価値観を揺さぶる「近未来予測」に、あなたの人生設計は耐えられるか?:『〔データブック〕近未来予測2025』著者インタヴュー

たとえば「民主主義ではない国家が事実上かなりうまくいっている」…といった皮肉たっぷりな指摘。話題の書『〔データブック〕近未来予測2025』は、わたしたちの常識や価値観を激しく揺さぶる重い一冊だ。それもそのはず、本書は全世界39カ国で利害の対立する知性を集め、コントラヴァーシャル(物議を醸す)な熱い議論を行ったプロセスについての、いわば議事録。膨大なデータと公正な視点から成るハードコアな368ページは、安易に「予測」などと片付けられる代物ではない。
価値観を揺さぶる「近未来予測」に、あなたの人生設計は耐えられるか?:『〔データブック〕近未来予測2025』著者インタヴュー
PHOTOGRAPHS BY YURI MANABE

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産・官・学の専門家を集めたワークショップ「フューチャー・アジェンダ」を、世界各地で開催しているティム・ジョーンズ(左)とキャロライン・デューイング(右)。彼らは自らのことを「誰と誰を組み合わせるかを考えるコレオグラファー(振り付け師)のようなもの」と位置づけている。

フューチャー・アジェンダという活動をご存知だろうか。さまざまな文化、産業、研究分野の専門家が集まり、熱い議論を闘わせ、未来についてより深い理解を築くことを目的としたオープン型の未来予測プログラムだ。

2010年に開催された第1回では、全世界25カ国の最高経営責任者(CEO)、市長、学識経験者や学生が参加した。15年の第2回では開催する地域の差異に注目し、より幅広い意見を取り入れるべく、全世界39都市で120ものワークショップが開かれた。

その主催者であるティム・ジョーンズとキャロライン・デューイングが、活動をまとめた『〔データブック〕近未来予測2025』を出版、来日した。驚くほど刺激的な指摘に満ちた本書だが、2人はきわめて穏健で、驕ることのない人物だ。

「わたしたち2人が未来を予言しているわけではありません。いうなれば、コレオグラファー(振り付け師)のような立場です」(ティム・ジョーンズ)

振り付け、すなわち、彼らの手による絶妙な議事の進行には秘訣が存在する。キーワードは「信頼」だ。

信頼が本音を引き出す

各地で開催されるワークショップにはいろんなルールが設けられている。まず参加希望者が部屋に入ると、いくつかのテーブルに分けられる。知り合い同士で同席は許されない。地域や年齢や性別についても調整され、結果として、意見を異にする立場同士で面と向かい合うことになる。そして、あらかじめ慎重に選ばれた25のテーマについて話し合う。

最も重視するのは「本音を引き出すこと」だ。

「そのために、いわゆるチャタムハウスルール(=ここで発言した内容は公開されるが、誰の意見かは厳密に秘匿される)を守ります。お互いが匿名性を守る、守られるという前提でワークショップへの参加が許される。運営側を、そして対面する相手を信頼できるから、素晴らしい議論になるんです。ギブするよりもテイクするほうが多くなる」(ティム・ジョーンズ)

組織や立場に縛られず、おおらかに意見を言い合えるワークショップ。その内容は刺激に満ちたものだ。

たとえば水資源の在り方について。「使いすぎによって水源が枯渇する可能性」があるにもかかわらず、あらゆる国において「水の価格に社会的費用が含まれることはない」。つまり、人類社会は水を極めて安価に流通させているが、それは短期的な利益を重視し、未来にツケを回すという態度であって、しかも国毎に例外がないというのだ。なんとも耳の痛い話である。

あるいは個人情報の帰属について。データの漏洩事件が相次ぐなか、製薬会社、保険会社、米国由来のスタートアップに対する信頼は失墜した。世界中のワークショップで、たとえば自分のDNAが不特定多数に商用利用されることに懸念の声が高まっている。ちなみに日本は「自国の政府を信頼するか」というアンケート調査で26位。残念ながら最下位だ。

「信頼は、これからの社会を占う上で大事なキーワードです」(キャロライン・デューイング)

「世界的に医療データのガヴァナンスが問題にされています。たとえば、進歩的な製薬や治療においてDNAが必要という意見には、誰もが賛成します。でも、人々のDNAを誰が保管すべきか、そこは同意が得られにくい。保険会社でいいのか、医療技術の会社なのか、保管する場所は当事者の国か、国の外でもいいのか…。DNAの当事者である個人が所有すべきかどうかも、はっきりしません。大学や企業に売り払って、収入を得ることもできますからね。しかしその場合、個人が将来、どんな病気になりやすいかが他人にわかってしまう。それが道徳的にどういう意味をもつのか、議論し続けていくことが大切です」(ティム・ジョーンズ)

「DNAに関していうと、アメリカでは経済的価値が優先されるので、企業が所有者になる傾向があります。EUでは今後ますますプライヴァシーが強く保護されるので、個人が所有者になるという流れ。この2つは正反対に思われます」(ティム・ジョーンズ)

格差社会は解決できるか

フューチャー・アジェンダの参加者を熱くする関心事のひとつに、格差社会への対応がある。

特に、農村部と都市部の格差は広がる一方だ。しかしながら農村部に住む人口は莫大で「全人類を都市部に移動させる」という解決策は難しい。たとえば、インドにおいては農業従事者の自殺率がきわめて高い。職にあぶれてトラック運転手に転身するものの、交通事故死する者が多く、30代以下の男性、つまり一家の稼ぎ手が失われ、何世代にもわたって貧困が続く。

「国が高い税率で福祉を手厚くする北欧モデルは、明らかに成功しています。けれどスウェーデンですら1,000万人程度しかいない。国の人口が少ない上に、思いやりが大切だという文化に根ざすものです。個人主義が進んだアメリカなどの国では、採用できそうにない。そもそも格差をいとわない文化なのです」(ティム・ジョーンズ)

都市生活者すら安全ではない。富裕層と貧困層が増加してミドルクラスが減るという傾向は、大都市のほうがより顕著だという。IT企業の担当者によれば、高いレヴェルの知識や記憶力を要する事務作業こそ、AIがとってかわるのに理想的で、欧米では年収50,000ドルの仕事が消滅の危機にさらされている。

「医者や弁護士や会計士といった高い収入の仕事さえ、AIで代替される可能性が高いのです」(キャロライン・デューイング)

広がり続ける格差に対し、本質的な解決策と呼べるものは存在するのだろうか。議論の焦点は「いかにして富を再分配すべきか」。その点、アメリカは興味深い事例を提供している。

国ではなく、都市や企業が問題を解決する

最低限の生活を送るのに必要な現金が定期的に支給されるという仕組み、いわゆるユニヴァーサル・ベーシックインカム(UBI)は、格差社会に対する解決策のひとつといえるだろう。しかし「個人主義の国」たるアメリカでは難しい選択だと前述した。一方、フェイスブックやアルファベットといった米国由来の大企業は、自ら市民に現金を支給することを検討しているという。

「自分達のビジネスが格差を生んだのであれば、自分達がベーシックインカムを支払うべきだという考え方です。ビル・ゲイツはロボットやAIに課税すべきとも語っています」(ティム・ジョーンズ)

なぜ、企業なのか?

「国が企業から法人税を徴収して国民に環流させるシステムでは、武器を買ったりといった無駄に費やされてしまい、効率が悪い。言い換えれば、アメリカの企業は政府を信頼していない。住民の手に直接、届けたいと思っているのです」(ティム・ジョーンズ)

同じアメリカでこんな出来事もあった。2017年6月、トランプ大統領は気候変動の取り組みにおいて、パリ協定の離脱を宣言。ところが同月、カリフォルニア州をはじめとする国内の自治体が独自に気候同盟を設立し、他国とも連携するという声明を発表した。カリフォルニア州知事はトランプ大統領を名指しに批判、対抗手段をとると啖呵を切ったのだ。

国単位で課題が解決できずとも、自治体がそれにとって変わろうとする。あるいは自治体が国より優れた政策を打ち出す。

「フランスではパリが2030年までに内燃機関のクルマを追放し、電気自動車(EV)だけにする計画を発表していますが、国が掲げる目標より10年も早い。コロンビアという国はいろいろと評判が悪いけれど、一方でメデジンという都市は渋滞知らずの公共交通機関をもっていることで世界中の注目を浴びています。糖分による肥満や禁煙の問題なども、都市が政策を実現していくスピードが早い」(キャロライン・デューイング)

フラットでネットワーキングされた社会において、国家の枠組みが膠着状態となり、果たすべき機能を喪失していく。信頼を失う。一方で、都市や企業が存在感を増し、手を差し伸べようとする。

「だからこそ、移民や移住といった人口の流動性について、人々はもっともっと寛容であるべきかもしれないと感じています」(キャロライン・デューイング)

フューチャー・アジェンダの活動理念は「進むべき方向、その理由、影響や成果について理解する」こと。従って、この大著においてはディープな課題と同じだけ解決策も議論されている。刺激は強いが、決してマイナスにはならない。臆することなくページをめくってもらいたい。

SF小説ではなく、大人の教科書として

きわめてクールな指摘が満載の『〔データブック〕近未来予測2025』。人類社会全体が斜陽にある、しかも従来型の価値観は変化を邪魔する、いますぐに行動せよ、できることは山ほどある──と働きかけるシリアスな一冊は、残念ながらSF小説ではない。むしろ教科書に近い。書かれていることはおおむね真実というほかなく、けれど、ただ途方に暮れるのみならず、未来への指針も与えてくれる。

実際、本書のベースになった15年のフューチャー・アジェンダから3年が経ち、手応えが現れ始めている。いくつもの国際都市において大気汚染の対策が加速しつつある。日本では毎日のように働き方改革が叫ばれている。あのマーク・ザッカーバーグまでが(汚名返上という意味もあろうが)ユニヴァーサル・ベーシックインカムに腐心する。これらは本書が「期待されるべきプラスの行動」として言及した兆候。全世界にカンフル剤をばらまくティムとキャロラインの貢献度は少なくない。

ただし、3年の間に予測を超えた事態も起こりつつあって、日本語版の巻末には、それらがしっかりと言及されている(この部分こそ必読)。さて、あなたは本書を手にとるだろうか? 目を逸らさずに通読し、膨大な議論をくぐり抜けることができたら、次はあなたも「行動あるのみ」だ。

ティム・ジョーンズ | TIM JONES
ケンブリッジ大学で工学、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートおよびインペリアル・カレッジ・ロンドンで産業デザイン工学を学んだあと、サルフォード大学で博士号を取得。イノヴェイション関連、新事業創出・機会発見のコンサルティング、予測プロジェクトなどに従事したあと、2010年に「フューチャー・アジェンダ」を創設。世界各国で産官学の関係者をクライアントに、数多くのワークショップを開催している。

キャロライン・デューイング | CAROLINE DEWING
「フューチャー・アジェンダ」共同創設者。アジアや欧州において多国籍企業で働いた経験があり、企業行動や持続可能性を専門分野とする。世界各国の企業や組織がより優れた包括的視野をもち、グローバルな課題に対応できるよう活動し続けている。イノヴェイション関連の共著書は4冊に及ぶ。


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TEXT BY SHIN ASAW a.k.a. ASSAwSSIN

PHOTOGRAPHS BY YURI MANABE