321個のソバカス、5,000本の髪の毛、すべて手作業だからこそ生まれた独自の世界とリアリティ。
ウェス・アンダーソン監督による「絵本のような」ストップ・モーション・アニメーション映画『犬ヶ島』。今回ギズモードは、日本公開を記念して来日していた、本作のパペット・スーパーバイザーを務めるアンディ・ジェントさんにインタビューしてきました。
奇才ウェス・アンダーソン監督の世界観を学ぶことから始まる作品作り
──映画、心から楽しませてもらいました。今回のウェス・アンダーソン監督作『犬ヶ島』はアニメーション付けを1分間に24フレームで作る「on ones」という手法ではなく、12フレームで作る「on twos」にしていると伺っています。あえてぎこちなさを出していることで、まるで「人形劇」を見ているような感覚でした。
アンディ・ジェント(以下、ジェント):ええ、ほかのストップ・モーション・アニメーションとは違って見えたと思います。このジャンルは表現方法がさまざまなのです。最近でいうと『クボ 二本の弦の秘密』が同じストップ・モーション・アニメーションのスタイルをとっていますが、あれは『犬ヶ島』とは方向性が全く違います。
ウェス・アンダーソン監督は独自の世界観を作りたがっていました。彼と仕事を始めた時、私たちスタッフはCGのようにスムースな動きを再現しようとしました。しかし、監督が「いやいや、そういうのは必要ない。僕がやりたいのはそんなんじゃないんだ」と言ったのです。そのため私たちは監督が求めているもの、表現したいものを理解するところから始める必要がありました。理解できて初めて、「その方向性でどこまでのものを作れるか」に移れました。
複雑な工程を踏んでのフェイシャル作り
──本日はフェイシャル(顔のパーツ)を持ってきていると伺いました。
ジェント:これはまぶたです。瞬きを再現するために6つの瞼パーツを使います。上から6つ使って閉じたら、今度は下から順に取り替えて開かせます。
顔は半透明のレジンで作られています。通常、パペット用のレジンは単色のものを使いますが、『犬ヶ島』では皮膚に立体感をもたせたくて半透明を採用しました。光にあてると透けて見えるのがわかりますよ。
キャラクターの眉毛はすべて手作業で貼り付けています。作業している内に剥がれることがあるので、逐一他のフェイシャルと同じになるように修正します。アタリの顔にはアザがありますが、これはすべて手付けで色付けされています。このペイントは、キャラクターにつきひとりのアーティストが担当しています。というのも、複数の人がペイントすると統一感がなくなってしまうのです。ペイントが終わるとアニメーションをつけて、すべての顔に寸分の狂いもないかを確認します。こういった作業を経てからパペットはアニメーターの手に渡ります。
──完全に同じ顔を作るというのは大変そうです。
ジェント:そうですね、まずは粘土で顔を作るところから始まります。監督からOKがでれば、それを元に型を作成し、キャスト(合成樹脂などを型に流し込んで鋳物などを作ること)を流し込んでハードコピーを作ります。これですべての顔が等しいか確認できたら、今度は別のマテリアルで半透明のものを作ります。その後、ひとつひとつの顔にアザをペイントして、コンピューターですべて同じか確認します。それから眉毛の貼り付け作業。ひとつの顔を作るのに約15日かかりますね。数千という顔が必要だったので、数百人がパペット作りに参加しました。
──口が取り外し式になっているのですね。
ジェント:喋りを再現するための口元は磁石式です。アタリは48個、キャラクターによっては50個の顔があって、口は言語の種類に関わらず基本の母音と子音を含む50パターンを用意しました。喋っている言葉を発音に合わせながらプラグを取り替えます。最後にデジタル処理で口と顔の線を消しました。
ただ、34カ月かけてアタリを作り、撮影も残すところ後2日というところになって監督が「ここの口元を少しだけクイっと上げよう」と言ったんです。そのシーンのために、特別な口元が用意されることになりました。
シーンに合わせて5つのスケールを用意
──すべての動きをこのスケールのパペットで行なうのでしょうか。
ジェント:パペットは全部で5つの異なるスケールを用意しました。いま見せている基本サイズ、そしてそれを半分にしたサイズのもの。これらのサイズでは、顔と口元のパーツをすべて揃えました。
その他、激しいアクションを取らせる極小サイズや巨大な口元のシーン用といったものがあります。基本的にどのシーンにどのスケールのパペットを使用するかは、シーンを共にする犬たちの頭のサイズによって変わります。小さいパペットなんかはアーマチュアの動きに制限があったりしますが、セットのことを考えると作る意味があるのです。たとえばヘリコプターが登場するシーンで基本サイズのパペットを使うと、必然的にヘリコプターのサイズがとても大きくなりますね。それを俯瞰で撮ったりなんかしたらセット全体がとんでもない規模になってしまうのです。
こういったショットに対応するために大小さまざまなスケールを用意ます。先ほども触れましたが、パペットの作業担当はひとりです。スカルプティングもペインティングも衣装もそれぞれひとりのアーティストが責任を持って担当します。なので健康管理を徹底してもらいました。なにせ誰かが代われる作業ではありませんから。
それとパペット部署に欠かせないポジションでマテリアルの管理をする人がいました。パーツが多く、それらがいろんなワークショップを行き来するので、何がどこにあるのかを把握する人物です。
──ペイントと言えば、トレイシーの顔には321個のソバカスがあるそうですが、ペインターの方から「少し減らそう」といった意見はでなかったのでしょうか?
ジェント:最初、トレイシーは「顔にソバカスがある」程度しか知らされていなかったのです。なので後に表情を増やすことも考えて少しだけソバカスを描いたものを用意しました。しかし「もっと増やそう」「もう少し加えてみよう」と言われ、最終的に「これいいんじゃない、何個あるの?」となった時には、321個にまで膨れ上がっていました。顔は50個でパペットは3体ですからすごい作業量でしたね。
トレイシーのソバカスはアンジェラ・キーリィという女性が担当しましたが、それはそれは大変だったと思います。321個のソバカスの位置がすべて同じか鏡を使って丁寧に確認していましたよ。当然ですが、トレイシーにもアタリと同じく表情のセットがあり、作るのには3週間を要しました。こんなことをしていたので制作に3年要したワケも理解してもらえるでしょう。
しかし、こうしてパペットの準備を完璧にしておいたおかげで、アニメーション付けは比較的順調に進みました。あくまで"比較的"であって1日に進んだのは2〜3秒なのですが。
──作業量の多さといえば、アタリの髪の毛は埋め込みで2日かかったと伺いました。あれはアジア人特有のハリとコシのある髪質を再現するための手間ですか。
ジェント:厳密には2日半かかってます。5,000本の髪の毛を1本1本手作業で埋め込みました。キャラクターは短髪なので真実味を持たせるための最善策として埋め込むことを選択しました。犬の毛にしてもアタリの毛にしても、パペットを「嘘っぽくしない」ための努力は惜しみませんでした。
個性豊かな犬をリアルに
──本作には犬が沢山登場しますが、1番苦労した犬はどの子でしょうか。
ジェント:この場には連れてきていませんが、ナツメグ(声:スカーレット・ヨハンソン)には多くの時間を費やしました。
ゴミの山の中でも美しく気高く、セクシーで洗練されていて映画スターのようでなければいけなかったので。それをこの大きさで表現するのは至難の技ですよ。彼女は作るのには35週間かかりました。
オラクル(パグ/声:ティルダ・スウィントン)も大変な部類に入ります。パグは小さいですからね。表情をとらせるのも一苦労でした。
──最も思い入れのある犬はいますか。
ジェント:チーフです。この子を1番最初に作りました。犬のパペットはこの子をベースにして展開させているといっても過言ではありません。
──犬種によって歩き方が違いますが、それを再現するためにアーマチュア(人形に内蔵されている金属関節)に特別な工夫はしましたか。
ジェント:いや、アーマチュアの型は基本的にひとつで、犬がとるすべての動きを再現できるように自由度を高くしました。それだけでなく、アニメーターの表現幅を広げるために、デフォルメした動きにも対応させています。たとえば、通常の犬であればできないような足の曲げ方といったものも取らせることができるようにはなっているのです。
強いこだわりと知恵と工夫が詰まったセット
──それにしても惚れ惚れするほど美しいセットですね。
ジェント:ありがとう! そういってもらえると本当に嬉しいです。なにせ作っていると見慣れてしまうし、作業に没頭してしていると自分たちがどれくらい凄いことをしているのかをすっかり忘れてしまうのです。人に褒められると「ああ、僕らがやっていることは素晴らしいんだ」と思い出させてくれます。
──ところで、この酒ビンは1本1本作ったのですか?
ジェント:そうです。1本1本作ってから接着し、それをベースに型を作ってキャストを流し込みました。出来上がったものを接着したあと、さらにリアルに見えるように個々の瓶をさらに加えて不思議な空間を作っています。ちなみに床は瓶の蓋なんですよ。
──セットといえば、最大のセットは9m、最小はiPhoneよりも小さいと伺いましたが具体的にどのシーンで使われたセットなのでしょうか。
ジェント:大きいものは、たしかに9mありました。すごく大きかった。最小のは、覚えている限り、ネームタグのクローズアップシーンのはずです。iPhoneよりも小さいケージを作りました。
──ああ、あのシーン‼︎ てっきり極小セットの中にパペットを入れてピンセットでアニメーションをつけたのかと…。
ジェント:ストップ・モーション・アニメーションの現場に入って中を見てみないとそう考えてしまうのです。しかし、小さいセットに小さい人形でチマチマ、なんてことはしていません。こういった「そんな風に作ってたんだ!」っていう意外性がストップモーション・アニメーションの面白いところですね。たとえば川のシーンはローラーでサランラップを動かして再現しましたが、あれは本当に大きなセットでした。
こういった撮影ですが、最も多い時で1度に50のセットが用意され、撮影は25班に分かれて行なわれました。あ、近くに寄ってセットの下を覗いてみてください。
ネジが見えるでしょう。こうやってひとつひとつのパペットを固定しているのです。すべてのアーマチュアは膝から上を支える強度が必要です。モーションをつけ終わったら下の固定を外し、また別の足を固定して次のモーションに入ります。人間のパペットでも動かしては撮影、動かしては撮影で時間がかかるのに、犬が絡むとより手間と時間がかかります。5匹一緒だとーー、想像して貰えばわかる通り、1日に撮影できるコマは圧倒的に少なくなります。
パペットの外見もアーマチュアの強度もアニメーターの技術力も、すべてにおいて上級を求められます。犬と一言でいっても、本作には強い犬、弱い犬、傷ついた犬と性格も身体的特徴もさまざまなので高い表現力が必要なのです。
「私たちはみんな日本が大好きで、大げさでもなんでもなく、今回はみんなが死ぬほど来たがっていました。僕もここに来れたことが本当に嬉しいです」と日本愛を語ってくれたアンディ・ジェント氏。
ストップモーション・アニメーション映画の舞台裏映像はタイムラプスでまとめられていることが多々あります。その作業量の多さには毎回驚かされるばかりですが、今回はセットの下のネジを見てから再びパペットを見る一連の動作をしてみたとき、アニメーターの熱意と忍耐、そして腰痛まで感じ取ったような気がしました。
ウェス・アンダーソン監督が「黒澤明と宮崎駿のふたりの監督から強いインスピレーションを受けて作った」という日本愛ほとばしるストップモーション・アニメーション映画『犬ヶ島』は20世紀フォックス配給で5月25日(金曜日)より絶賛公開中。
Photo: ギズモード・ジャパン
Image: © 2018 Twentieth Century Fox. All rights reserved.
Source: 映画『犬ヶ島』公式サイト, Instagram
(中川真知子)