「人生100年時代」と言われているいま、私たちの働き方も変化しています。世間では盛んに「働き方改革」なんて言われていますが、あなたは今の働き方に満足していますか?

20代ならあと50年、30代ならあと40年くらいは働くことになるかもしれません。 「今の会社で、今の働き方をしていていいのだろうか?」 「キャリアをどう積んでいけばいいのだろうか?」 ふと、悩んでしまうことも。そうして考えていると、本質的な質問にぶつかります。

――そもそも、「働く」ってなんだろう?

答えを知りたくて、『働き方の哲学 360度の視点で仕事を考える』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の著者である、人財教育コンサルタントの村山昇さんにお話を聞いてみました。「働くこと」の本質を解説していただき、キャリア形成において大切なことがよく分かりました。 「働く」ことについて、あらためて一緒に考えてみませんか?


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村山 昇(むらやま・のぼる)

キャリア・ポートレートコンサルティング代表。人財教育コンサルタント。概念工作家。

企業の従業員・公務員を対象に、「プロフェッショナルシップ」(一個のプロとしての基盤意識)醸成研修はじめ、 「コンセプチュアル思考」研修、管理職研修、キャリア教育のプログラムを開発・実施している。

1986年慶應義塾大学・経済学部卒業。プラス、日経BP社、ベネッセコーポレーション、NTTデータを経て、03年独立。 94-95年イリノイ工科大学大学院「Institute of Design」(米・シカゴ)研究員、 07年一橋大学大学院・商学研究科にて経営学修士(MBA)取得。

著書に、『働き方の哲学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『キレの思考・コクの思考』(東洋経済新報社)、 『プロセスにこそ価値がある』(メディアファクトリー)、『ぶれない「自分の仕事観」をつくるキーワード80』 (クロスメディア・パブリッシング)など。

「働く」とは、ものごとの状態を変化させること

村山さんが2018年3月に出版した『働き方の哲学』は、「キャリアとは」「結果とプロセスについて」「目標と目的の違い」など、働くうえで必要な考え方をまとめた、まさに辞典のような1冊です。

働き方について長い間考察を深めてこられた村山さんに、根本的な質問をしてみました。「働く」とは、一体どういうことなのでしょうか?

「いろいろな答えがあると思いますが、私が考える『働く』ということは、『作用する』、あるいは『ある力が発揮され、周囲に影響を与えること』です」と村山さん。

つまり、働くとは、「活動によって、ものごとの状態を変える」こと。そうやって変化を起こすことによって、報酬を得られたり、得られなかったりする。広い意味では報酬を得ないボランティア活動なども「働く」ことに含まれると村山さんは説明します。変化の形には、次の3種類があります。

1. 増減型 A→A±

例えば、自動車の販売。以前の状態より数を減らしたり増やしたりする仕事。

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出典:『働き方の哲学』 村山昇[著]・若田紗希[絵]

2.変形・変質型 A→B

例えば、様々なデータを集めて、分析レポートを作成する。あるいは英語を日本語に翻訳するなど、以前のものから形を変える仕事。

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出典:『働き方の哲学』 村山昇[著]・若田紗希[絵]

3.創出型 0→1

例えば、新薬の開発。今までないものを作り出す仕事。

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出典:『働き方の哲学』 村山昇[著]・若田紗希[絵]

世の中の仕事は、この3種類のどれか、あるいは掛け合わせによって成り立っています。そして、人にはそれぞれ得意・不得意があります。どんどん物を売って業績を伸ばすことが得意な人もいれば、0から新しいものを作り出すことが得意な人もいます。自分の強みを持つ人が世の中に求められる人となるのです。

「20代のうちは自分の強みが何なのか、分からない場合も多いと思いますが、仕事をしていくなかで、だんだん見えてきます。成果が出ているもの、あるいは周囲から評価されるようなものが自分の強みです」(村山さん)

何のために働くのか? 30代後半までに自分の「仕事観」を育てる

「働く」ことは、何らかの変化を起こすことだと分かりました。では、数十年間働き、キャリアを形成していくうえで、大事なマインドとは、何なのでしょうか? 村山さんは、その考え方として、キャリアを作る要素を3層1軸で説明します。

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出典:『働き方の哲学』 村山昇[著]

1層目=何を持つか(have)

知識や技能、資格、人脈。これは日ごろ業務をする上で必要な能力や資産です。

2層目=どう行うか(do)

持っている知識やスキルをどう成果に結びつけるか。行動特性や思考のことで、人事用語では「コンピテンシー」とも言われます 。

3層目=どうあるべきか(be)

「仕事観」や「人生観」のこと。自分の根底にあるマインドの部分です。

第1層は目に見えやすいのですが、下にいけばいくほど、見えづらくなります。自分は何のために働くのか、という第3層の「観」を、30代後半までに育てることが大事だと村山さんは言います。

そして、ゆるがない「観」を醸成できれば、自分自身が何を目指すの「軸」が生まれます。これは仕事をする目的や目標、夢や志といってもいいでしょう。この軸が第三層の「観」から出ていることが理想的です。

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Image: 村山 昇

そうすれば、人事異動や上司が変わるなど、外的要因によって振り回されることがなくなります。むしろ、その外的要因を利用するような働き方ができるようになるのです。

■会社と自分は平等だと考えてOK

会社員はどうしても「雇われ意識」が大きくなってしまいますが、「これは人生100年時代の最大の敵」だと村山さんは言います。

会社と自分は平等だと考えてOK。そのためには、どこからも求められる力、エンプロイアビリティ(雇われ得る力)を身に着けることが大切です。 これまでは、新卒で入った会社をまっとうすれば良かったのですが、人生100年時代となると、定年後も働かなければなりません。雇われ意識のまま60歳まで働いてしまうと、定年を迎えたあと、何をしたらいいのか途方に暮れてしまうことになります。

■キャリアを積んでいく上で、やってはいけないことは

「好き嫌いの感情で安易に転職すること」だと村山さんは言います。軸や観がないまま、「上司が嫌だから」「なんとなく仕事がミスマッチだから」と感情的なレベルで職場を変えていくと、次の組織でもまた「嫌いな上司がいるから嫌だ」となり、転職を繰り返し、漂流してしまうことになります。そうではなく、観から出た軸をもとに、次のキャリアを考えることが大切。そうすれば、キャリア形成の主導権を自分が握ることができるのです。

■キャリア形成は男女の違いより個人差が大きい

とはいえ、女性の私が気になるのは、出産や子育てというライフイベントをどうとらえるか、ということ。女性は、男性と同じようにはキャリアを考えられないのではないかと思ってしまいます。

これに対して村山さんは、「今は、キャリア形成において男女の違いはほとんどない」と言います。女性でもキャリアを積むことは可能ですし、「男女差よりはもはや個別差の方が大きい」と言います。

出産を機に、自分のキャリアを見つめ直す時間ができます。職場から離れたことで、復職後の軸が明確になったという人は多い」(村山さん)

キャリア形成において、出産や育児をネガティブに捉える必要はなさそうです。

人と会い、名著の登場人物から「観」を育む

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Image: Liderina/Shutterstock.com

では、どうすれば、「観」を養い、自分の軸をつくることができるのでしょうか?

「実は私も、30代半ばまではしっかりとした観やマインドがあったとは言えませんし、軸も出てこなかったんです」と話す村山さん。

そんな村山さんがオススメする観を育てるための方法は、人と会うこと、本を読むこと。

会社員はどうしても世界が狭くなりがちなので、できるだけ会社以外の人と会い、話をすることは視野を広げる助けになります。趣味やボランティア活動などに参加して利害関係のない人との関係性を構築するのもいいでしょう」(村山さん)

とはいえ、人と会うのは限界があるので、読書も有意義です。読書といっても、ビジネス書やハウツー本ではなく、村山さんが読んできたのは、名著と呼ばれる小説です。

例えば、ドストエフスキーの『罪と罰』。でも、これは非常に難解な本です。そこで、物語が生まれた背景を知るためにドストエフスキー自伝や人物伝を読む。また、罪と罰の読み解き方を解説した書籍も多く出版されています。このような周辺本を3~4冊読んでから本編を読むと、理解が深まるといいます。

小説のストーリーをただ追うのではなく、登場人物の人間味や深み、を味わう。そうして心に響いたものを書き留めていく。そうすると、自分の中に人生観や仕事観が醸成されていくはずです」(村山さん)

NHKのEテレで毎週月曜日に放送されている番組「100分 de 名著」は、短時間で濃密な内容で世界中の様々な名著を紹介しています。このような番組を見るのもオススメと村山さん。

日々意識していると、必要な出会いが引き寄せられる

現在は、会社から独立し、人財教育コンサルタントとして活躍する村山さんですが、実はここに辿り着くまでに、4回の転職を経験しています。 30代半ばまで大手経済系出版社で働き、編集長も務めました。時代の先端の情報を取材して発信する毎日は楽しいものだったと振り返ります。 しかし、7年間も続けていると、このままこの仕事を続けていくのかとふと立ち止まりました。毎月書いた記事は情報として消費され、残っていきません。村山さんは、もう少し積み上がっていく実感が持てる仕事をしたいと考えました。

そんなとき、たまたま出会ったのが、中国のことわざ。

「1年の繁栄を願うなら、作物を植えなさい。10年の繁栄を願うなら、木を植えなさい。100年の繁栄を願うなら、人を育てなさい」

このことわざを知り、自分は人を育てる教育の仕事に携わりたいという、軸のヒントを得たという村山さん。それが現在のキャリアにつながっています。教育についての経験を積むために、知り合いが働いていた教育系の企業へ転職したのは、36歳のときでした。

「すぐには自分の軸が見つからなくても、日ごろから意識していれば、転機となる人や言葉に出会えます」と話す村山さん。その引き寄せのことを「セレンディピティ」といいます。

何より大事なのは、自分の観をじっくり育てること

繰り返しになりますが、大事なことは、その仕事にフィットするかどうかではなく、自分の観をじっくり育てること。そのうえでキャリアを積んでいけば、納得のいくキャリア形成ができるのです。

忙しさに埋没すると、すぐに5年、10年経ってしまいます。社会に出て多くの人と会い、生き様を知る読書をして、ぜひ観を育て、自分の軸を見つけてください」と村山さんはアドバイスをくださいました。

村山さんのお話を聞いて、働くことの本質を見つめ直すことができました。 皆さんは、どんな「観」や「軸」を持っていますか? ぜひ、忙しい毎日から一度立ち止まって、自身のキャリアについて、考えてみてはいかがでしょうか。

Image: Matej Kastelic/Liderina/Shutterstock.com