Tesla車はOTAアプデでいきなり走行距離が延び、制動距離が縮む

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  • author satomi
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Tesla車はOTAアプデでいきなり走行距離が延び、制動距離が縮む
アップデート中。終わったら急にブレーキのかかりが良くなっていた Image: Consumer Report

ある夕食の会話。

友達「充電1回で走れる距離が短いってTeslaディーラーに車持ってった友人。その場でソフトウェアをダウンロードして直してくれたんだってさ。帰るときには、ものすごく距離が伸びたってビックリしてた。バッテリーとか一切交換してないのに、すごいよね」

私「なんで最初から距離伸ばして売らないの?」

友達「そういうプランなんだよね。ベースモデル。オプションでお金払えば、まったく同じ車でもアプグレできるっていう課金制度」

私「へー!!!!!!」

なんかケチな話だなーとその時は思ったんですけど、よくよく考えてみたら、限られた製造ラインの中でソフトウェアで制限を加えることによって高性能の車の廉価モデルを出している、という見方もできるわけでありまして、この微妙なベースモデルを買って「完全なハードウェア性能がついてこない」と見るか「値段以上のハードウェアがおまけでついてくる」と見るかは、コップに半分の水を見て「半分空っぽ」と思うか「まだ半分ある」と思うかに、どことなく共通するものがありますよね。

なぜこんな話題になったのかというと、5月にConsumer Report誌からTeslaのモデル3が「ブレーキ踏んでから止まるまでの距離が長いから推奨できない」と発表され、イーロン・マスクCEOが「すぐ直します!」と編集部に電話かけて宣言したら、本当にものの数日でパッチが緊急配布されて制動距離が6m近くも縮まって推奨製品に格上げされるというハプニングがあったからです。あのときはOTA(ワイヤレスインターネット経由)で自動車性能が向上するなんて「19年この仕事をやってるけど初めてだ」と同誌Jake Fisher自動車性能テスト部長も腰を抜かしていましたけど、本当に新しい時代になったものです。

ちなみにCR誌が最初に行ったテストは、市販のモデル3を普通に購入し、ほかの車種とまったく同じ条件で急ブレーキをかけ、焦げたタイヤが冷えるまで走って、また急ブレーキをかけるということを繰り返して停車までの距離を測るという王道の抜き打ちテストです。そしたらモデル3は40mという好成績が出たのは1回目だけで、2回目も3回目も45mという、ガタイの大きなピックアップトラック並みの距離でした。高級セダンの平均の41mよりはだいぶ長いため、推奨は見送りとなりました。

この事実を知ったマスクCEOは同誌が結果を発表するなり、エンジニアに原因を調べさせ、そのテスト条件で及第点をとれるようシステムに改善を加えさせたのです。するとどうやら「アンチロック・ブレーキ・システム(ABS)」という、ブレーキで車輪にロックがかかって滑るのを防ぐシステムの調整アルゴリズムに問題があるらしいことが判明。すぐさま修正パッチをワイヤレスでびびっと配布したら、みなさま急にブレーキの効きが良くなった、というわけですね、はい。

みんな「回収とか一切しないで、OTAアップデートで一瞬のうちに車の性能が上がるなんて未来だね!」と刮目しましたけど、業界アナリストのSam Abuelsamid氏などは、通算製造販売台数が30万台突破している企業が一介の雑誌に言われるまで制動の問題に気付けないようでは失格であって、「エンジニアが2日がんばったら6m近くも制動距離が縮まったということは、発売前に何か月もかけて普通のメーカーが行う厳格なテストを行なっていなかったという何よりの証拠だ」と辛口です(Ars Technica)。

ちなみにTeslaのOTAアップデートは今回が初めてではありません。数年前からアップデートにアップデートを重ね、スピード制御やUIを改善してきました。

The Vergeが書いているように、ハリケーン・イルマがフロリダ州を直撃したときには、被災地のオーナーが無事電池切れを起こさずに避難できるよう、州内一部地域限定でバッテリーフル稼働モードのOTAアップデートを緊急配信したこともあります。 そう、Tesla車って局所的にアプデもできちゃうんです!

CR誌やイルマのようなアップグレードのときは歓迎されますが、遠隔でソフト更新により一瞬にして操作できるということは、裏を返せばダウングレードもできるということに他ならず、オーナーフォーラムにはこんな不安の声も寄せられています。

「Teslaの最新アップデートで車が急に遅くなったの自分だけ? 加速が消えた」

「35,000ドルのベースモデルが消えて、87,000ドルのフル装備モデルを全員にプッシュしてるもんね」

「可能性は3つ。1)変化なし、2)うっかり遅くした(次期アプデで改善する)、3)わざと遅くした(Teslaの気が変わるまで戻らない)」

まあ、考え過ぎって気もしますけど陰謀論が出てきてしまうのは必然という気がします。極端な話、テストのときだけその環境に合わせて制動距離を縮めて、推奨を獲得してから元に戻すことだって原理的には「可能」ですから。そういう不安の声にも配慮した評価方法にCR誌も変えていかないといけませんよね…。

ちなみにモデル3は、ベースモデルが35,000ドルっていうことで注文が殺到しましたが、その値段で買ってる人はほとんどいなくて、オートパイロットを加えれば5,000ドル、黒以外の色にすれば1,000ドル、1回の充電で走れる距離を220マイルから300マイル以上に延ばせばさらに9,000ドル。全部合わせると50,000ドル(約550万円)で、普通のよい目の車のお値段です。

そしてTeslaが製造を優先したのはバッテリーパック(9,000ドル)とプレミアプパッケージ(5,000ドル)を加えたミッドレンジのモデル3(54,000ドル)でした。しかも7月にはさらに上位の「パフォーマンス」モデル対応のデュエルエンジン搭載のモデル3まで出るんです。そちらは78,000~86,000ドル。全然大衆車じゃありません!

台所事情が苦しくなる今、上位モデル優先になるのはしょうがないんでしょうね。お金を払えばアップグレードはできるんですけど、ベースモデル(35,000ドル)は製造そのものが後回しになっているみたい。



Image:
Source: Consumer Report (1, 2), Ars Technica, The Verge (1, 2, 3)

(satomi)