世界最高のスリープコーチが教える 究極の睡眠術』(ニック・リトルヘイルズ著、鹿田昌美訳、ダイヤモンド社)は、自称「スポーツ睡眠コーチ」。寝具販売会社で海外販売・マーケティング部長をしていた1990年代から睡眠習慣、寝具等、睡眠に関する研究を開始し、クリスティアーノ・ロナウド、デヴィッド・ベッカム、ウェイン・ルーニーなど世界トップクラスのサッカー選手やアスリートの睡眠管理に従事してきたという人物です。

クライアントはレアル・マドリード、マンチェスター・ユナイテッド、アーセナルなどのサッカーチームにはじまり、ツール・ド・フランスでイギリス人初の優勝者を生んだチームスカイ、オリンピックやパラリンピック選手、ボクシング、ラグビー、ゴルフ、クリケット、セーリングの選手、チームなど多岐にわたり、プルデンシャル生命保険など企業でも睡眠指導を行っているといいます。

本書でも、そんな実績に基づいた睡眠メソッドを紹介しているわけですが、その核になっているのは「R90睡眠回復アプローチ」というもの。

本書で紹介する「R90睡眠回復アプローチ」は、私がトップクラスのアスリートたちに用いているメソッドだ。 私がプロとして30年近くにわたって磨き上げたものであり、(中略)プロのスポーツの最前線という睡眠効果が真剣に試される場で実践されてきたメソッドだ。 一流のアスリートは、人間に獲得可能な「小さな改善」を求めて切磋琢磨している。本書ではあなたに、その確実な改善をもたらすノウハウをお教えする。(「はじめに 気分・回復力・パフォーマンスを激変させる」より)

これを日々の生活に取り入れれば、心理的にも肉体的にもパワーアップすると著者は主張しています。果たしてそれはどのようなものなのでしょうか? 第3章「『時間』より『サイクル』で眠る 睡眠は『90分』のゲーム」から、いくつかの要点を抜き出してみましょう。

「8時間睡眠がベスト」はウソ?

「毎晩8時間の睡眠をとるのが理想」とは、よく聞く話。ところが著者によれば、「一晩に8時間の睡眠」は、比較的最近生まれた考え方なのだそうです。そして「これだけの時間眠らなければ」というプレッシャーのせいで、各人が本当に必要とする睡眠量を得ることがかえって難しくなっているというのです。

たとえばカロリー摂取量については男女別の基準があり、その上で、筋肉トレーニングの熱狂的な愛好者と、ほとんど座ったままの生活スタイルの人の違いも考慮される。 砂糖や塩などは一日の消費量に上限のガイドラインが定められており、それを超えなければ大丈夫とされている。「一日のエクササイズ」の明確な規定時間はない(通常は、推奨時間よりも多ければよしとされる)。 どういうわけか睡眠だけが、万人向けの“知恵”をそのまま受け入れているのだ。(66ページより)

必要な睡眠時間が8時間以下の人が、無理に8時間眠ろうとして、目を覚ましたまま横になっているのは「時間の無駄」だとすら著者はいいます。

事実、著者が関わっているスポーツ選手たちも、一晩8時間の睡眠をとっていないそうです。しかしそれは、必ずしも時間が足りないからではないのだとか。睡眠を時間単位ではなく、サイクル単位で捉えているからだというのです。

睡眠は「4つのサイクル」でとらえる

ここで登場するのが、著者の提唱する「R90アプローチ」で、それは「90分で回復(リカバリー)する方法」という意味。90分は、睡眠の1サイクルを構成する各ステージをめぐるのにかかる時間の長さだというのです。

睡眠の1サイクルは4つ(ときには5つ)のステージで構成され、1サイクルを終えるまでの過程は「階段を下りるようなもの」なのだそうです。夜に電気を消してベッドに入るときは階段の最上段にいて、階段の一番下が「深い睡眠」、すなわち到達したい目的地だというわけです。

階段の最上段:まどろみ ーー ノンレム睡眠のステージ1

階段の最初の数団を、ゆっくりと降りていくような状態。数分間は、覚醒と眠りとの間をうろうろしているわけです。自分が高所から落ちている感じがして突然ハッと目が覚めることがありますが、その現象はこのステージで起きるのだといいます。

落ちること自体はただの錯覚でも、これが起きると、眠りのプロセスとしては最上段に戻ってふたたび降りていくことになります。そしてこのステージにいるときは、ドアが開く音、外の通りから聞こえる音など、わずかなことで階段のてっぺんまで引き戻されることに。しかし、このステージを首尾よく切り抜ければ、さらに下へと降りてゆけるというのです。

階段の真ん中:浅い眠り ーー ノンレム睡眠のステージ2

浅い眠りでは心拍が遅くなり、体温が下がるもの。そしてこのステージでも、名前を大声で呼ばれたり、母親の場合は赤ちゃんが泣いたりすると、階段のいちばん上に引き戻される可能性があるのだそうです。

しかも、階段においてこのステージは最も長い時間を占めているため、このステージがとても長い階段のように感じられることも。

しかし、このステージの時間は無駄ではなく、バランスのとれたサイクルの一部。このステージは情報の統合と運動技能パフォーマンスの向上に関連していて、さらに階段を降りると、極上の状態に移行できるというのです。

階段のいちばん下:深い眠り ーー ノンレム睡眠のステージ3(と4)

ここが階段のいちばん下であり、ここまできた人を起こすのはかなり大変。揺さぶっても起きないような状態で、このときに起こされると、頭がぼんやりし、うろたえることに。この状態を「睡眠慣性」と呼ぶのだそうです。

脳は、深い眠りに入っているときにデルタ波を出すもので、これは最も脳波が遅い状態(起きているときは、最も脳波が速いベータ波になるそう)。睡眠時は、このステージにできるだけ長い時間滞在するのが望ましいといいます。なぜなら、このステージでの睡眠は、成長ホルモンの分泌が増えるといった身体的な回復の恩恵が大きいから。できれば夜全体の20%前後を、この深い眠りの底で過ごすのがいいそうです。

階段の上まで戻ってまた下へ:ヘルター・スケルター ーー レム睡眠

階段を戻って浅い眠りの領域にしばらくとどまり、レム睡眠に到達。夢のほとんどはこのステージにいるときに見ており、身体は一時的に麻痺することに。またレム睡眠は、創造的な能力の強化に役立つと考えられているのだといいます。

いったん階段の上まで戻って、立ち止まり、回って、必要なだけ少しずつ降りてきて、いちばん下に到着。乳児は眠りの半分以上をこのステージで過ごすといいますが、このステージでも眠りの20%前後の時間を過ごすのが望ましいそうです。(68ページより)

睡眠を「取り返す」ことはできない

夜間の眠りではこのサイクルを数回繰り返すものの、それぞれのサイクル内の配分は同じではなく、眠りはじめのサイクルでは「深い眠り」の割合が高くなるのだといいます。それは、身体が最優先で深い眠りを得ようとするから。

そして終わりのほうのサイクルでは、レム睡眠の割合が高くなりますが、睡眠時間が足りていないときは、初めのほうのサイクルでのレム睡眠の割合が高くなることに。つまり、「睡眠を取り返す」ために早めにベッドに入ったり、遅くまで寝たりするのは時間の無駄だということ。

睡眠は、いったん失われると取り戻すことは不可能です。しかし、勝手に自分のリズムを調整してくれるのが人間の身体。

理想は夜、サイクルからサイクルへとなめらかに移行していき、「睡眠―覚醒―睡眠―覚醒」を繰り返し…徐々に深い眠りの割合を少なく、レム睡眠の割合を多くしながら、最終的に朝になると目覚める、という流れだ。(73ページより)

これが、正しい質の眠りを得るカギ。「浅い眠り」「深い眠り」「レム睡眠」のすべてが入ったサイクルの連続を、なめらかなひと続きの睡眠として取ることが重要だという考え方です。(72ページより)




「いまこそ睡眠が注目されるべきだ」と著者は主張しています。「眠る」というメンタルとフィジカルの回復に欠かせないプロセスを見なおせば、起きている時間を最大限に活用し、効率的に仕事をして、友人や家族とのつきあいにベストを尽くし、強い自己肯定感を得ることができるというのです。眠ることになんらかのストレスを感じている人は、読んでみればなんらかの気づきを得ることができるかもしれません。

Photo: 印南敦史