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日本テレビの“罪”――ワイプの発明

てれびのスキマライター。テレビっ子
所ジョージの「ワイプ」の映り方は現在主流のものとは一線を画している(写真:アフロ)

「あれは私の“罪”ですね」

元日本テレビのプロデューサーである吉川圭三は、『全部やれ。 日本テレビ えげつない勝ち方』での筆者の取材に自嘲するように苦笑いを浮かべた。

吉川は、『1億人の大質問!?笑ってコラえて!』や『世界まる見え!テレビ特捜部』、『恋のから騒ぎ』など数々の人気長寿番組を生み出したテレビマン。

そんな彼が「私の罪」というのは、「ワイプ」の“発明”だ。

ワイプとは、VTR中にスタジオにいる人たちを映す小窓のこと。

いまでは数多くの番組で使われ、視聴者からは「邪魔だ」「うるさい」などという批判の的にもなっている。

もちろん、「ワイプ」の嚆矢については諸説ある。かなり古いテレビ番組の映像でも、ワイプが使われていることが確認されているが、『世界まる見え』での使い方が他の番組に多大な影響を与え、その手法を一気に普及させた番組のひとつであることは間違いないだろう。

日本テレビの番組は、このワイプをはじめ、テロップの多用など「わかりやすさ」を最優先する演出を次々に生み出し、それを“進化”させていった。

その結果、年間視聴率トップを不動のものとする絶対王者の地位を築き上げた。

では、吉川による「ワイプ」演出はどのように生まれたのだろうか。

ワイプの“発明”

『世界まる見え!テレビ特捜部』は、パイロット版である特番が放送された後の、1990年7月にレギュラー版が始まった。

だが、わずか3ヵ月で一旦終了している。

実は当初予定されていた番組がとある事情でダメになり、3ヶ月間空いてしまった。その穴埋め番組として始まったため、予定通りの終了だった。

しかし、番組は好評だったため、半年後の91年4月、当初の楠田枝里子、所ジョージのコンビに、ビートたけしを加え、第2期のレギュラーが始まった。

『世界まる見え』は、世界中のおもしろい番組や映像を短く編集し、ノンジャンルで紹介する番組。

昨今、数多くある衝撃映像を集めた番組の元祖ともいえる『決定的瞬間』を80年代に制作していたが、そうした衝撃映像なら衝撃映像だけではなく、吉川はジャンルを絞らないということにこだわった。

「『まる見え』は、笑いとかにこだわらず、ストーリーがあるものもやった。それが成功の要因だと思います。毎週、衝撃映像ばっかりだと、飽きられて、すぐに終わってしまう。世界の料理番組もやれば世界の天気予報もやる。あるいは歌番組も動物番組も……。様々なジャンルのものを取り混ぜて紹介することが大切だと思ったんです。その時代に合わせたものをジャンルにこだわらずに見せていくから新鮮であり続けられるんです」

ジャンルを絞ったほうが視聴者が見やすいという周囲の声もあったが、吉川は聞く耳を持たなかった。確信があったのだ。混沌こそがテレビなのだと。

出典:『全部やれ。 日本テレビ えげつない勝ち方』

すると、一回の放送中、ノンジャンルでバラバラなVTRが流れることになる。そこに統一感を与えてくれたのが、たけし、所、楠田という3人のコメントだった。時に彼らが芸人特有の性で横道に逸れていくと楠田が強引に軌道修正し、硬軟問わずあらゆるテーマをフラットに紹介することができた。この三人がVTRを見ているからこそ番組が成立したのだ。

「ワイプ」が“発明”されたのも三人の見ている顔を映すためだった。

しかし、最初から使っていたわけではない。

ある時、番組の素材として、ものすごく良いドキュメンタリーがあったという。どんなに短く編集しても18分弱の放送尺が必要だった。

だが、この長さでは、見ている人が何の番組を見ているか分からなくなってしまいかねない。

普通ならVTRを前半と後半に分け、一旦スタジオに降り、司会者たちに少し感想を言ってもらってから後半に行くというのが正攻法だっただろう。

けれど、それではこのVTRの良さが損なわれてしまうと吉川は思った。

18分間ノンストップで流し、終わってからたっぷり感想を言ってもらう他ない。

それだけ力のあるドキュメンタリーだと確信していた。

だが、放送直前、危惧していたことが起きたという。

事前にそのテープが上層部に渡ってしまった。吉川に上司から電話がかかってきた。

「あれを3分の2以下の時間にしてくれ」

「それでは意味がありません」

吉川は突っぱねた。放送日も迫っていて編集が間に合わないとも説明を加えた。

「どうにかならないか?」となおも食い下がる上司。

「どうにもなりません!」

吉川は乱暴に電話を切った。

出典:『全部やれ。 日本テレビ えげつない勝ち方』

けれど、このままでは、その上司のメンツを潰してしまう。

少し冷静になった吉川は、VTRはそのままに、上層部を納得させる方法はないかと考えた。

その折衷案が「ワイプ」だったのだ。

こうして『世界まる見え』の「ワイプ」は誕生した。

そして、この方式が、数多くの番組で流用されていくことになったのだ。

「ただ、それは一番いい場面では入れなかった。最近よく見るワイプは一番いい場面で入れているけど、あれは間違いだと思うんです。ストーリー上、邪魔にならない、むしろ、画面のダレてくるところに僕は入れていたんです。現場でちゃんと見てますよというアリバイとしてね」

出典:『全部やれ。 日本テレビ えげつない勝ち方』

昨今、いわゆる「ワイプ芸」などと呼ばれるように、スタジオの出演者はVTRを見ながらいかにリアクションを取るかが求められている。

つまり、視聴者が驚いて欲しいところで驚き、泣いて欲しいところで泣いて、視聴者を誘導する役割をワイプは担っている。

吉川が当初意図していたものとはまったく違う方向に“進化”をしてしまった。

所ジョージのリアクションも今の主流のものとは真逆だった。

どんなに感動するVTRを見ても決して泣くことはない。

「それは冷たいとかそういうことではないんです。自分が泣いてしまうと自作自演な感じが出てしまうでしょって。泣くのはお茶の間であって、自分たちが泣いてどうするんだという考えなんです。それが所さんの美意識なんだと思います」

出典:『全部やれ。 日本テレビ えげつない勝ち方』

いまの視聴者は、自作自演な演出に敏感だ。それを嗅ぎ取った瞬間、離れてしまう。

感情を余白なく誘導されてしまうのも押し付けがましく感じられるだろう。余白なく作り込まれた番組は確かに丁寧だが窮屈だ。

もちろん問題は「ワイプ」自体ではない。その使い方だ。

ただ漫然と使うのではなく、いままた原点に帰り、美意識を持った使い方や、あっと驚く新しい考え方の「ワイプ」を見てみたい。

ライター。テレビっ子

現在『水道橋博士のメルマ旬報』『日刊サイゾー』『週刊SPA!』『日刊ゲンダイ』などにテレビに関するコラムを連載中。著書に戸部田誠名義で『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』(イースト・プレス)、『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか 絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』、『コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』(コア新書)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮社)など。共著で『大人のSMAP論』がある。

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