奇妙なアートに瞑想の時間、そのブロックチェーンのイヴェントは「不思議な空気」に満ちていた

ブロックチェーン技術に関するカンファレンス「Ethereal Summit」が5月上旬にニューヨークで開催された。会場では真面目な議論が交わされただけでなく、サトシ・ナカモトやヴィタリック・ブテリンに祈りを捧げる祭壇など、奇妙なアート展示や企画が用意されていた。その不思議な空気感に満ちたカンファレンスの様子をレポートする。
奇妙なアートに瞑想の時間、そのブロックチェーンのイヴェントは「不思議な空気」に満ちていた
IMAGE: GETTY IMAGES

その祭壇に向かってひざまずき、小さなコンピューターに文字を入力する。目の前には数十本のロウソクと花、招き猫の置物、そして財布くらいの大きさのフォトフレームがいくつか並べられていた。

フォトフレームには、「Ethereum(イーサリアム)」の生みの親として知られるヴィタリック・ブテリンと、ドリアン・ナカモトというカリフォルニア在住の60代の男性の写真が収められている。

ドリアンは『ニューズウィーク』誌が2014年、ビットコインをつくったとされるサトシ・ナカモトだと報じた人物だ。これは誤報だったが、実際のナカモトが誰なのかは謎のままなので、代わりにドリアンの写真が使われたのである。

小さなコンピューターのスクリーンに表示されたメッセージが、来訪者に本物のナカモトに祈りを捧げるよう促す。

コンピューターに入力された祈りはランダムな秘密鍵に変換され、ナカモトが放棄したとされる仮想通貨(暗号通貨)の秘密鍵と合致しないかどうか、運試しが行われる。ナカモトがもっていたオリジナルビットコインは、推定で総額80億ドル(約8,810億円)を超えるとされている。

適当な祈りの文句を入力して待つ。心臓が何回か動悸を打ったあとで、メッセージが表示された。「わが子よ、残念だが、お前は選ばれた者ではない。HODL[編註:仮想通貨を売らずに保持することを意味するネットスラング]を信じ、世界に分散化を広めよ」

ブロックチェーンの神殿が誕生した理由

アーティスト集団の「Vapor Ants」は、人々がブロックチェーン技術に寄せる宗教的と言ってもいい熱情から、この神殿を考えついた。“信者”たちは分散型台帳がインターネットと世界経済を変えると信じている。

このインタラクティヴアート作品は、ニューヨークのノックダウン・センターで5月11〜12日に開催された「Ethereal Summit」で展示された。カンファレンスを主催したのは、ConsenSysというイーサリアムのスタートアップだ。同社はマイクロソフトやアマゾンとも提携しており、ブロックチェーン技術(なかでもイーサリアム)は全産業に変革をもたらすと考えている。

イーサリアムはプラットフォームの上にさまざまなアプリケーションが構築できる点で、ビットコインとは異なる。ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)でアプリを動かせるのと同じことで、イーサリウム上に別の仮想通貨をつくり上げることすら可能だ。ConsenSysは、イーサリアムをベースにしたアプリは将来的に従来のウェブをしのぎ、「Web3.0」と呼ばれる時代がやってくると考えている、

Ethereal Summitの参加費は2日間で1,200ドル(約13万4,000円)だ。今年初めて開催された「ニューヨーク・ブロックチェーン・ウィーク」の一環で、ほかには仮想通貨分野のニュースサイト「CoinDesk」が主催するカンファレンス「Consensus」といったイヴェントも行われている。

ブロックチェーン技術界のグーグル

出席者には20代や30代の男性だけではなく、女性も多い。そろそろ定年ではないかと思われる世代も相当数いた。前の週には「Google I/O」や「Microsoft Build」といったテック大手の開発者向け会議が開かれているが、Ethereal Summitはそのイーサリアム版だと考えればいい。

この比較を適用するなら、ConsenSysはブロックチェーン技術界のグーグルだと言えるかもしれない。同社はイーサリアムに関しては、ほぼすべての分野をカヴァーしている。テック界の巨人グーグルがデジタル経済の大部分を支配するのと同じだ。

ConsenSysの従業員は1,000人近くに上り、その一部はサプライチェーンや不動産、音楽、ジャーナリズムといった分野でのプロジェクトに従事している。事業の根幹をなすのはブロックチェーンの基本ツールの開発で、これらのツールはグーグルがつくり上げた「Gmail」や「Google Drive」、「Google Cloud」のように、ほかの企業が利用することができる。これまでに提供されている製品には、アイデンティティ管理システムの「uPort」や、イーサリアムアプリの開発フレームワーク「Truffle」などがある。

ConsenSysは、カナダの起業家でイーサリアムの共同開発者でもあるジョセフ・ルービンが15年に立ち上げた企業だ。ルービンの純資産は10億ドルを超えるとされ、イーサリアムの仮想通貨「Ether(イーサ)」が注目を集める前にこれを集めることでつくられた。ルービンは、この資金を自らの事業に投資したのだ。

漠然としていたサミットの中身

Ethereal Summitの内容は、そのぼんやりとした名前にふさわしく漠然としており、ブロックチェーンの懐疑論者はこの技術に確信がもてないままだっただろう。分散型台帳によりインターネットの中央集権化は弱まり、一般の人々が再び力を手にするという。

例えば、従来型の金融機関を使って取引する際には、利用者がいつ誰に送金したかを追跡する責任を、金融機関側が負う。これに対してブロックチェーンの取引では、取引の内容はネットワークにいる全員によって検証され、データが保存される。つまり、銀行のような機関が歴史的に維持してきた権力が意味を失うのだ。

ビットコインには管理者がおらず、連邦準備銀行のような実体のある機関からも規制されることはない。しかし、この技術をさまざまな分野にどのように応用していくかや、現行のシステムがどう改善されるかは不透明だ。

カンファレンスの始めのほうに、ConsenSysのプロジェクトとして始まった「Viant」というスタートアップの創業者が司会を務めるセッションが行われた。Viantはサプライチェーンに革命を起こすことを目指している。

壇上では、参加者にキハダマグロが振る舞われた。このマグロは、はるか遠くフィジーの沖合いで釣られてからニューヨークにたどり着くまでの旅路が、すべて追跡記録されているという。

自分が口にする食品の出所を正確に知ることができるという未来には勇気付けられるが、ViantがUPSのトラッキングシステムとどれだけ違うのかを正確に理解するのは難しい。また、分散型台帳を使うことで記録の消去や改ざんが不可能になるとしても、例えば台帳に入力する時点での不正は防げるのだろうか。

用意されていた瞑想の時間

登壇者にはヨーク・ローズのようなConsenSys社外の人間もいた。ローズはマイクロソフト出身のブロックチェーンエンジニアで、分散型台帳を使ったトークンのもつ力について話した。アンバー・バルデットは仮想通貨界のセレブリティーで、以前はJ.P.モルガンでブロックチェーンプロジェクトのリーダーをしていた。彼女は主に、プライヴァシーの重要性について語っている。

また、世界を変える力をもつという触れ込みに、懐疑的な見方を示す論者も招待されていた。あるセッションでは、トーク番組『ザ・デイリー・ショー』のリポーターのロニー・チェンとルービンが、仮想通貨を巡る騒ぎとその実情について議論を繰り広げた。ルービンは12月に番組に出演しており、2人が言葉を交わすのは今回が2回目だ。

チェンはまず、05年に出てきたファイル共有プラットフォーム「BitTorrent」のように、非中央集権化のためのテクノロジーはこれまでにも存在すると指摘した。ルービンはこれに対し、著作権侵害などでBitTorrentには悪いイメージが付きまとうようになってしまったが、分散型システムを実現する技術はいまこそ注目を浴びるべきだと答える。

しかしチェンは譲らなかった。「壮大な詐欺か、それとも人類にとって最も過小評価されている資産なのか、そのいずれかでしょう。ただ、まだどちらに転ぶ可能性も残されています」と語ったのだ。

セッションの合間には、著名な代替医療の指導者ディーパック・チョプラによる瞑想の時間など、さまざまな気分転換も用意されていた。チョプラは75人程度の参加者に向かって、「ブロックチェーンは人工物です」と語りかける。ちなみに彼によると、わたしたちの“意識”を除く世界のすべてのものは、人工物だそうだ。

参加者からの「イーサリアムとヨガと人間のチャクラを目覚めさせることとの間に関連性を見出しているか」という質問に、チョプラはこう答えた。「ブロックチェーンはすべてのニーズに対応できるという考え方は気に入っていますよ」

「Web4.0」がやってくる

2日間に及んだカンファレンスの最後を飾る美術品のオークションの前に、ルービンのスピーチがあった。「バーニングマン」[編註:ネヴァダ州の砂漠で毎年開催されるアートフェスティバル]を思い起こさせるようなTシャツを着た彼は、ブロックチェーン技術はわたしたちを「フェスティバルを楽しむ学識のあるゲーマー」に変えてくれると説明した。

トークンに支えられたユートピアが実現すれば、人付き合いや個人的な関心を追求する時間的な余裕が生まれる。ただ、新しい技術は過去にも繰り返し似たような未来を提示したが、それが本当に起こったことは一度もない。

ルービンは、人類は地球の外にまで繁栄を広げるだろうと続ける。50歳を超えたこの起業家は言葉を短く区切り、何度も「うーん」とつぶやきながら、親しみの沸く感じで話した。

彼によればConsenSysは「実験」である。Web3.0のあとには、人工知能(AI)の研究者たちがわたしたちに代わって契約を結ぶ「Web4.0」がやってくる。

聴衆はそれほど驚くこともなくこのスピーチに耳を傾けていたが、UberやAirbnbといった単語が出てきたときにはブーイングも起きた。ルービンはこうしたプラットフォームを、「彼らはアグリゲーターに過ぎません」と切って捨てる。話が終わりに近づいたとき、わたしのそばにいた参加者が「これが全て実現したら、スティーブ・ジョブズの100倍はすごいだろうね」とつぶやいた。

落札額10万ドルを超えた「デジタルの子猫」

最後のオークションは、イーサリアムを使ったアート作品の管理のためのプラットフォーム「Codex」の主催だった。売り上げは、ブロックチェーン技術を取り入れた作品を制作するアーティストを支援するアート&ブロックチェーン財団に送られるという。1点目は白いキャンバスに赤く「HODL」と書かれた作品で、8,000ドルの値が付いた。

最後のアイテムは、やはりイーサリアムのプラットフォームを使った猫育成ゲーム「CryptoKitties」の子猫だった。アートディレクターのギリェルメ・トワルドウスキーがデザインしたものだという。

CryptoKittiesはデジタルの猫を交配させ、生まれた子猫を育て上げるゲームだが、例えば緑の目のような珍しい特徴をもった猫は稀少性が高まる。レアな子猫を得ることは、「ポケモンGO」でレアキャラを捕獲するようなものだ。

子猫の入札額が10万ドルを越えると、「ARTISTS DESERVES MORE」と書かれたシャツを着た一団が互いに抱き合いながら、歓声を上げた。デジタルキャットは最終的に14万ドル(約1,600万円)で落札された。


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TEXT BY LOUISE MATSAKIS

EDITED BY CHIHIRO OKA