人工知能でiPhoneを「もっと賢く」するアップルの作戦が、いま始まった:総括・WWDC(2)

アップルが、人工知能(AI)を使って機械学習モデルを構築するための開発者向けツール「Create ML」を、毎年恒例のカンファレンス「WWDC」で発表した。開発者の使いやすさを重視したというこの新しいツールは、「App Store」で提供されるアプリへのAIの導入を加速し、iPhoneなどのデヴァイスを使うユーザーの体験をさらに豊かなものにしていく可能性を秘めている。その作戦の火蓋が、まさにWWDCで切られたのだ。
人工知能でiPhoneを「もっと賢く」するアップルの作戦が、いま始まった:総括・WWDC(2)
PHOTO: DAVID PAUL MORRIS/BLOOMBERG/GETTY IMAGES

アップルの言葉を借りると、彼らのモバイルデヴァイスはカリフォルニアでデザインされ、中国で組み立てられている。一方で、「App Store」によって“つくられて”いるという言い方もできるだろう。

このアプリ配布のプラットフォームは、初代「iPhone」の発売から1年が経った2008年7月にオープンした。App Storeは外部の開発者を呼び込んでiPhoneをより面白く便利に変え、アップル製品は「Uber」や「Snapchat」といったサーヴィスを可能にする、時代を先取りしたデヴァイスに変身したのだ。

アップルのソフトウェアエンジニアリング担当上級副社長のクレイグ・フェデリギは、この創造力の泉を枯らさないようにする責務を負う。そのための戦略のひとつが、人工知能AI)ツールの利用を活発にすることだ。

つまり開発者たちに、例えばカメラを使って物体を認識するといったことができるアプリを考えるよう促すのだ。アップルは、この“イノヴェイションの外注”を可能にするエコシステムから、次世代を担う素晴らしいアイデアが生まれることを願っている。

フェデリギは「活気に溢れた開発者コミュニティが存在するのです。機械学習をアプリに組み込むための手助けができれば、彼らはきっと本当に面白いことを実現してくれるでしょう」と話す。

好奇心に満ちた開発者の新しい“遊び場”

彼は「HomeCourt」という、バスケットボールの指導のためのiPadアプリを開いてみせる。このアプリを使うために、プロのコーチである必要はない。iPadのカメラをコートに向けて練習や試合の様子を撮影すれば、あとはアプリが勝手にやってくれるからだ。

HomeCourtは、アップルが提供する「Core ML」という機械学習フレームワークを利用して動画を分析し、シュートを放ったりミスをしたりといった選手の動きを追跡、記録する。それぞれの場面はインデックス化され、あとから簡単に特定のプレイを見つけ出して再生することができる。

アップルは昨年6月に発表したCore MLを、好奇心に満ちた開発者の“遊び場”にすることを目指している。このフレームワークを使えば、専門的な知識がなくてもアプリに機械学習アルゴリズムを取り入れることができる。

フェデリギは6月4日に開かれた恒例の開発者向け会議「WWDC」で、AIを使ったApp Store活性化計画の第2弾となる「Create ML」を明らかにした。機械学習モデルを構築するためのツールのひとつだ。アイスクリームの画像からフレーヴァーを予測する画像認識アルゴリズムを作成するデモでは、学習用のデータセットとなる数十枚の画像が入ったフォルダをドラッグ・アンド・ドロップすると、数秒で訓練が完了した。

開発者向けのセッションでは、Create MLの実装例として、オンラインコメントの内容を分析するソフトウエアや、酸味や糖度などの数値からワインの品質を予測するアプリなどが示された。なお、現時点でも開発に使うことができるが、アプリに実装するには秋に一般公開される「macOS 10.14 Mojave(モハーヴェ)」を待つ必要がある。

Create MLの利点と限界

フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト、グーグルといった競合のテック大手は、すでに開発者向けに機械学習モデルの構築支援ツールを提供しており、アップルはむしろ出遅れている。なかでも人気があるのはグーグルの「TensorFlow」だが、フェデリギは既存ツールはどれもアプリ開発の標準的なワークフローと適合せず、機械学習の可能性を狭めていると考えている。

「アップルは開発者コミュニティのためにこの可能性を解放しようとしているのです」と、彼は言う。Create MLは2014年のWWDCで発表されたプログラミング言語「Swift」でつくられている。

一方で、簡素化により限界が生じることもある。オープンソースの深層学習ライブラリを開発するSkymindの最高経営責任者(CEO)クリス・ニコルソンは、Create MLは便利そうだが、機械学習を複雑かつ独自の方法で取り入れるには、ゼロからシステムを構築すべきだと指摘する。

購買予測のように先の出来事を予想するプログラムでは、通常はカスタムメイドのシステムが必要になる。ニコルソンは「アプリをほかと差別化するのは、完全にカスタマイズされた独自モデルです」と話す。

また、Create MLはアップルのシステムでしか使えない。WWDCに出席したウルフラム・ケールは、スタートアップのSmartpatientの最高技術責任者(CTO)で、医薬品のラベルを読み込むとトラッキングが可能になるアプリの開発を進める。だが、アップルのフレームワークは画像からのテキスト抽出にはまだ対応していない。

ケールは将来的にはできるようになると考えているが、同時にグーグルのモバイル向け機械学習ツール「ML Kit」にも興味をもっている。こちらはテキスト抽出が可能で、「Android」だけでなく「iOS」でも動作する。ケールは「グーグルはどちらのプラットフォームでも機能する製品を提供する傾向があります」と説明する。

これに関するアップルの言い分は、繊細な統合を保つソフトウエアとハードウエアから最高のパフォーマンスを引き出すために、自社デヴァイスに特化しているというものだ。昨年はiPhoneの最新機種に搭載されている「A11」チップに、機械学習ソフトウエアを支えるための「ニューラルエンジン」が採用された。

機械学習を使ったアプリのサポート体制は「万全」

Create MLによって、アップルが機械学習を使ったアプリをサポートする体制が整ったことが証明されたと、フェデリギは言う。例えば、多言語学習アプリ「Memrise」だ。

Create MLが使えるようになったことで、携帯のカメラを何かに向けると、そのものの名前が外国語で表示される機能が追加された。2万枚の画像を使ってシステムを訓練する際、既存の機械学習ソフトウェアとクラウドサーヴァーを利用すると1日はかかるプロセスが、1時間以下まで短縮したという。

大幅な時間短縮が可能になったのは、Create MLがシステムに新しいモデルを習得させるやり方に秘密が隠されている。アップルのフレームワークにすでに組み込まれているものを、各アプリの機能に適用するのだ。転移学習(トランスファーラーニング)と呼ばれるこの手法は機械学習で広く行われるようになっており、学習に使用するデータセットの量が少なくても良好な結果を生み出すことができる。

また、Create MLではデヴァイスに元から搭載されているモデルを利用するため、システムのサイズが小さくなる。これはモバイルデヴァイスでは重要なことで、Memriseの場合、もとは90MBだったものが、わずか3MBまで圧縮された。

ユーザー体験がさらに拡大する?

WWDCの会場に居合わせた開発者の大半は、フェデリギのプレゼンテーションを気に入ったようだった。翌日の午後にはCreate MLに関するさらに詳しいセッションが開かれ、数千人が参加した。アップルのエンジニアが果物の画像を見分けるシステムの訓練のデモをやってみせたときには、参加者の一部から歓声が上がっていた。

シマンテックのエンジニア、ニティシュ・メータは機械学習プログラムを使ったことがあり、Create MLがあればこの技術をもっと幅広い分野で活用していくことができると考えている。「つくるのが簡単になれば、もっとたくさんの人が挑戦するようになるでしょう」

そうすれば、アップルのデヴァイスがユーザーに提供するものもさらに広がっていくだろう。具体的な将来像には言及しなかったものの、フェデリギは「デヴァイスでやれることの多くは、サードパーティーがどのようなアプリをつくり出していくかにかかっています」と語っている。


短期連載「総括・WWDC」


TEXT BY TOM SIMONITE

EDITED BY CHIHIRO OKA