Googleの検索結果に並ぶ「嘘」に、ブリタニカ百科事典はChrome拡張で挑む

Google検索の結果表示にしばしば登場する「強調スニペット」。質問への答えを簡潔に表示してくれる便利な機能だが、引用元の内容が間違っているせいで虚偽の情報が表示されることもある。こうした「嘘」に立ち向かうため、250年の歴史をもつブリタニカ百科事典がChrome向け拡張機能を発表した。ここにきて動き出した老舗企業の真意とは?
Googleの検索結果に並ぶ「嘘」に、ブリタニカ百科事典はChrome拡張で挑む
PHOTO: MARIO TAMA/GETTY IMAGES

かつてグーグルは、自社の検索サーヴィスに大きな変更を加えた。ユーザーが検索したキーワードに対する検索結果を、最上部の「強調スニペット」と呼ばれる欄に直に表示しはじめたのだ。これによって、ユーザーは質問の答えをいちいちクリックしなくてもよくなった。

もともと、これは時短のために始まった対策だった。しかし、それはやがて誤解や間違った情報の発信源へと姿を変えてしまった。信頼できない情報源を、グーグルが頻繁に検索結果に出してくるせいだ。

件のスニペットは、あるときはバラク・オバマをアメリカ合衆国の「王」と宣言し、またあるときは「恐竜」を「人々に地球が数百万歳だと吹き込むために利用されてきた生き物」だと説明した

これは現代ならではの問題だ。そしてこの問題への解決策のひとつは、250年の歴史をもつとあるビジネスがもっているかもしれない。『ブリタニカ百科事典』だ。

ブリタニカがChrome拡張の提供に動いた

スニペットは完全な悪者ではない。Google検索に「Why is the sky blue?(なぜ空は青いのか)」と聞くと、「青い光が地球の大気中の細かいチリにぶつかって空いっぱいに散らばっているから」とNASAから引用したきちんとした理由を教えてくれる[編註:英語版の場合。日本語では別の結果が示される]。

しかしほかの出来事については、回答にWikipediaや適当なブログからの誤った情報が引用されることも多い。こうした失敗を、ブリタニカは「Google Chrome」向け拡張機能「Britannica Insights」で減らそうとしている[編註:現在は一部地域のみ対応]。

このBritannica Insightsは、グーグルのスニペットを正確な情報に置き換えてくれる拡張機能だ。機能を追加した状態で検索をかけると、グーグルのスニペットの上や横にブリタニカ百科事典からの情報が表示される。

このツールは、特に科学や歴史に関する質問と相性がいい。逆に、政治に関するフェイクニュースなどを回避する助けにはならないだろう。

また「アレックス・ジョーンズとは」などと検索しても、ブリタニカは効力を発揮しない(百科事典なのだから問題ないのだ)。彼らは、あくまでウェブ上の偽情報との共闘に一役買いたいだけなのだという。

「あるひとつの組織が変化を生むわけではありません。ほかの検索エンジンやソーシャルメディアネットワークなどとも、ぜひ一緒に取り組みたいと思っています」と、2017年にエンサイクロペディア・ブリタニカ・グループの最高経営責任者(CEO)に就任したカルティク・クリシュナンは言う。「きちんと検証された情報を載せているのはブリタニカだけだ、などと言うつもりはありません。世のなかには良い情報源がいくつもあるということを、世界中の人が知るべきなのです」

「Britannica Insights」追加後の検索結果。IMAGE BY LOUISE MATSAKIS

たびたび問題になるグーグルのスニペット

Britannica InsightsはWikipedia全盛時代において、ブリタニカにある種の「妥当性」を与える可能性も秘めている。

Facebookやグーグル傘下のYouTubeといった多くのプラットフォームが、確実な情報提供をするという目的でWikipediaを使っている。Wikipedia上の情報はクリエイティヴ・コモンズ・ライセンス(CCライセンス)になっているため、このヴォランティアたちが編集する“百科事典”を、テック企業はいかなる目的にも使えるのだ。音声アシスタントやほかのタイプの人工知能もその一例だ。

一方、テック企業はブリタニカに頼ろうとはしない。その理由のひとつは、非営利組織のウィキメディア財団とは違い、ブリタニカが営利企業であることだ。

多くのメディアビジネスと同様に、ブリタニカは広告ビジネスや有料メンバー限定コンテンツを運営している(ただし、同社いわく拡張機能からはデータを一切集めていないという)。

Wikipediaとは違い、ブリタニカはビジネスモデルをもつことによって記事を編集する社員に給料を払っている。ブリタニカが近年グーグルの頭を悩ませている“デジタルヴァンダリズム”の影響を受けないのはそのためだ。

ついこの間も、怒りに燃えるカリフォルニア共和党のメンバーが、グーグルのスニペットで党のイデオロギー(思想)が「ナチズム」になっていることを発見した。悪質な編集者が、Wikipediaに嘘の情報を書いたためだった。

グーグルのスニペットは、定期的にこうしたトラブルに襲われている。しかし、この事件はカリフォルニア州での予備選挙の数日前に起きたため、特に危惧された。

さらにその翌日には、また別のスニペットで同州の議員のひとりを「BIGOT(宗教や人種、政治などについて頑固な偏見をもつ人)」呼ばわりしていた。これは2012年のあるブログ投稿からの引用だった。

間違った情報を引っ張ってくるだけではない。「The Outline」が報じたように、グーグルのスニペットは検索エンジンからのトラフィックに頼るオンラインメディアビジネスへも影響を与えている。

こうしたトラブルにもかかわらず、グーグルはこの機能を削除しようとしないだろう。ユーザーを自社プラットフォームにとどめておく手段であるだけに、特にである。

グーグルよりも長い、ブリタニカとインターネットの歴史

強調スニペットの情報はほとんどの場合正しく、簡潔明瞭だ。また音声アシスタントの普及が進めば、その重要性はさらに高まるだろう。

ブリタニカはこうしたことをすべて理解している。それゆえ彼らは、ひとり黙々とさまざまな項目に関する記事を書くよりも、強調スニペットをめぐるゲームに参加することを選んだのだ。

ブリタニカが突然ウェブツールを開発しはじめたのは、不思議に思われるかもしれない。5年前に印刷版が廃止されたとはいえ、ブリタニカはハードカヴァーの百科事典で有名だ。

しかし、ブリタニカとウェブの長い歴史も忘れてはいけない。ブリタニカがインターネットに進出したのは1994年。グーグル設立の4年前であり、Wikipedia設立の6年前だ。

今回のChrome拡張機能だって、最初のオンライン実験などではない。2008年、ブリタニカはWikipedia同様に誰でも編集に参加できる仕組みをつくろうと試みた。Wikipediaとの違いは、同社の編集スタッフによる承認が必要だったことだ。

少なくとも歴史的なトピックに関しては、Britannica Insightsはグーグルのスニペットよりも上手に関連する情報を表示しているように感じられる。

例えば「フランス革命(French Revolution)」の検索結果では、関連する重要な出来事や人物、トピックへのリンクのリストが表示される。時間のない学生にとっては便利な資料になるだろう。ちなみにGoogle検索の結果では、右側に出る「ナレッジパネル」に「American revolution(アメリカ独立革命)」へのリンクも示されていた。


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TEXT BY LOUISE MATSAKIS

TRANSLATION BY ASUKA KAWANABE