私たちは、「AIの進化により、なくなる仕事、消える職業が増えるらしい」「クルマが自動運転になる時代が目の前」など、わかったつもりで言葉にしていますが、その仕組みやリスクなどをきちんと理解していないのが現状です。

では、最新のテクノロジーやサイエンスを誰に聞けば、わかりやすく教えてくれるのか?

調べてみると「科学コミュニケーター」という職業があるとのこと。早速、日本科学未来館の科学コミュニケーター、雨宮 崇(あめみや たかし)さんにどのような仕事をしているのか話を聞いてみました。

すると、科学コミュニケーターの仕事が、テクノロジーやサイエンスをわかりやすく伝える通訳者ではなく、私たちと研究者を結び、よりよい生活を実現するために橋渡しをしてくれる「仲介者」として、多岐にわたる仕事をしていることがわかりました。

多様な可能性が広がる、 科学コミュニケーターという仕事

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雨宮 崇:科学コミュニケーター。京都大学工学部卒業、同大学院修了(工学修士)。その後、株式会社ベネッセコーポレーションに入社。当時、新規事業であったタブレット教材の開発に従事。理科教材アプリの企画開発や、映像授業講師を担当。現在は日本科学未来館で、ものづくりに関するワークショップの開発・普及展開や、東日本大震災後のリスクコミュニケーションなどに取り組んでいる。
Photo: 香川博人 

—— 科学コミュニケーターは、どのような職業なのか、誕生した背景を含めて教えてください。

雨宮さん:私たち科学コミュニケーターは、大きく分けて3つの仕事をしています。

1. 市民と研究者をつなげ、多様な声や論点を整理して、研究に役立てる

展示などを通じて、来館者に最新のテクノロジーやサイエンスを説明。さらに、来館者との対話から得られること、皆さんが考えていることなどを研究者にフィードバックして、今後の研究に生かしてもらう、橋渡し役としての活動も。

2. 展示やワークショップを企画・運営。最新技術などを体感してもらう

新しい技術などをより身近に体感しながら考えてもらうための展示・ワークショップのプログラムを開発。独自企画や企業とのコラボ企画などを定期的に開催する活動。

3. 最新の情報をメディアやイベント等を通じて発信

メディアからの取材や執筆、イベントでのファシリテーター、ニコニコ生放送などのオンライン番組など、さまざまな場面で情報を対外的に発信する活動。

雨宮さん:十数年ほど前までは、テクノロジーやサイエンスをわかりやすく伝えるインタープリター=通訳者としての役割が主でした。しかし、「コミュニケーションが大事だよね」ということで、伝えるだけじゃなくて、ステークホルダーを広げてハブとして機能するように、科学コミュニケーターという職業ができました。

展示やワークショップを通じて一般の声を吸い上げ、論点を整理して、プロジェクトチームの研究に役立ててもらったり、先端の科学技術について何を望み、何を望まないか、一般の方々の意見を集約・発信する「オピニオンバンク」では、得られた意見を研究者や社会の仕組みづくりに携わる人たちにフィードバックする役割も担っています。

日本科学未来館の科学コミュニケーターは、研究者と一般の人たちの間に立ち、お互いの声に耳を傾け、本質を見抜き、次のステップへ推し進めていくというスキルが求められます。このスキルは、いろいろな職業で求められはじめていると思います。

日本科学未来館を退職した科学コミュニケーターは、研究所の広報担当者、教育者、編集者、科学館のプロデューサーなど、さまざまなフィールドで活躍しています。「科学コミュニケーター」という肩書で仕事をする場合もありますし、科学コミュニケーターの肩書はなくても、そのスキルとマインドを各々の職務に活かし、活躍しています。

科学コミュニケーターは、多様な可能性を持つ職業で、私たちは今その活躍の場を広げていくパイオニアだと思っています。

市民と産学官が集う場づくりを通して、技術と社会の新しい関係を考えていきたい

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次代を担う子どもたちが、科学にふれて考える場を提供するのも、科学コミュニケーターの仕事の1つ。
Photo: 日本科学未来館

—— 現在、取り組んでいるお仕事を具体的に教えてください。

雨宮さん:「超人スポーツ」があります。これは人間の身体能力を拡張する人間拡張工学に基づき、最新のテクノロジーを装備して競い合う「人機一体」の新たなスポーツを創造するプロジェクトです。

超人スポーツのわかりやすい事例としては、「HADO(波動)」があります。頭にヘッドマウントディスプレイ、腕にアームセンサーを装着。AR技術とモーションセンシング技術により、人気アニメの必殺技「かめはめ波」のようなエナジーボールとバリアを駆使してバトルするスポーツです。

私の役割は、研究者として超人スポーツを創ることではなく、研究者と一般の方々を一同にしたイベントを企画やファシリテーションすることで、研究の熱い思いを伝え、一般の方々から意見を引き出し、多様な考えを研究に生かしてもらう場づくりをすることです。

—— 波動は、触感としても楽しめるんですか?

雨宮さん:現在はできません。でも、確かに触感があったらいいですよね。今のような意見を踏まえ、体に着けたアクチュエーターで触感を再生する研究と組み合わせれば、さらにおもしろくなる、という話を研究者に伝えるのが私たちの役目です。

また、BMWジャパンとのコラボになりますが、自動運転技術を子どもたちに教えながら、体感してもらうワークショップ「自動運転で動く車のしくみ」も定期的に開催しています。

これは、子ども用に開発されたプログラミングソフトで「カーブを曲がる」「信号を見る」「駐車する」「障害物を避ける」などの動作をプログラムして、各種のセンサーやモーターが搭載されたロボットカーにインストール。スタートしてから駐車場まで、安全に自動運転することができれば成功となります。

でも実際は、最初からうまくいくことは少なく、子どもたちは何がいけなかったのか、試行錯誤を繰り返してようやくできるようになります。

自動運転の技術開発は盛んに行われていますが、実用化するにはまだ年月が必要です。最も利用するようになるのが、今の子どもたちなので、自動運転で動く仕組みやメリット、また将来どんなトラブルが起こるのか、もし事故が起きたときは誰に責任があるのかなど、子どもたちと付き添いの大人も交えてディスカッションできる場になればと思っています。

私たちの生活は、テクノロジーやサイエンスによって便利に、豊かに変容してきました。しかし、科学技術が世の中をどのように変えていくのか、そのときに私たちは何を考えておかなければいけないのか、イベントやワークショップが、そのことを考えるきっかけに、社会の意思決定につながるように今後もしていきたいですね。

コミュニケーションが、科学の進化や生活の豊かさの一端を握っている

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雨宮さんが手にしているのは、クルマの自動運転の仕組みを学ぶワークショップで使われる、各種のセンサーが組み込まれたロボットカー。
Photo: 香川博人

—— 時間を遡りますが、雨宮さんが科学コミュニケーターになったきっかけは?

雨宮さん:大学生のころに、教師になる夢と、科学に携わる夢がありました。就職したのは、ベネッセコーポレーション。ちょうど、教育と科学の中間にあるような、デジタル教材の理科の編集者をしていました。ただ、学習指導要領に基づいた内容を伝えていた一方で、いつしか、最新の科学の動向についてもっと知りたい、という知識欲が大きくなっていたんです。

また、東日本大震災後の原発事故もきっかけの1つです。当時、理系の道を歩んでいながら、どのようにして事故が起きたのか、科学技術の功罪の罪の部分がどのように影響をおよぼしているか、自分の言葉で語ることができませんでした。

そのようなきっかけがあり、日本科学未来館の科学コミュニケーターに応募。採用後に、東日本大震災とその後の出来事を科学的に伝えるプロジェクトに参加して、さまざまな意見や論点を集めて整理しながら、情報発信。その後もいくつかのプロジェクトに携わり現在にいたります。

—— 科学コミュニケーターになるための資格や条件はありますか?

雨宮さん:文系理系に関係なく、大学の修士課程以上を出ていること。英語論文を読み込まなくてはいけないので、英語が堪能であることは必須ですが、ほかに特別な資格はありません。

現在、日本科学未来館には50名ほどの科学コミュニケーターがおりますが、5年の任期の中で科学コミュニケーションスキルを習得し、そのスキルを活かして新たなフィールドで活躍することが求められています。

—— 次の仕事など、ライフプランはどのように?

雨宮さん:パラレルキャリアとして科学コミュニケーションに携わっていくつもりです。日本科学未来館の科学コミュニケーターとして学んだスキルを活かしながら、科学コンテンツの作成などいくつかの仕事を持ちながらやっていければと考えています。

—— 科学コミュニケーターのニーズや将来性は?

雨宮さん:今後、ニーズは高まると思っています。職業として確立されているわけではありませんが、科学を進歩させるためには、多くの声に耳を傾け、何が必要なのかを見極めることが大切です。その意味で、科学コミュニケーションのスキルは、科学に携わる人だけでなく、マーケティングやコンサルタント、マネージメントの仕事でも役立つのではないかと思います。

—— 科学コミュニケーターとして、大事にしていることは?

雨宮さん:ファクト・ファーストであること。エビデンスで間違ったことを言わないこと。これは大前提です。その上で、多様な意見を受け入れることです。

自分の意見を押しつけるのではなく、相手の意見を丁寧に聞いて、それを言語化。どんな話であっても、その裏に何があるのだろうかと、何者にも偏らないスタンスで忍耐強く考えていくことですね。

—— 最後に、科学コミュニケーターとして読者に伝えたいことは?

雨宮さん:身のまわりのものを見渡すと、エンジニアや科学者がこれまで積み上げてきたものによって私たちの生活が成り立っています。そのことを実感してもらうのが私たちの仕事であり、日本科学未来館のミッションの1つです。

しかし、科学は研究者だけのものではなく、私たちひとりひとりが生活をよりよくするための手段です。その手段としての科学を感じてもらうためのコンテンツをつくったりワークショップを開いています。ぜひ体感して、科学の進化と生活を豊かにするために、何が必要なのか、多くの意見を寄せていただきたいと思います。


雨宮さんは、「活躍の分野を広げていくパイオニア」と話していましたが、どんな職業でも仕事の領域は変化し、1つの職業が2つに分離して専門化することもあります。その意味で、科学コミュニケーターは、多くの可能性を秘めた職業といえそうです。皆さんも、科学を身近に、生活や社会の一部として考えてはいかがですか。

現在、日本科学未来館では、科学コミュニケーターを募集(2018年6月19日締切)しています。興味のある方は、「日本科学未来館 科学コミュニケーター募集概要」をご確認ください。


Photo: 日本科学未来館 , 香川博人

Source: 日本科学未来館