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先進国では日本だけ。誤字や書き間違えも起こるのに、なぜ「自分で名前を書いて」投票するのか

2018/5/15

宮澤 暁(Actin)

宮澤 暁(Actin)

日本の選挙は原則として、有権者が候補者や政党の名前を自分で記入する「自書式投票」となっています。しかし、法律上では1994年の公職選挙法改正で、衆議院選挙で「記号式投票」(事前に書かれた名前に◯などを付ける方法)が導入されたことがありました。今回は日本における記号式投票について紹介します。

自書式投票と記号式投票

日本の選挙は公職選挙法によって、原則として有権者が候補者の氏名(比例区の場合は政党名)を自書する自書式投票が採用されています。この自書式以外の方法としてはあらかじめ候補者名(政党名)が記載された投票用紙に、◯や✕などの記号を付ける記号式投票という方法があります。

記号式投票のメリットは、誰に入れたか判定できない疑問票を限りなく減らすことができるという点や開票作業が極めて簡単で効率が良いという点が挙げられます。基本的に記号式の方がメリットは多いと考えられていますが、自書式と比べて不利な点がいくつかあります。

候補者数が多い場合、全ての選択肢を記載する必要があるため、投票用紙のサイズが大きくなってしまうという点です。例えば、政党名あるいは候補者名で投票できる非拘束名簿式を採用している参議院選の比例区で記号式を採用した場合を考えてみましょう。2016年の参議院選では12政党から164名の候補者が立候補していましたが、記号式を採用した場合、投票用紙に12政党と164名の候補者を印刷する必要があります

このほかに印刷ミスの危険性や候補者の記載順によって有利不利が生じる可能性がある(先に書いてある名前に◯を付ける有権者が多いのではないかと想定される)こと、候補者が確定してから投票用紙を印刷するため、あらかじめ投票用紙を準備できず、選挙期間中の作業が増えるという点もあります。

海外では「記号式投票」が多い

とはいえ、疑問票が少ないことや開票時の手間がかからないことから、日本以外の国では記号式投票を取る国が多く、いわゆる先進国と言われる国の中で原則として自書式投票を採用している国は日本だけとなっています。

なお、実は日本の選挙でも、地方選挙であれば条例を定めることで記号式を採用することは可能となっています。この記号式投票の方法は定められた枠に鉛筆で◯を付ける形式の他、◯の判子を押すという形式を採用している自治体もあります。

また、自書式、記号式以外にも、実はもう1つ法的に認められた形式があります。それは電子投票(電磁記録式投票)です。電子投票が法的に認められたのは2002年で、記号式同様に地方選挙であれば、条例を定めることで採用することができます。電子投票は無効票を大きく減らせる、開票時間を大幅に短縮できるというメリットがある一方で、機械のレンタル費用が非常に高いというデメリットがあります。また、2003年の岐阜県の可児(かに)市議会選のように、機器のトラブルによって、選挙が無効になった例もあります。このようなコスト面の問題や機器のトラブルの危険性などから電子投票を導入している自治体は極めて少なく、実施例は十数例しかありません。今後も電子投票の予定は全くありません。

日本における記号式の歴史

日本の選挙で記号式の導入が検討され始めたのは、1951年という意外にも早期の段階でした。
そして、1962年5月の公職選挙法改正で、地方自治体の首長(知事、市町村長)の選挙であれば、その自治体が条例を定めれば記号式投票を行うことができるようになったのです。日本での初の記号式投票は1962年11月8日投票の栃木県 鹿沼市長選でした。簡単で疑問票が減り、開票時の様々なトラブルが大きく減った一方で、投票用紙を立候補締め切り日から投票日までの短期間で作る必要があり、出来上がりにも神経を使ったという欠点もありました。

1963年初頭の段階では様々な自治体が記号式投票を採用し、選挙を管轄する自治省は国政選挙にも導入したいという意気込みでした。しかし、この年の4月の統一地方選を前にして、記号式投票の採用を予定していた東京都で事件が起きます。都議会で記号式投票導入の議決をしようとしたところ、突然、自民党が反対したことで頓挫してしまったのです。東京都が導入を見送ったことは他の自治体にも影響を与えてしまい、導入を検討していた他の自治体が見送るという事態を引き起こしました。

ただ、このような事件があったものの、1970年の公職選挙法改正では記号式投票が地方議会議員選挙でも可能になるなど、地方選挙のレベルでは自治体が認めれば、全ての選挙で記号式投票ができるという体制になり、記号式投票にするか否かは、自治体の判断にゆだねられる状況になったのです。

 

国政での記号式投票

地方選挙では記号式投票の環境が整備されましたが、国政選挙では記号式投票が採用されることはありませんでした。しかし、1990年に自民党が出した政治改革基本要綱において、衆議院選での記号式投票の導入が提案されました。そして、1994年に公職選挙法が改正され、衆議院選を従来の中選挙区制から現在の小選挙区比例代表並立制へ変更することと共に記号式投票が導入されたのです。

しかし、記号式投票が導入されたものの、翌1995年に自民党内から記号式投票から自書式投票に戻したいという発言が出るようになりました。その理由としては、前述したような記号式投票のデメリットの他、新しい名前の候補や政党名を書くのは抵抗があるため、自書式の方が現職や古くからある政党に有利だからというものでした。

そして、紆余曲折を経て、記号式投票から自書式投票に戻すという法案が可決されてしまったのです。これにより、記号式投票で一度も国政選挙を行うことなく、元の自書式投票に戻ってしまったのです。これ以降、再度の導入が検討されたことはあったものの、現在に至るまで記号式投票が国政選挙に導入されたことはありません。

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宮澤 暁(Actin)

宮澤 暁(Actin)

1984年東京都出身。個性あふれる候補者が多数出た1999年の東京都知事選に衝撃を受けてインディーズ候補(いわゆる泡沫候補)にはまり、そこから変わった選挙・政治事件に興味を持ち、現在に至る。著書に『ヤバい選挙』(新潮社)。

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