古代の儀式と太陽光発電を融合させた「アート作品」が、砂漠の町のエネルギー事情を変えた

英国の美術界を牽引するアーティスト、ハルーン・ミルザの新たな作品がテキサス州の砂漠に登場した。古代の儀式と最新のテクノロジーを融合させたもので、ストーンサークルを模した巨石にソーラーパネルやLEDライト、スピーカーが設置されている。満月のたびに光と音のショーを開催するだけでなく、地域のエネルギー調達で思わぬ効果を上げたという。
古代の儀式と太陽光発電を融合させた「アート作品」が、砂漠の町のエネルギー事情を変えた

テキサス州マーファ郊外にある荒れ果てた牧場の一角で、ひとりの男が思い描いたミステリアスなヴィジョンが、6カ月を経てかたちになろうとしていた。

最初に、メキシコ北部で切り出された9つの巨大な黒い大理石がトラックで運ばれ、クレーンでサークル状に配置された。石器時代から青銅器時代にかけての遺跡をイメージした配置で、英国でよく見られるものだ。

次に、9つの巨石のうちのひとつが「マザー・ストーン(核となる石)」とされ、最新式のソーラーパネルが設置された。残り8つの石にも細工が施され、LEDライトやスピーカーが取りつけられた。

まもなく、月の満ちる夜がやってくる。それは、あらゆるものが命を宿すという言い伝えのある、満月の夜だ──。

古代の儀式と最新のテクノロジーを融合させた芸術

男の名はハルーン・ミルザ[日本語版記事]という。40歳になるロンドン出身のアーティストだ。9つの石の配置は英国のダービーシャーで4,000年前につくられた「ナイン・レイディース(Nine Ladies)」と呼ばれるストーンサークルからインスピレーションを得たという。現地の言い伝えでは、安息日に踊っていた9人の女性が石に変えられたとされている。

ミルザのプロジェクトはシンプルに「ストーンサークル」と名づけられている。それは時の流れのなかで取り残され、凍りついてしまったように見える。宇宙と儀式との関連という長く忘れ去られていた概念と、空とつながり、結びつくための最新技術とが共存する作品だ。

「このプロジェクトはいわば、新しい新石器時代です」とミルザは話す。「コンセプトは5万年以上も前のものですが、使われている技術はとても現代的です。このマーファという地域においては未来的だとすら言えるでしょう。このプロジェクトが始動してから地域の人々は太陽エネルギーに関心をもつようになりました」

再生可能エネルギー企業とのコラボレーション

プロジェクトの初期には、芸術関連のNPO団体「ボールルーム・マーファ」が、再生可能エネルギー企業フリーダム・ソーラーと提携し、「マザー・ストーン」にソーラーパネルを設置した。

フリーダム・ソーラーはまず、設置費用の半額を寄付したのち、ソーラーパネルを導入した人々には代金の割引も行った。このプロジェクトに賛同した支援者は、自宅にソーラーパネルを設置し、近所の人々と太陽エネルギーについて語り合うようになった。

設置費用はすでにほぼ全額が回収されており、マーファの周辺ではソーラーパネルによる発電が30倍にもなった。ボールルーム・マーファのディレクター、ローラ・コープリンは「いつの間にか、資金集めが太陽エネルギー活用キャンペーンに発展しました」と話す。「テキサス州西部で太陽エネルギーを使った発電が急増したのは、予想外の結末でしたね」

2,000年後の人々は現代の「最先端」に何を思うだろう

テキサス州西部は、原油の産出で有名な地域だ。ミルザのストーンサークルはそんな地域で予想外のムーヴメントを巻き起こしたのかもしれない。だがプロジェクトの根底には、古代の技術に魅了されたミルザの思いがある。

ミルザは、パキスタン移民の子どもとしてロンドンで生まれ育った。大人になるとストーンサークルに魅了され、妻になった女性とともに遺跡を巡った。「ストーンヘンジ」[日本語版記事]のような遺跡をつくった人々について、「彼らが天体を参考にしていたのは間違いありません」と話す。「けれども儀式と関連していたのか、科学実験だったのか、それとも別の理由があったのか、理由ははっきりしていません」

ミルザは2018年、欧州原子核研究機構(CERN)の「アーティスト・イン・レジデンス[編註:アーティストを一定期間招へいし、支援するプロジェクト]」に選ばれた。CERNはスイスを拠点とする研究所で、「大型ハドロン衝突型加速器」を運用している。

作品に現代技術を応用するようになったのはこのころからで、古代のストーンサークルがつくられた理由や建築方法の謎に強い興味を抱いた。「同時に、2,000年後の人々が現代の最先端とされる建造物を目にしたとき、同じように頭を悩ませるのだろうか」とも考えるようになった。

アーティストのハルーン・ミルザ。テキサス州マーファに古代遺跡「ストーンサークル」を模したプロジェクトを実現した。PHOTOGRAPH BY JENNIFER BOOMER

「わたしたちはストーンサークルを見ると、そこに存在していた文明の技術を想像します」とコープリンは話す。「ミルザは、CERNをはじめとする現代の巨大建造物でも、同じことが起きると考えています。彼はそうした感覚や過去と未来の邂逅と、現在とは異なる技術が存在していた過去やまだ見ぬ未来、ある特定の場所を示すさまざまな神秘的な方法に関心を寄せているのです」

砂漠のなかに観光客を呼び込む新たな名所に

ミルザがつくったストーンサークルは近い将来、テキサス州西部の新たな観光名所となり、アートファンや砂漠を旅する人々、ネヴァダ州の砂漠で毎年開催される大規模なアートイヴェント「バーニングマン」[日本語版記事]によって、先史時代的な儀式に興味をもつようになった人々を呼び込むことになるだろう。

テキサス州西部にはすでに、さまざまな観光名所がある。例えば、マーファの元米軍基地にミニマルアートの彫刻家ドナルド・ジャッドの作品をちりばめた現代美術館「チナティ・ファンデーション」や天文学研究施設「マクドナルド天文台[日本語版記事]」、デイヴィス山脈の人里離れた場所に佇むプラダのブティックを模した「プラダ・マーファ」などだ。

プラダ・マーファは野外の広範囲に点在する半恒久的な作品群のひとつで、こちらもボールルーム・マーファが運営している(ただし、ミルザの作品は、この地方で唯一のストーンサークルというわけではない。オデッサには、ストーンヘンジのレプリカがある)。

満月のたび、ストーンサークルは巨大な楽器になる

ミルザのストーンサークルは少なくとも5年間、この場所に保存される予定だ。ボールルーム・マーファの営業時間内であれば、いつでも自由に見学できる。

満月の夜には、日没直後から「アクティヴェーション」というイヴェントが開催される。空が暗くなると、ストーンサークルが巨大な楽器となり、1カ月間蓄えた太陽エネルギーを使って40分間の曲を奏でるのだ。ミルザはすでに最初の数回分を作曲しており、将来的にはほかの作曲家と「ソーラー・シンフォニー」をつくりたいと考えている。

当初は、4月下旬に最初のアクティヴェーションを行う予定だったが、ひょうを伴う嵐で中止となった。テキサス州西部はそれほど過酷な環境なのだ。

そこで悪天候にも耐えられるよう対策を行い、6月27日に改めて音と光のショーを開催することになった。その後は2023年まで満月の夜にイヴェントが開催される予定だ。

ミルザは活気のあるイヴェントにしたいと望んでいる。だが、おそらく典型的なエレクトロニックミュージックの野外イヴェントとはかけ離れた雰囲気になるだろう。ストーンサークルは石ごとに3種類の音しか奏でられず、異質で耳障りな音に聞こえるなど、楽器として使うにはいささか無理があるからだ。エレクトロニック音楽デュオのダフト・パンクというよりは、映画『未知との遭遇』に近い音楽になるだろう。

「パーティー風の曲にはならないでしょう」とミルザは話す。「人々は集まると思いますし、そう希望しますが、どのような文化が形成されるかは正直わかりません。人々がレイヴを目当てにやって来るとは期待していません。もう少し瞑想に近いものになるかもしれないと考えています」


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TEXT BY MICHAEL AGRESTA

TRANSLATION BY KAORI YONEI/GALILEO