。「表紙が好み」とかは若干ありますが、最初の10ページだけをちゃんと読む限りなら、心もクールに見られますからね。

だから本は、生きた人間に比べたらずっと選びやすい。個性が相対的に見えないですから。

── 本には個性がない、ですか。

出口:もちろん、本の「中身」には個性がありますよ。でも、「見た目」はどれも活字ですから、生きた人間に比べれば個性がないともいえます。

そもそも「学び直し」なんて、あり得ない

manabi-deguchi5
Photo: 飯塚レオ

── 話は戻りますが、考える力の養い方として、他のインタビューで「他人や他の国の人の考え方の型を真似する」とおっしゃっていました。最近注目している人や国はありますか?

出口:企業で言えば、Googleは参考になりますね。たとえば、国籍、性別、年齢、顔写真を人事部のデータからすべて削除したそうです。人に頑張って働いてもらうには、どんなキャリアがあり、今は何をしていて、将来どの方向へ行きたいのかさえわかっていればいい、と。顔写真を見るだけでも先入観が生まれるから、そんなものは全部捨てる。すごく面白い企業ですし、勉強になります。

──「そんな大胆なことを!」と思ってしまうのが、きっともう先入観なんでしょうね。

出口:そうです。「ブラインドオーディション」って知っていますか? オーケストラのニューヨーク・フィルハーモニックでは欠員が出るたびに、音楽監督やコンサートマスターが後任者を選んでいたのですが、そのほとんどが「若い白人の男性だった」と気が付いたそうです。

試奏と質疑応答だけで相手の姿が見えないブラインドオーディションに切り替えたところ、有色人種、高齢者、女性のメンバーが増え、全体のレベルも格段に上がったといいます。つまり、音楽監督やコンサートマスターという最高の能力や人格、見識を持つ人でも、見た目にだまされているということですよね。まぁ、人間の脳みそなんて、たいしたことはありませんから。

こういう当たり前の話を聞くと、日本企業で人事を5年くらい経験したおじさんが、「俺は人を見る目がある」とか言っているのは……いかがなものか、と思いますよね(笑)。それなら、大学4年間の成績を見るほうが、はるかにわかるはずです。

そもそも、Googleはアメリカ人とロシア人の2人の青年が始めた会社ですからね。やはり、ダイバーシティがあるから、これほど面白い会社ができる。

さきほど話した「適応」のためにも、できるだけさまざまな経験をしておいたほうがいいでしょう。ビジネスパーソンであれば、日本人のおじさんばっかりの世界で生きてきたら、それはやっぱり多様性としてもしんどい。だからこそ男性も女性も同じように仕事をする、海外の人とも働いてみるとか。

── ダイバーシティのある環境であれば、適応力はたしかに高まりそうです。

出口:だから、大学を選ぶのだったら、ぜひ東京大学かAPUを選んでください、と(笑)。APUは、『世界大学ランキング』で有名な英国の高等教育専門誌『タイムズ・ハイアー・エデュケーション(THE)』が先日発表した、THE世界大学ランキング日本版2018で日本の私大ランキングで5番手した。慶応、早稲田、上智、国際基督教大学、APUの順です。

── つまり、西日本の私大としては1位ですね。

出口:はい。西日本1位です。なぜそれだけ評価が高いかといえば、学生数は6000人の小さな大学で、歴史も17年しかありませんが、どこよりもダイバーシティにあふれているからです。教員も学生も、半数が外国籍です。学生は世界90の国や地域から集まっていますから、要するに「若者の国連」のようなものなんですよ。

1回生は原則、国際学生であれば全員、日本の学生も大半が寮に入ります。大分県別府の山の上にあって、誰も忖度してくれない環境ですから、お互いにものすごく鍛えられるわけですよ。

── ビジネスパーソン向けの講座もありますか?

GCEP(ジーセップ)」というグローバル化養成プログラムを用意しています。これは簡単にいえば「上司から2カ月の休みをもらって、寮で学生生活をやってください」という内容なんです。

世界90の国や地域から人が集う中での2カ月間は、留学よりもはるかに効果があるので、企業の皆さんにはぜひ来てもらいたいですね。国際経営学部と経営大学院はセットで国際認証のAACSB(The Association to Advance Collegiate Schools of Business)を取得した、いわば「ミシュラン」でも三つ星ランク。日本でも4校しか持っていません。

そういったレベルの高い経営論を英語で勉強するわけですから、社会人のリカレント(学び直し)としては、たぶん最高の環境だと思います。よかったらライフハッカーさんでもいかがですか?

── ぜひ取材したいです。そのまま帰ってきたくなくなりそうですが。

出口:先日も、とある鉄道会社の方が来られていて、2カ月の研修後にご挨拶をしたら「最初は上司に言われて来たけれど、今では4カ月コースにしてほしかった」と帰って行かれましたよ。

── それだけ名残惜しくなる環境だったんですね。

出口:大学の理想型として「アズハルの3信条」というのがあります。エジプトのカイロに西暦980年くらいにできたアズハル大学のポリシーは、「入学随時、受講随時、卒業随時」なんですよ。つまり、勉強したいと思ったらいつでもおいで、と。

さらに、勉強したい科目だけを受け、賢くなったと思ったら自由に卒業していい。卒業証書は出さないけれど、勉強したくなったらまたおいで。これこそ勉強したいときに勉強できるというリカレント教育の基本ですよね。

── 今回は「学び直し」を大きなテーマとしてお話を伺ってきましたが、今では「学び直し」という言葉そのものが変だなと思えてきました。

出口:学び直しじゃない。「学び続ける」ですよ。人間は一生、学び続ける動物なのです。


Image: KADOKAWA

Photo: 飯塚レオ

Source: 立命館アジア太平洋大学,産業競争力会議下村大臣発表資料,社会人の学び直しに関する現状等について資料3,GCEP(ジーセップ)