マイクロソフトが「半導体企業」になる日──人工知能を巡る、もうひとつの開発競争

マイクロソフトやグーグル、フェイスブックなどが、これまで門外漢だった半導体チップの開発に力を入れようとしている。ディープラーニング(深層学習)に特化した製品だ。自社製のハードウェアで差異化を図り、人工知能(AI)を活用したサーヴィス分野でライヴァルを出し抜こうという思惑だ。AIを巡るビジネスの激化は、業界の垣根を越えた新たな戦争を誘発している。
マイクロソフトが「半導体企業」になる日──人工知能を巡る、もうひとつの開発競争
IMAGE:GETTY IMAGES

ソフトウェア企業はかつて、ハードウェアの開発を他社に任せていた。検索と広告を基盤とするグーグル帝国ですら、ごく普通の部品でできた物理インフラの上に築かれたのだ。しかし、人工知能(AI)分野での競争が激化するとともに、そうした考えは捨てざるを得ない時代になっている。

グーグルは現在、サーヴァーの一部に「TPU(Tensor Processing Unit)」と呼ばれるディープラーニング(深層学習)に特化した自社設計のカスタムチップを組み込んでいる。TPUはクラウド事業の顧客を対象に貸し出しもされる。

フェイスブックもデータセンターに向けた同種チップの開発に意欲を示している。テック大手2社が、AI専用のサーヴァー向けチップセットをつくるスタートアップと競り合っている状況だ。この分野のスタートアップへの投資は、2017年だけで数億ドルに上る。

しかし、AI開発分野のビッグプレーヤーである例の企業は、こうした投資は果たして賢明なのかという疑問を投げかけている。

マイクロソフトは5月7日に始まった恒例の開発者向けカンファレンス「Build 2018」で、AI分野で野心的なプロジェクトを進める企業に対し、グーグルが提供するようなカスタムチップの使用を避けるべきだとの見方を示した。機械学習は急速に進歩しており、すぐに時代遅れになる可能性のあるアイデアを元にチップを設計するのはばかげているというのだ。

代わりにマイクロソフトは「FPGA」というチップを提案した。用途に応じてプログラムを書き換えられるセミカスタムLSI(集積回路)で、これを利用すればサーヴァー用のチップを自社で設計する必要はなくなる。インテルからFPGAを購入すればよいのだ。そして、この考えに賛同する企業もいる。

自社チップを使ったクラウドサーヴィスも登場

マイクロソフトはこの日、「Project Brainwave」という控えめな名前のクラウドサーヴィスを提供すると明らかにした。FPGA技術を使った画像認識向けのプラットフォームで、ネスレのヘルスケア部門などが導入を決めているという。

ユーザーがにきびの写真を撮って送ると、AIが画像を解析して症状の程度を分析し、最適な治療法が示される。その治療が有効だったかを知るための事後追跡も行う予定だ。

電子機器の受託生産大手ジェイビルも、Brainwaveの採用を決めた企業のひとつだ。同社は世界中に90以上の拠点をもつ。独自開発したソフトウェアを使って、生産段階で欠陥があると判断されたプリント基盤の画像をチェックする計画だ。

プロジェクト責任者のライアン・リトヴァクはマイクロソフトのサーヴィスの魅力について、画像を高速で処理できるうえ、機械学習で一般に用いられる画像処理チップよりはるかに低コストで導入できる点にあると説明する。

Brainwaveの標準画像認識モデルでは、100万件の画像を21セント(約23円)で処理できる。1枚当たりの処理速度はわずか0.0018秒だ。マイクロソフトによると、現行のクラウドサーヴィスでは最も優れている。

ただし、実際の性能は第三者が直接試して、ほかの選択肢と比べるまではわからないだろう。比較対象となるのは、グーグルのTPUや、画像認識の機械学習で業界をリードするNVIDIA(エヌヴィディア)のグラフィックチップなどだ。

応用範囲の広さも未知数だ。FPGA技術はクラウドコンピューティングではさほど使われてはおらず、書き換えに必要なプログラミングの専門知識をもつ企業は少ない。

マイクロソフトは顧客のシステムをFPGAに適用させることもできるとしているが、当面はコンピューターヴィジョンに限定してサーヴィスを提供する。テキストや音声ベースのモデルに機械学習を応用したい場合は、既存のプラットフォームを使用する必要がある。

2つのテストが出した、真逆の評価

マイクロソフトとグーグルが新たなアイデアを出す一方で、NVIDIAも黙ってはいない。

投資会社ARK Investment Managementのアナリスト、ジェームズ・ワンによれば、「カスタムAIチップはグラフィックチップをはるかに超える能力をもつかもしれない」という期待に水を差すような出来事があったという。

それは、ドイツのスタートアップRiseMLが画像認識ソフトウェアの訓練に関連してテストを行ったときのことだった。グーグルのTPUの最高性能は、より安価なNVIDIAの最新モデルと同程度でしかないという結果が出たのだ。

ワンは「グーグルは内部にチップデザインの専門チームをつくりましたが、既存製品より10倍も優れているものが完成したわけではありません。競争に勝つのは非常に難しいでしょう」と話す。なお、ARKはNVIDIAの株式とグーグルの親会社アルファベットの株式のどちらも保有している。

グーグルの広報担当者によれば、RiseMLのテストに問題はないように見えるという。だが、スタンフォード大学が行なったDAWNBenchという別のテストでは、TPUで動くソフトウェアは特定の画像認識タスクにおいて、NVIDIAのチップより速度でもコスト面でも優れていたと指摘する。

あらゆる領域への機械学習の適用が進むなか、AIのアルゴリズムを動かす手段の開発も加速しそうだ。グーグルは過去2年間、開発者カンファレンスでTPU関連の最新の取り組みを明らかにしている。近いうちにマイクロソフトの動き以外にも、この分野のハードウェアを巡って大きな発表があるかもしれない。


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TEXT BY TOM SIMONITE

EDITED BY CHIHIRO OKA