義手だと「普通」を演じてはいけないのか。 女優エンジェル・ジェフリアに聞く、演者と作品の多様性

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  • author 中川真知子
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義手だと「普通」を演じてはいけないのか。 女優エンジェル・ジェフリアに聞く、演者と作品の多様性
Photo: Courtesy Angel Giuffria/ Gizmodo io9

ブームじゃなくて、普遍的になるべきなんです。

最近よく耳にする「ダイバーシティ」や「レプリゼンテーション」。ダイバーシティとは多様性、レプリゼンテーションとは社会で自分の存在が表現され、認知されていることを意味しています。昨今のハリウッド映画は、それらのアプローチを積極的に取り組んでいる傾向があります。少し前にも黒人スーパーヒーローの『ブラック・パンサー』やスーパーヒロインが主役の『ワンダーウーマン』が興行成績的にも大ヒットして大きな話題になりました。

しかし、みずからを「バイオニック・アクトレス」と呼ぶ女優エンジェル・ジェフリアさんは、この程度では満足していません。彼女は今こそ表現の転換期だとして、彼女のような障害を持つキャラクターがスクリーンにこれまで以上に頻繁に登場することを望んでいます。

義手は個性。自信をくれた、ある映画監督との出逢い

自分のことをバイオニック・アクトレスと呼ぶのはおかしな気がするけど、でもこの義手を手に入れるまでキャリアが伸びなかったのは事実なの

最先端のバイオニックアーム「Bebionic3」をつけたジェフリアさんはこう話します。そして、彼女はこう続けます。

私は生まれつき、左肘から下の手がありません。まだうんと幼い頃には、筋電義手を装着したんです。当時の技術はいまと比較するとまったく違い、そこまでハイテクではありませんでした。時とともに義手も随分と進化し、今は最新技術を駆使して最先端であり続けようとしています

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Photo: Courtesy Angel Giuffria/ Gizmodo io9

現在28才のジェフリアさんは、ベン・アフレック主演『ザ・コンサルタント』やジェニファー・ローレンス主演の『ハンガー・ゲームFINAL: レジスタンス』に出演しています。

彼女がさらに若い頃は、ポップカルチャーに自分の居場所がないと感じ、女優として活躍する日がくるとは思えなかったのだそう。しかし、その考えはコーエン兄弟監督『トゥルー・グリット』で、主演のヘイリー・スタインフェルドのボディ・ダブルに選ばれたことで大きく変わります。

当時10代で、片腕のキャラクターが登場することに大興奮でした

残念ながら、両親は撮影のために学校を休むことを許可しなかったため、銀幕デビューとはならず。ですが、この経験がのちに女優としてのキャリアを追うきっかけとなりました。

ただ、女優になるのは至難の技。はためにわかる「違い」があるジェフリアさんにとって、女優としてのキャリアスタートはイバラの道でした。

多くの場合、違いがあるキャラクターを登場させるとなると、そのキャラクターの「違う部分」を強調させたがります。それまで私は機能的ではないけれど、生身の人間の腕そっくりに作られた義手をつけていました。それでないと演技の道に入ることができないと思っていたのです。しかし誤魔化して役を得てもすぐにバレて、途端に大抵うまくいかなくなってしまいます。彼らは騙されたと思うのか、視野が狭いのか。単純にプロジェクトに不足だからと判断されたのかもしれません。それにハンディキャップという設定だと書かれていない限り、オーディションを受けることもできません。

私はこの義手(Bebionics3)を4年前につけて、これが私だ、私であることを隠す必要はない、と決めました。それ以来私はこの義手と共にオーディションに行っています。歴史ものを除いて、ですが。それにはさすがに逆立ちしてもキャスティングされないでしょうから(笑)

彼女が生身そっくりの義手をつかわなくなったのは、ライアン・レイノルズ主演の『グリーンランタン』にエキストラとして出演し、監督のマーティン・キャンベル(『007 カジノ・ロイヤル』『007 ゴールデンアイ』)と出会ったことがきっかけ。

ライアン・レイノルズ主演の『グリーンランタン』に出演したときのことです。教室に遅れてくる設定のエキストラ役で、腕が2本ある人物でした。だから整形義手を腕につけて撮影に行きました

ここでジェフリアさんは、ある行動にでました。

助監督に向かってこう言ったんです。『監督とお話ししたいのです』って。エキストラが言うようなセリフじゃありません。その場にいた人たちは私を見て笑いました。なので「いや、あの、私は片腕しかないのです」と言いました。

すると誰かが「すぐに戻ります」といって監督を連れて戻ってきました。監督は「どうしたの?」と質問してくれました

ジェフリアさんは事前に練習した通りの内容を監督に向かって言ったそうです。

「私を選んでくださいありがとうございます。私は女優で映画製作のことを理解しています。なのでシーンで悪目立ちしたり、監督のビジョンにそぐわないようなことはしたくありません。なので私のことで知っておいてほしいことがあったのです」

すると、監督は私を見て「授業に遅刻したことはある?」と質問しました。私は頭の中で「当然でしょ」とつぶやきました。私は義手をつけていて、授業に遅刻したことのある普通の女の子でした。そして、監督は「しない理由がないよね」と、さも当たり前のように言ったんです。あのときから、私は誤魔化すための義手をつけるのをやめました。エージェントを見つけ、片腕であることを隠すこともやめました。いつの日か再びキャンベル監督に直接「あのときはありがとう」と伝えたいです。彼が自信をつけさせてくれたからこそ、今の私があるのですから

それ以降彼女は数々の映画やテレビドラマに出演し、今年初めにはスーパーボウルのCMスポットでアーチェリーのスキルを披露しています。

これまで数々のサイエンスフィクションに出演してきましたし、軍病院系のオーディションも受けています。今年はある映画に出演しましたが、それに関しては現時点であまり語れません。ざっくり言うと、舞台は近未来で『ブラック・ミラー』系のハイテク作品といった感じでしょうか。初めからハンディキャッパーの役だったわけではないのに、選んでもらえた初めての役なんです。だから、とても嬉しくて最高の気分。オーディションで私の腕がクールだと思ってくれたようです。簡単に忘れ去られてしまいそうなキャラクターに個性とストーリーを持たせられるだろう、と

いま、ハンディキャッパーの描かれ方が問われている

ハンディキャップを持つキャラクターをスクリーンに登場させることの難しさは勿論ですが、さらに難しいのは、そのキャラクターを「どのようにレプリゼンテーションするか」ではないでしょうか。ジェフリアさんはハンディキャッパーであっても、五体満足のキャラクター同様「普通に」描いてほしいと考えています。

彼女の考えるハンディキャッパー表現の良い例は『ブレイキング・バッド』のウォルター・ホワイト・Jrで、悪い例はハンディキャッパーが悪役というイメージを植え付ける『キングスマン』なのだそう。

また、ハンディキャッパーのレプリゼンテーションに不満を持っているのはジェフリアさんだけではありません。オーストラリア人パラリンピック選手であり作家のジェシカ・スミスは、ハンディキャッパーが正しく描かれていると感じたことはただの一度もないと言います。

近いと思ったのは『ファインディング・ニモ』でしょうか。初めて見たとき胸にグッときました。片方のヒレが小さいという設定は、私の腕と同じだと思いました。泳ぎとヒレの小ささのくだりで、「ニモは私だ」とさえ感じました。

ただ、スクリーンを飾るキャラクターたちが「その役割をはたすためには誰もがヒーローである必要はない」と伝えることが大切だと私は考えているのです

マーベルシリーズのバッキーことウィンターソルジャーやミスティ・ナイトは、片腕の設定で主役をはれるポテンシャルをもっているキャラクターです。ただ、スミスは一時的にヒットする超人ヒーローで終わるのではなく、コンスタントに登場させること、そして描き方にも気をつけるべきだと考えているようです。

障がいを持つ俳優にとって『マッドマックス/怒りのデスロード』とは

俳優で作家、障害者アクティビストのクエンティン・ケニハンは、ジョージ・ミラー監督の『マッドマックス/怒りのデスロード(以下、マッドマックス)』で悪役イモータン・ジョーの息子、コープス・コロッサス役を熱演。43歳のケニハンは、『マッドマックス』の成功を受け、映画の中でのハンディキャッパーの描かれ方が変わるのではないかと期待していました。

『マッドマックス』の良かったところは、ジョージが3回もコープス・コロッサスのオーディションをしたことです。ミーティングをして役を貰ったのではなく、役にふさわしいかオーディションをしました。これは私だけに限らず他の障がいを持つ俳優も同じです。

この映画で何かが変わるのではないかと期待しました。でも残念ながら奇跡は起こらなかった

アクションやプラクティカル・エフェクトの多さだけでなく、女性の活躍や障がい者を起用した映画としても注目された『マッドマックス』。強烈なインパクトを与えたといわれていますが、映画業界におけるハンディキャッパー俳優の扱いまでは変えられなかったようです。

あれから3年経過したけれど、僕の仕事は増えていません。オーディションは受けました。オーストラリアのゾンビシリーズの『Glitch』のキャラクターを狙いましたが、最終的に障がいのあるキャラクターは採用されませんでした。『マッドマックス』が新たなドアを開いてくれると期待していましたが、ハリウッドの頭の硬さが露見しただけでしたね

いっぽう、ジェフリアさんにとって『マッドマックス』のインペリアル・フュリオサはかけがえのないキャラクターになったといいます。

フュリオサの描かれ方には本当に衝撃を受けました。誰一人として彼女に助けが必要か聞かない。誰一人として彼女の腕に何があったのか聞こうともしない。私は毎日のように質問されているので、本当に驚きました。人は色々と物語にしたがるけれど、私は生まれつき腕がないから深く話せることなんてありません

それにフュリオサは片腕がないこともプラスになると描かれています。彼女は強烈なキャラクターで自分自身問題も抱えている。でもそれはどんなキャラクターも現実の人間も同じです

フュリオサの役に惚れ込んでいる一方で、ジェフリアさんは実際に腕のない俳優が演じたならより「ダイナミック」になっただろうとも考えています。

あのキャラクターが大好きです。でも腕にハンデがある人があの役を演じられていたら、と考え始めたら止まりません。1日中語れるくらい色んな思いがあります。でも同時に俳優として、あのポジションを演じることの難しさやシャーリーズ・セロンの素晴らしさも理解できるのです。なんといってもアカデミー賞女優ですし

ハンディキャップを持つ俳優に、演じるチャンスを

ジェフリアさんはハリウッドのキャスティングにも異議を唱えています。『マッドマックス』はシャーリーズ・セロンというビッグネームを起用しましたが、インディーズ作品でハンディキャップありのキャラクターを登場させる場合、実際にハンディキャップありの俳優を起用するべきではないかと考えているのです。

たとえば、アナ・リリ・アミリプール監督の長編『Tha Bad Batch 』(2016年)。主人公のアーレンは義足で義手ですが、アーレン役のオーディションに義足の女優は呼ばれませんでした。イギリス出身のスキ・ウォーターハウスがアーレン役を射止めましがた、ジェフリアさんはこのキャスティングに疑問を感じずにいられません。

Video: Movieclips Trailers/YouTube

肢端切断者の俳優じゃダメなんですか。スキ・ウォーターハウスは、シャーリーズ・セロンのように、名前だけで客を呼べるほどのビッグスターじゃない。なんで肢端切断者をオーディションすることすらしなかったのでしょう

4本の映画に出演し10年以上の業界経験を持つケニハンはこの意見に同意し、次のように話しています。

ハリウッドはスターだけでなく、障がいを持つ俳優も起用するべきです

過去にもハンデを持つキャラクターが画面を飾ることがありましたが、どれもこれもビッグスターがハンデを負っている人物を演じているだけで、正しいレプリゼンテーションが行なわれていたとは思えません。

今度、ドウェイン・ジョンソン義足のセキュリティ・ガードを演じる大作『スカイスクレイパー』が公開されます。義足の俳優を起用することだってできたはずなのに。彼らは義足云々が撮りたいんじゃない、義足をつけたドウェイン・ジョンソンが撮りたいだけなんです

ダイバーシティ/レプリゼンテーションはただのブームじゃない

今、ハリウッドはレプリゼンテーションとダイバーシティに敏感になっています。この流れが続き、より多くの障がい者俳優にチャンスを手にして、多様性や人々の忠実な姿を伝えるようになることをジェフリアさんは願っています。そのためにはマーベルやディズニー、超人気シリーズといった影響力のある作品の力が必要でしょう。

業界を震撼させるようなものが必要です。たとえば、ビッグバジェットの巨大なプラットフォームで多様性を見せて、人々に「これだ!」と感じてもらうとか

ジェフリアさんとポップカルチャーで働くハンディキャッパー俳優コミュニティにとって「if you can see it, you can be it(見えれば、なれる)」のマントラは単なるインスピレーションのスローガンではありません。ソーシャルメディアを通して彼らはお互いを励まし合い、業界に自分たちを売り込む秘訣をシェアしたりしています。

あなたの周りの世界をよりよく表現しようと努力すれば、実際に世界がよりよく変わっていくと思います。私はこれが起こっていると心から信じています。

私は世界が良くなるまで挑戦をやめません


Image: Courtesy Angel Giuffria/ Gizmodo io9
Source: Instagram, YouTube(1, 2

Maria Lewis - Gizmodo io9[原文
中川真知子