今年の後半、貧困率が25%に達する、カリフォルニア州のストックトン市で、少し変わった実験が行われます。同市は、12〜18カ月の間、市民約100人に対して、毎月500ドルの現金を無条件で支給します。実験期間中、研究者によって、受給者の健康、育児、教育、ウェルビーイングの状況が調査され、このタイプの経済支援が受給者のクオリティ・オブ・ライフにどのような影響を与えるかが評価されることになります。非営利団体「Economic Security Project」の資金提供によって行われるこの助成は、ユニバーサル・ベーシックインカムの民間資金による実験という位置づけです(ユニバーサル・ベーシックインカム:すべての国民が、生活の基本的なニーズを満たすために、政府から定期的な給付金を受け取るべきだとする政策アイデア)。

ユニバーサル・ベーシック・インカムは新しいアイデアではない

サンフランシスコを拠点とするUniversal Income Projectの共同設立者Jim Pugh氏は、「おそらく、ユニバーサル・ベーシックインカムを最初に唱えた人物はアメリカ合衆国建国の父トマス・ペインだ。トマス・ペインは、米国の国民すべてに毎年いくらかの現金を配り、基本的なニーズ(人間にとって最低限の必要性)を確実に満たせるようにするべきだと訴えていた」と、話しています。

それ以来、ユニバーサル・ベーシックインカムの話題が定期的に持ち上がっては議論されてきました。最近で言えば市民権運動の時代です。「近年で盛り上がりを見せたのは1960〜70年代。実際、市民権運動の関心の中心でさえあった」とPugh氏。

マーティン・ルーサー・キング・ジュニアは、所得保障を通じて貧困を直接的に撲滅することは理にかなった考えだと訴えていた。

このアイデアは、政治的には対立する両陣営ともに支持されましたが(それは現在でも同じ)、その理由はそれぞれまったく異なるものでした(後ほど説明します)。

ユニバーサル・ベーシックインカムの仕組み

ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)の実現には、いくつかの方法があります。1つは、すべての国民に定期的に(たとえば毎月)現金を支給するという方法です。もう1つは、1960年代初頭にリバタリアンの経済学者ミルトン・フリードマン氏によって提案された、負の所得税です。負の所得税の仕組みはこうです。

まず、個人の貧困ラインを設定します(たとえば年間12000ドル:現在の貧困ラインに近い)。「無収入なら、貧困ラインに相当する額が支給される」とPugh氏。つまり12000ドルです。

収入があれば、その一部が税として徴収される。典型的な徴収額は収入1ドルにつき50セント。たとえば、(12000ドルのベーシックインカムに加えて)10000ドルの収入があれば、負の所得税として5000ドルが徴収されるが、残りの5000ドルは自分のものとなる。

負の所得税では、援助を必要としない裕福な人びとが現金給付を受けることはありません。また、自ら働いて収入を得た人には、相応の報酬が与えられ、働いた人たちは働かない人たちよりも常に多くの所得を手にする仕組みになっています。

この制度を実行すれば、「福祉の崖(welfare cliffs)」と呼ばれる、被援助者が直面する典型的なジレンマの問題を解決することができます。つまり、「働いて給付金をもらえなくなるのと、働かずにいて福祉が与えるささやかな生活保障を享受しつづけるのと、どちらがいいか?」というジレンマです。フィンランドでは現在、働いても給付金を毎月受け取ることができる2年間の実験行っています。

フィンランドのやり方は、無条件に一定額の現金を支給するというものだ。職に就いても給付金をもらい続けることができる。税として引かれてしまうことはない。フィンランドが望んでいるのは、この制度が失業中の人々が仕事に戻る動機づけになることだ。

ニクソン政権下の米国は、負の所得税の制定まであと少しというところまで行きました。法案は衆院を通過し、ニクソンの支持を受けましたが、上院を通過することはありませんでした。「その後は、こうした動きは止まってしまった」とPugh氏は話しています。

研究が教えてくれること

1960年代から70年代にかけて、米国で4度、カナダで1度、UBIの実験が行われています。研究者らは、健康、教育、就業などにおいて、UBIが受給者にどのような影響を与えるかを調査しました。

就業率では14%程度の減少が見られたが、その大部分は、夫婦のどちらか(当時ではたいてい女性)が、子どもの世話をする時間を増やすために家に残ることにしたか、家計を支えるために働いていた子どもが学校に戻ったというケースだった。つまり、長期的な視点で見れば社会にプラスの影響を及ぼすような変化が見られたということだ。

カナダで4年間に渡って行なわれた、最低所得を支給する実験「MINCOME」でも同じような結果が得られました。一部に就労時間の減少が見られましたが、就労時間を減らした人たちの大半は、家庭のおける二次、三次の稼ぎ手でそもそも就労時間の短かかった人たちか、学校に戻った子どもたちでした。

ジョージタウン大学のWiderquist准教授は、カナダの事例について「現金の支給が健康面にプラスの影響を与えた」と指摘しています。

低出生体重児が減少した。乳幼児死亡率も低下した。子どもたちは学校教育をより長期間受けられるようになった。恵まれない家庭に生まれた子どもたちにとってこれほどの希望はない。

また同氏は、低所得の家庭の子ども向けのアフタースクールプログラムといった断片的な介入では効果は限定的だと指摘します。Widerquist氏は率直にこう言います。

貧しくさえなければ、子どもたちはもっと良くなれる。

ほかにも、住宅の所有率が高まり、精神科救急の患者数も減りました。こうした結果はすべて、アメリカ人がそうあってほしいと望んでいるものばかりです。

では何が問題なのか?

1つは、多くのアメリカ人が、現状の社会福祉制度に満足していないことです。福祉受給権制度の見直し(entitlements reform)運動の盛り上がりを見ればわかります。また、人びとは「無条件の」現金支給という考え方に抵抗を持っています。受給者がそのお金を麻薬などバカげたことに使うのではないか(米国における4年間の実験では、バカげたことに使われたお金はわずかであったが)とか、働かなくなるのではないか(こちらも実験では反証された)と考えるのです。Widerquist氏は、こうした現金支給は「上半分(の高所得者)から下半分への再分配」だと言っています。

また、米国でUBIの財源を調達しようとすると、税制上の難問にぶち当たります。「UBIのコストは(貧困ラインに設定された場合)、GDPの約2.95%になる」とWiderquist氏。

ほかの社会サービスを切り詰めてコストの一部を捻出したとしても、残りのコストは既存の税制に上乗せせざるをえない。

UBIのコストが既存の税制でまかなわれるとしたら、一部の人が非常に高い税率を課されることになるでしょう。税率を上げずにコストをまかなうことは不可能です。

Widerquist氏は、UBIが長期的に全体コスト削減につながるかどうかを判断するには、全国的な実験を数年間は続ける必要があるだろうと言っています(幼児教育プログラムやワクチンプログラムなどのように)。研究により「子どもの貧困撲滅に1ドルを使えば、貧困対策全体の費用を少なくとも7ドル節約できることがわかっている」とMark. R. Rank博士が、New York Timesに語っています。Widerquist氏は「出費が増えたとしても、それは良いお金の使い方だと言える」と話しています。

税問題の厳しい現状について関心がある人は、経済学者のRichard Pereira氏が「Financing Basic Income: Addressing the Cost Objection」の中で行なっている提案をチェックしてください。

両陣営の支持者と批判者

所得保障というアイデアは、左と右どちらの陣営をも惹きつけています。保守派のNoah J. Gordon氏は米メディア「Atlantic」で、全国民への現金支給で、つぎはぎだらけの現在の社会福祉プログラムを置き換えるべきだと主張しています。

一方、リベラル派は、UBIは現在の社会福祉制度を補完するものだと考えています。社会福祉制度のなかには、医療扶助や障害者支援など、少しばかりの現金支給では置き換えられないものもあります(たとえば、重度の障害を持つ子どもは、年間12000ドル以上かかる治療を受ける必要がある)。Pugh氏は、膨大な治療費がかかる可能性があることを考えると、少なくとも医療関連のプログラムは手付かずで残されるべきだと訴えています。

とはいえ、右も左も1つの点では意見が一致します。現状のセーフティネットは非効率だという点です。保守派は、助成を受けるのが簡単すぎて、悪知恵の働く者に制度をうまく利用されていると考えています。リベラル派は、本当は助けが必要な人たちのうちかなりの割合が、適切な支援を受けられていないと考えています。

たとえば、親族を自宅で介護している人たちや、事業をはじめようとする人たちが(どちらもアメリカ人が推奨したいと考えている行動)、資格要件に適合しないという理由で、十分な福祉プログラムを受けられず、経済的な困窮に長期間苦しめられているケースがあります。UBIがあれば、こうした人たちも少しは楽になるはずです。

なぜ今、ベーシックインカムなのか?

昨今、UBIの導入議論が盛り上がっているのにはいくつかの理由があります。1つは、過去数十年でますます難しくなっている雇用の保障という問題です。オートメーションにより雇用が減り、ミズーリ州南西部のような「雇用砂漠」が出現するようになりました。

雇用の減少も見逃せない要素だ。かつては何十年も同じ企業で働き続けることができて、雇用の安定や年金を享受することができた。しかし現在では、雇用の安定や年金がない派遣労働者が増えている。

昨今では、IT業界の起業家たちがUBI運動を先導しています。おそらく彼らが、ロボットが人間の仕事を奪う未来を思い描いていたり、UBIが1789年スタイルの革命(フランス革命)を回避する最善策だと考えているからでしょう(国際サービス従業員労働組合)元トップで『Raising the Floor』の著者Andy Stern氏と同じように)。なにはともあれ、悪化するばかりの所得の不平等や、多くのアメリカ人がいまだに景気後退の後遺症に苦しんでいるという事実は、来るべき選挙における1つの焦点となることは間違いありません。UBIの支持者であるAndrew Yang氏は、2020年の大統領候補に名乗りを挙げており、18歳から64歳のすべての市民が政府から無条件で年間12000ドルの支給を受けとるべきだと訴えています。

興味深いことに、米国ではUBIに近いことがすでに行なわれています。Alaska’s Permanent Fund(アラスカ永久基金)と呼ばれるもので、すべてのアラスカ州民に毎年現金を支給する制度です。さらに興味深いのは、元アラスカ州知事のサラ・ペイリン氏が、ストックトンのUBI実験に意外にも肯定的なツイートを投稿したことです。ストックトン市長のMichael Tubbs氏は、拍手でそれに応えました。

Tubbs氏は、UBIは「ほどこし」ではなく「支援」であると考えていると言っています。いずれにせよ、何百万人ものアメリカ人が基本的なニーズを満たすことができていないという事実に対して、何かをしなければならないのは明らかです。米国の1310万の家庭は「食料不安」の状態です。子どもの6人に1人が飢えているのです。

こうした問題は、その地域に十分な雇用がないか、あっても生活するのに十分な給与が支払われていないことから起こります。Tubbs氏も、ストックトン市民のなかには、1日12時間働いても基本的なニーズを満たせない人もいる、と指摘しています。2017年のPew Researchレポートによれば、非常に貧しい人びとが、さらに貧しくなっているそうです。

深刻な貧困に陥っている米国の貧困層(国勢調査局が定めた貧困人口の半分より下の収入の家庭や個人)の割合は、過去20年間における最高値を示している。

大勢の国民を賄うことができない経済という問題に対して、創造的で革新的な解決策がこれからの10年で出てくると思われます。それまでは、ストックトン市の動向を見守ることとしましょう。


Image:Chelsea Beck (GMG)

Leigh Anderson - Lifehacker US[原文