情報管理クラウドサービスを提供するEvernoteの共同創業者であり元CEOのフィル・リービン氏。そんな彼が2017年、起業支援のための新会社 All Turtles(オール・タートルズ)をサンフランシスコに立ち上げました。2018年2月には東京オフィスを開設し、それに伴い来日したリービン氏に、IT業界で課題とされるダイバーシティの問題や、タフな環境を生き抜くため実践している健康管理術など、多岐にわたる話をインタビュー。第1回目は、新会社設立のきっかけやチームビルディングについてなど、経営面の話題をお届けします。

フィル・リービン(Phil Libin)さん/All Turtlesファウンダー・CEO

90年代より米国で複数の事業を立ち上げてきた連続起業家。2007年にドキュメント管理クラウドサービスを提供するEvernoteを創業しCEOに就任。2015年に同社のCEOを退任後、米ベンチャーキャピタルのゼネラル・カタリスト・パートナーズに参加。2017年5月、AI(人工知能)関連の自社プロダクトに加え、スタートアップや大企業の新規製品開発を支援する新会社 All Turtlesを設立。

シリコンバレー・モデルの限界

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2015年にEvernoteのCEOを退いてからは、ベンチャーキャピタリストとして起業支援に携わってきたリービン氏。

じつは次第に、シリコンバレーの起業支援モデルに限界を感じるようになったと言います。その理由はまず、多くの投資家が資金を出すのは、ユニコーン(企業価値が1000億円超のベンチャー)に成長する可能性がある(と信じ込める)事業にますます限られてきているため。たとえ収益が見込めて社会的に意義があっても、そこまでスケールしそうにない事業には資金が集まりにくいのです。そして、ベンチャー企業の創業者たちは慣れない会社運営に時間とエネルギーをとられ、製品開発に集中できない点。そして、もうひとつ。それはベンチャーキャピタルが支援する起業家が特定のタイプに大きく偏っているということ。圧倒的多数が、コンピューター・サイエンスの学位を有名大学から得た、シリコンバレー在住の白人か南アジア系の男性。ダイバーシティは喫緊の課題だとリービン氏は指摘します。

IT業界を、もっとインクルーシブに

アイディアを持つ人々が起業という形にこだわらず製品開発に取り組める、新しいサポートシステムを作れないか? IT業界をもっとインクルーシブなものにできないか?

そう考え、リービン氏は2017年に、新会社 All Turtlesをサンフランシスコに設立しました。製品アイディアを持つチームを「スタジオ・カンパニー」と位置づけ、彼らをAll Turtlesのスタッフである営業、財務、人材採用などの専門家がサポート。共に製品を開発していくという仕組みです。最初に設定したテーマはAI(人工知能)。All Turtlesでは現在AIを用いた複数のプロジェクトが進行中で、すでに製品として世に出ているものもあるとのこと。

長期的な視点では、多様性ある組織の方がいい

——多様性の重要性を指摘されていますが、それはなぜですか?

「短期的な成功ではなく、長期的な成功を重視しているからです。シリコンバレーのベンチャー企業が似たような人ばかりで構成される背景には、構造的な問題があります。ベンチャー企業は常に短期的なサバイバルを強いられています。投資家を満足させるために3か月先、6か月先、という非常に短いスパンで収益を上げなければ生き残れない。そうすると、気心が知れている大学時代の仲間と仕事をしようということになります。年齢が近く、似たような環境で暮らしてきた者同士なら、コミュニケーションに時間をかけなくても話が通じるので、スピーディに物事が進みます。最初はその方が結果を出しやすいでしょう。でも、こうした組織はたいがい長続きしません。

長期的に生き残っていくには多角的なものの見方ができるチームが必要です。多様なバックグラウンドを持つメンバーが相互にコミュニケーションを取りながら仕事をする。長い目で見ると、そちらの方がずっと生産的なのです。製品開発の面からもダイバーシティは重要です。コンシューマー向けの製品を作るときは特にそうですね。様々なタイプの人が開発に関わることで製品も磨かれ、より多くの人にとって使いやすいものとなっていきます」(リービン氏)

「より早く」でなく「より遠く」を目指している

——インクルーシブな環境を作るためにどんなことをしていますか?

「All Turtlesはスタジオ・カンパニーにすぐに結果を出すことを求めません。良いアイディアを持った人たちが収益化を焦ったり、会社の運営に翻弄されたりすることなく、製品を作ることに集中できるようサポートします。3か月先ではなく、2年先に素晴らしい結果が出せるよう環境を整えたい。私たちは「より早く」ではなく「より遠く」を目指しているのです。

余裕を持って取り組める環境が整っていれば、異なったタイプの人同士が共に働きやすくなるはずです。また、我々が開発を支援している製品それ自体がインクルーシブな職場環境を整えるためのツールだったりもします。スタジオ・カンパニーのいくつかは、AIを活用した製品開発を通してこの問題に取り組んでいます」(リービン氏)

反対意見を言うことは、むしろ義務

——チームビルディングに関して気をつけていることは?

「まずは、採用の際に自分よりも優れた人を雇うようにしています。自分の方がうまくやれると思ってしまうと、どうしても細かいことまで口を出したくなってしまうので。ベストな人材を採用するためには、自分のネットワークの中にいる人だけでなく、意識的に様々なタイプの人を検討しその中から選びます。無意識のバイアスに引っ張られないよう、やり過ぎかな、と感じるくらいがちょうど良いと思っています。

次に気をつけているのは、社員全員に『自分が今やっている仕事は何のためなのか』ということを、完全に理解してもらうことです。目的を理解した上で取り組んでもらう。ただ言われたからやっている、という人が一人でもいてはまずいのです。

もうひとつ、アマゾンが掲げる理念のひとつに「反対し、コミットする」(disagree and commit)というものがありますが、私もこれに賛同します。社員はリーダーが決めたことに盲目的についていくのではなく、納得できないことがあれば反対意見を言う。反対意見をいうことは推奨されているだけでなく、義務ですらある。そして、とことん話し合って決定が下された後は、たとえ当初反対していたとしても、全面的にコミットして全力で仕事に取り組む。チームマネジメントの方法としてとても優れていると思います」(リービン氏)

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次回は、All Turtlesが支援するハラスメント対策ツールspotを紹介しつつ、AIとジェンダー・ギャップの問題に迫ります。

ハラスメントの辛い思いをAI技術で救いたい/All Turtlesフィル・リービン[中編]

カフェグローブより転載(2018.05.07公開記事)