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ただ働きを「献身的」と美化する学校現場 諸悪の根源「給特法」に内田良さんが迫る
新刊「教師のブラック残業~『定額働かせ放題』を強いる給特法とは?!」を上梓した内田さん

ただ働きを「献身的」と美化する学校現場 諸悪の根源「給特法」に内田良さんが迫る

教育現場で問題となっている、教員の長時間労働。この問題に早くから取り組んできた名古屋大学大学院准教授(教育社会学)の内田良さんが、新刊「教師のブラック残業~『定額働かせ放題』を強いる給特法とは?!」(学陽書房)を上梓した。公立高の現役教員の斉藤ひでみさん(仮名)との共著だ。

今回の著書は、教員の給与を定めた「給特法」をメインテーマに据えた。

「過熱した部活動の問題だけを訴えても、思うように教員の働き方改革は進んでいかないという挫折感がありました。給特法の問題は、まだまだ知られていない。世の中に知ってもらうための、手助けになればと思いました」(斉藤さん)

これまで教員の働き方についてネット上を中心に啓発活動を続けて来た二人。「改革の輪を職員室、そして学校の外側にいる人たちにも広げていきたい」と訴える。

●給特法のために教員は「定額働かせ放題」

組体操事故など学校のリスクについて研究してきた内田さんは昨年、「ブラック部活動 子どもと先生の苦しみに向き合う」(東洋館出版社)を出版。過熱する部活動の現状から教職員の働き方について考えるうちに、「給特法」の問題にたどり着いた。

「部活動の問題を調べた結果、元凶に給特法があると気づきました。給特法は部活動が盛んに行われている中学や高校だけでなく、全ての小中高教員の長時間労働を支えている大きな要因です。教員の働き方は定額働かせ放題となっています」(内田さん)

1972年に施行された「給特法」(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)は、教育職員については、時間外勤務手当及び休日勤務手当は支給しないと定めている(第3条第2項)。

残業代が支払われない代わりに、教員には毎月、基本給の4%に相当する「教職調整額」が支給されている。しかし、この4%という数字は、1966年に文部省(当時)が行った教員残業時間調査が根拠となっている。その当時の小中学校の教員の平均残業時間は1カ月で約8時間だった。

しかし、2016年度の文科省の「勤務実態調査」では、1週間当たりの学内総勤務時間が60時間以上の教諭は、小学校で33.5%、中学校で57.7%に上った。これは過労死の危険ラインとされる月平均80時間以上の残業にあたる。

●持ち帰り仕事は「自主的」なもの

教員の働き方が、いかに「ブラック」か。長時間労働の実態は、最近の調査でも明らかになったわけだが、ここには大きな落とし穴がある。この数字には、持ち帰り仕事の時間は含まれていない。どれだけ働いても、自主的、自発的なものとされている。

斉藤さんは、勤務時間を意識し、できるだけ17〜18時には帰るように心がけているというが、自宅に帰れば授業準備が待っている。教科書だけの授業ではわかりにくいため、独自にプリントを用意。スクリーンに投影する資料も作ると、1時間の授業の準備に2時間〜3時間はかかる。

「授業準備は教員のプライドとして、時間をかけたいところです。授業準備は自発的にやってくださいというのではなく、勤務時間の中に一日2時間は授業準備の時間を設けて欲しい」と訴える。

内田さんも「教員は自分のプライベートな時間を使ってでも、子どものために一生懸命尽くすことが立派だとされている。ただ働きが献身的と美化される職員室文化がある」と話す。

●給特法がもたらした問題

内田さんは、この給特法が2つの大きな問題をもたらしたと指摘する。1つは、職場の時間管理を不要にしたこと、2つめは使用者や管理職から残業抑止の動機付けを奪ったことだ。

「残業時間がたとえ増えても、チェックしていないために分からない。使用者側は、残業代を支払わなくてよいので、『残業代を抑制しなければ』という動機が生まれません。だからこそ、仕事を次々と入れられてしまうんです」(内田さん)

給特法では、時間外労働は生徒の実習や学校行事、職員会議、災害の「超勤4項目」に限られると定めている。現実には授業準備や部活動などで長時間労働が生じているが、これらは「教員が自主的に行っている」という扱いになってしまっている。

「どんなに残業しても定時以降の時間は、そもそも法律上労働と見なされていない。散々働く教員を横目に、『彼らは好きで残っている』というのは絶対におかしい。これは残業しているのを隠すようなブラック企業よりもひどい状況です。残業そのものがないものとしてみなされているのですから」(内田さん)

職員室にも、どこか諦めムードが漂う。斉藤さんの勤務校では、「出退勤時間をしっかり記録するよう」ばかり言われるが、肝心の仕事量削減はない。これまで毎年のように、同僚が倒れる姿を見てきたという。

「教員の仕事は個人によるところが多い。だから実際に倒れるまで、その人がそんなに切羽詰まってたなんて気づかないんです。さらに管理職は時間外については自主的活動という認識でいるから、管理責任も曖昧になりがちです」(斉藤さん)

●嶋崎量弁護士「教員はもっとわがままになっていい」

また、本書には労働問題に詳しい嶋崎量弁護士と松丸正弁護士、それぞれとの対談も盛り込まれた。内田さんは「教育畑ではない専門家の方々から、客観的に教育界の問題点を指摘して欲しかった」と説明する。

内田さんは中でも「教育者である前に労働者。教員はもっとわがままになっていい」という嶋崎弁護士の言葉が印象的だったと話す。

「これまで『子どものことを考えてるの?』という殺し文句が、教員の苦しみの声を封殺してきた。そんな教員が、『子どものため』という言葉を取っ払い自分たちの働き方の問題を語り始めたのが、この2年間でした。教育者である前に、権利を主張できるようにするという言葉はその通りだと感じました」(内田さん)

また、教員の公務災害申請も多く担当してきた松丸弁護士は「教育が壊れるか、教師の心身の健康が壊れるか。ギリギリのところまで来てしまっている」と指摘した。

対談に同席した斉藤さんは「給特法は50年前の実態と変わらない形で残っているが、今は社会状況が違っている」と法改正の必要性を訴える。

「現状に即して、給特法の改正や廃止を検討していく必要がある。同時に、教員が労働者の権利を主張することは、子ども、そして社会全体のためになると信じて実践していかないといけないと思っています」

●給特法改正、「世論の高まり」が不可欠

今回の本は、当事者である教員に読んでもらうことを期待しているが、著者の2人は法改正を訴えるには「世論の高まり」も不可欠だと考えている。

「先生たち自身は、子どものために頑張っていることを誇りに思うところがあり、そこから逃れられない。時間管理が当たり前になっているところに異常と気づけない状況にもある。だからこそ、保護者や学校の外側にいる周りの人が『教員の働き方はおかしい』と言う必要がある」(内田さん)

ツイッターでは今日も、全国の教員が匿名で日々の業務の苦しさや学校の不満を呟いている。斉藤さんが個人で始めた給特法改正を訴える「change.org」(インターネット署名サイト)での署名活動には、6月11日現在、17000人を超える賛同者が集まった。斉藤さんは訴える。

「教員が労働者の権利を主張することは、ひいては子ども、そして社会全体のためになると信じています。特に現場にいる若い先生たちに訴えたい。若い先生が変えていかないとお先真っ暗。おかしいと思ったら、おかしいと言っていい。そう呼びかけたいです」

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