南太平洋のマグロが切り身になるまで追跡可能に? ブロックチェーンを使えば物流がもっと「スマート」になる

フィジーの海でとれたマグロが船で運ばれ、ニューヨークで切り身にされて寿司になるまで追跡する──。このような物流プロセスのトラッキングに、ブロックチェーン技術を用いる動きが加速している。途中経過を可視化してコストを下げることが可能になるというが、実用化に向けたさまざまな課題を乗り越え、物流に革新を起こす日は訪れるのか。
南太平洋のマグロが切り身になるまで追跡可能に? ブロックチェーンを使えば物流がもっと「スマート」になる
PHOTO: RICHARD HERRMANN/GETTY IMAGES

目の前にキハダマグロの切り身がある。この魚について知りたいことは、すべて知っている。魚が採れたフィジーの海や、氷漬けになって移動する様子、そして手巻き寿司の具になって目の前に現れるまでに正確にどのような旅路をたどったのかを教えてくれる動画を、肉厚な赤身を口に放り込む5分前に見たからだ。

そのプロセスは、すべてEthereum(イーサリアム)のブロックチェーンが追跡している。積み降ろしが行われた港から処理施設、ブルックリンへの輸送トラックまで、魚の旅の停留地はすべてリスト化されていた。

Viantというスタートアップが企画したこのデモは、分散型台帳技術の利用法でも、特に大きな可能性を秘めたものを紹介することが目的だった。IBMやウォルマートといった大企業だけでなく、おびただしい数のスタートアップが、ブロックチェーンは物流の世界を完全に変えると信じている。

根強い懐疑論の一方で

ブロックチェーンは「データの固まり(ブロック)の連鎖(チェーン)」で、基本的には誰でも閲覧可能であるが、改ざんは難しい。別の言葉を使えば、商人たちが何千年にもわたって拠り所としてきた帳簿をデジタル化して、より安全にしたものだ。

まだ開発は始まったばかりで、ブロックチェーンの世界は悪徳商法や詐欺だらけだし、懐疑論も根強い。支持者たちがブロックチェーンを適用している「問題」も、ベーコンと連動した仮想通貨やメッセージングアプリにおけるいじめの撲滅など、なんだか首をかしげたくなるようなものが多い。「Long Island Iced Tea」というアイスティーをつくっている会社が社名を「Long Blockchain Corporation」に変えたら、勘違いした投資家のおかげで株価が6倍に跳ね上がったという、冗談のようなニュースさえあった。

一方で、サプライチェーンはこの技術の適用事例として理に適っているようで、ものの移動を地球規模で追跡することが可能になる。だが見込みはあっても実際の運用が大仕事で、実用化には何十年とまではいかなくても、何年もかかるだろう。

例えば、ニューヨークで5月に行われた「Ethereal Summit」でViantが行なったデモでは、手元の携帯電話はメールで破裂しそうになった。UPSが宅配便の正確な位置を刻々とアップデートしてきたのだ。少なくとも初めのうちは、最新テクノロジーがシステムをどう改良していくのか理解するのは難しい。

アナログで非合理的なシステム

Viantの共同創業者キショア・アトレヤは、既存の物流システムの問題点を指摘する。UPSのような宅配業者が提供するトラッキングシステムでわかるのは、彼らにとって重要なデータだけだというのだ。

「いまの宅配便の例で言えば、どれだけたくさんメールが送られて来ても、顧客が知らされるのは荷物の現在位置とその履歴だけです。中の商品の原材料や供給元、処理方法といった情報はわかりません」と、アトレヤは話す。

いま着ているセーターや飲んでいるコーヒーが本当はどこから来たのか知るのは、不可能とまでは言わないにしても困難だ。例えば、インドからオランダまでアヴォカドを輸送するのには、何十人もの人や業者が絡んでいる。

まず農家から港まで運ばれ、コンテナに収納して船積みし、税関の職員が必要な書類に署名する。輸送の途中でアヴォガドが傷まないように、誰かが注意を払っている必要もある。そして、こうしたやり取りのほとんどはいまだにアナログで行われている。

ベルギーに拠点を置き、ブロックチェーンを使った物流システムを開発するT-miningの最高財務責任者(CFO)クリスティアーン・スライエスは、「関係者が多すぎます。1つのコンテナの輸送に、最大で30近い企業や人がかかわってきます。そして全員が、相手からの連絡をただ待っているのです」と言う。

「スマートコントラクト」の威力

物流業界ではたいていの場合、原産地証明書、請求書、保険証書、船荷証券などの必要書類はまだ紙ベースだと、スライエスは指摘する。IBMによれば、こうした書類業務は輸送コスト全体の5分の1を占める。スライエスは「こうした情報はデジタル化できるのですから、いまのやり方は少し馬鹿げていますよね」と話す。

ここにブロックチェーンが登場する。必要書類をデジタルで作成すると同時に、関係者全員が貨物の現在位置を把握できるようにするのだ。システムはアプリで操作できるようにして、QRコードやカメラ、必要な情報を埋め込んだRFタグ、ネットに接続したセンサーなどほかの技術を組み込める。

ブロックチェーンの魅力のひとつに、契約をプログラム化する「スマートコントラクト」と呼ばれる仕組みがある。特定の条件を満たしたとき、何かを自動で実行することができるのだ。

例えば、アヴォカドがアムステルダムの港に着いたら、自動的にインドの送り主への支払いが行われる。スマートコントラクトは重要書類の処理にも使える。電子メールに添付してPDFファイルを送るより安全で、簡単には書き換えることができないからだ。

誰かが嘘をついたら?

将来的には、サプライチェーン内の誰もが同一のデジタルシステムを使っていることが理想だ。ブロックチェーン技術は、RFタグやネットを利用したセンサーシステムといったほかのツールとともに、輸送状況をリアルタイムで追跡するのに活用できる。

例えば、バナナが傷むことを防ぐためにコンテナ内部の温度を監視するセンサーを考えてみよう。温度管理のデータはブロックチェーンに記載されて誰もが確認でき、改ざんは不可能だ。バナナが腐り始めるようなことがあれば、それがいつ、またなぜ起きたのかも特定できる。

しかし、もし誰かがこうしたデータをごまかそうとしたらどうなるだろう。ブロックチェーンは分散型の合意システムで、誰かひとりが牛耳っているわけではない。システムを開発した企業ですら、全体をコントロールすることはできない。データを改ざんしようとすれば必ずわかるし、下手をすればシステムが機能停止に陥る可能性もある。

繰り返しになるが、「分散」という仕組みが効果を生んでいるのだ。スライエスは、少し前に仕事をした企業の例を出して説明する。

その企業は以前、あるソフトウェアメーカーの開発したプラットフォームを使っていたが、そのメーカーが競合に買収されたため、データをすべて失ったという。ブロックチェーンを利用していれば、こんなことにはならなかっただろう。

より深刻なケースも考えられる。アヴォガドだと申告された貨物に、コカインが隠されているといった場合だ。

こうしたことに対応するには、安全装置を増やしていく必要があるだろう。例えば、コンテナに異物が混入されると警報が鳴るといったようなことだ。アクセンチュアでサプライチェーン分野を担当するカーリー・ガンサーは、「サプライチェーン上のさまざまなものにアラームが装備されていくと思います」と言う。

ブロックチェーンによって詐欺や過失は減るかもしれないが、それが完全になくなることはない。

「信用性という意味では飛躍的に向上しますが、万能というわけではありません。何らかのかたちで常に人間が介在しますし、人間はどうしたって人間なのです」と、IBMでブロックチェーンソリューションを担当するラメッシュ・ゴピナスは言う。ゴピナスは2014年からブロックチェーン技術に携わっている。

物流への適用における2つの課題

ゴピナスによると、物流分野にサプライチェーンを導入するうえで2つの大きなハードルがあるという。どちらもテクノロジーそのものに関する問題ではないが、まず何十という企業を含むサプライチェーン上のすべてのプレイヤーに、この新しいシステムへの移行を納得させなければならない。「エコシステム内の誰もが、そこから何かを得られるようにしなければなりません。なかなかの難題で、答えを出すのには時間がかかるでしょう」

次に、管理統制の問題がある。ブロックチェーンは中央集権型ではないため、維持管理をどうするかは難しい。ゴピナスは、「データを使えるのは誰か。データを見られるのは誰か。データの分析を行うのは誰か。分析したデータは共有するのか。すべてについて、全員が満足するようなやり方を見つける必要があります」と話す。

こうした問題を解決し、規制当局の合意を取り付けるまでには何年もかかるだろう。6カ月あれば大丈夫だなどという人がいたら、自分はそれを笑い飛ばすだろうとゴピナスは言う。「そんなことはあり得ないからです。『申し訳ないが確実に無理だろうね』というのが正直な感想です」

ということで、いまのところは目の前のキハダマグロに舌鼓を打つだけで満足しておこう。ただ参考までに言わせてもらうと、どこ産のものか知っていようがいまいが、味はほかのマグロと変わらなかった。


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TEXT BY LOUISE MATSAKIS

EDITED BY CHIHIRO OKA