2018年4月の新規求人倍率は2.37倍と、活況な転職市場。売り手有利ですが、安易に会社を選ぶと、「転職後に倒産してしまった」とか「成長性がなく仕事がつまらない」といった、最悪の事態が起こってしまうかもしれません。

最近は転職口コミサイトなどでも情報収集をできますが、上場企業であれば実は誰でも手に入れられて、その会社の現状がわかるものがあるのです。それが、決算書です。

「難しいし、自分には関係ない」と思ったあなた。最近はビジネス誌でも決算書の読み解き方が特集されるなど、ビジネスパーソンの新たな教養になりつつあることをご存じですか?

ビジネススキルを高めつつ、転職先の会社の状況を正しく知ることができる決算書。今回は転職先を見極めるという視点から、実際の企業の決算書を例に、読み解き方を解説します。

決算書で会社の成長性、収益性、安全性を見極める

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Photo: ライフハッカー[日本版]編集部

そもそも、なぜ転職に決算書の知識が必要なのか。グロービス経営大学教授でファイナンスに詳しい佐伯良隆(さえき・よしたか)氏は、「決算書には投資家に向けたウソのつけない数字が書かれているので、会社を丸裸にすることができます」と語ります。

特に、転職といった視点でみるときには、成長性収益性を決算書から読み解くべきだと言います。確かに、成長しない会社に転職しても未来はないし、成長していても収益性が低くければ、給料も安くなってしまうでしょう。

「さらに重要なのは、決算の数字から、安全で倒産の恐れがないかを見極められること」と佐伯氏。つまり、決算書から①成長性、②収益性、③安全性を読み解くことで、転職先に適しているかどうかを判断する材料になるのです。

「転職活動はその会社で働く従業員目線になりがちですが、その会社に投資するかどうかを考える株主目線で考えるのもひとつの手段。決算書を分析して、投資してもいいと思える企業は、長期的にみると働きたい企業と同じだと思います」(佐伯氏)

とはいえ、そもそも決算書を読んだことがないという人も多いことでしょう。佐伯氏は「決算書とは財務諸表のこと。会社の成績表みたいなもので、主に損益計算書、賃借対照表、キャッシュフロー計算書の3つがあります」と教えてくれました。

「損益計算書」とは、「収益(売上)」「収益を上げるためにかかった費用」「利益」の詳細を表すもの。佐伯氏によると「損益計算表は運動成績表と考えればわかりやすい。収益は身体を動かした運動量、費用は無駄な動き、利益はタイムなどの成果。無駄なく体を動かして良いタイムを叩き出すのが良いアスリート=会社です」とのこと。

「賃借対照表」は、「会社の資産」「負債・純資産」の詳細を表すもの。単純にいえば、資産=負債(借金)+純資産(返済義務がない株主からの資金)となります。「賃借対照表は、健康診断書といったところ。資産が筋肉や脂肪にあたり、負債・純資産が骨格です。つまり、この内容をみれば、その体が脂肪まみれなのか、筋肉質なのかがわかります」と佐伯氏。

「キャッシュフロー計算書」は、売上や儲けを出すための「営業活動」と事業を大きくするための「投資活動」、お金が足りなくなったときに調達したり調達したお金を返したりする「財務活動」の詳細を表すもの。簡単にいえば、現金の出入りがわかります。佐伯氏曰く「キャッシュフロー計算書は、血液検査の結果。お金は会社の血液。体で十分な血液が作られないまま筋トレ(投資)しつづけると失血死、つまり倒産することさえあり得ます」。

初心者は決算短信から情報をゲット。「スタートトゥデイ」で検証してみた

佐伯氏の説明で決算書の大枠は想像できましたが、それでもまだ難しいと感じているあなた。そんなときに役立つのが「決算短信」です。正式な決算書( 有価証券報告書 )は決算日から3カ月以内に発表されるのですが、「決算短信」は決算時の発表内容を速報的にまとめたもの。財務諸表に値するものがコンパクトにまとめてあり、投資家も参考資料にしています。「初心者なら、決算短信から会社を読み解くのがオススメ」と佐伯氏も語ります。

では、ここからは実際の企業の決算短信を見ながら、どのような会社が転職に向いているかを見極めていきます。今回取り上げるのは、洋服のオンラインショッピングサイト『ZOZOTOWN』を運営する『スタートトゥデイ』の決算短信です。この会社で、「成長性」「収益性」「安全性」を見ていくことにしましょう。

成長性を見るには、まずは売上高と伸び率を確認

まずは「成長性」ですが、これは決算短信の「連結経営成績」にある「売上高」をみます。決算書でいえば「損益計算書」に記載されている部分。

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Screenshot: ライフハッカー[日本版]編集部 via スタートトゥデイ

平成29年3月期は763億9300万円で対前期増減率は+40.4%。30年3月期は984億3200万円で対前期増減率は+28.8%。対前期増減率とは、簡単にいえば、前年よりもどれだけ成長したか。40.4%、28.8%とはなんだかスゴそうですが…。

「日本のGDPの伸び率と比べるとその凄さがわかります(経済協力開発機構による世界経済見通しでは、日本の2018年のGDP伸び率は前年比1.2%と予測)。同じ業界の会社と比較してみると、より具体的に実力が見えてきますよ」と佐伯氏。

ちなみに、決算短信は東京証券取引所が定めるフォーマットで書かれているので、比較も簡単。『ユニクロ』を運営する『ファーストリテイリング』の決算短信をみると、平成29年8月期の売上は1兆8619億1700万円、対前期増減率は4.2%。売上は『スタートトゥデイ』の約20倍ですが、成長率は1/7。成長フェーズが異なるので単純に比較はできませんが、会社が成長しているダイナミズムを求めて転職するなら、『スタートトゥデイ』のほうに分がありそうです。

成長には質も重要。いい成長を見極めるには営業利益が必見

ここで、「成長の質も大切。確認をしておきたいのが『営業利益』です」と佐伯氏からアドバイス。『スタートトゥデイ』の営業利益の対前期増減率は、平成29年3月期は48.0%、平成30年3月期は24.3%。これは、売上高の対前期増減率とほぼ同じです。

佐伯氏によると「もし、売上高の対前期増減率は伸びているのに、営業利益の対前期増減率が伸びていなかったら、売上が利益につながっていないということ。これはバランスが悪い成長なので注意が必要」とのこと。そういった意味でも、『スタートトゥデイ』は、バランスが取れた成長をしているといっていいでしょう。

「売上高と営業利益がわかれば、営業利益率がわかります。売上が多くて営業利益が少なければ、当然ですが営業利益率は下がります。過去の営業利益率の推移をみて、極端に悪化していたら要注意です。ちなみに、製造業の利益率は約10%といわれています。『スタートトゥデイ』は製造業ではないので単純に比較はできませんが、ベンチマークとして日本の有名企業の利益率を知っておくと役立ちます」と佐伯氏。

そこで、先ほどの『ファーストリテイリング』と比較したところ、平成29年度8月期の営業利益率は9.5%、スタートトゥデイの平成30年度3月期の営業利益率は33.2%でした。

営業利益と並んで確認しておきたい総資産

成長の質には、営業利益とともに重要な指標があります。それが、「総資産」です。佐伯氏は「営業利益は会社の運動性能。総資産は体つきそのものです。体が大きくなっているのに運動性能が上がっていないのは、質の良い成長とはいえません」と語ります。それをみるのが「連結財政状態」にある「総資産」。

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Screenshot: ライフハッカー[日本版]編集部 via スタートトゥデイ

『スタートトゥデイ』の平成29年3月期の総資産は557億2000万円、これが、平成30年3月期には707億1800万円になっています。1年で約27%総資産が増えた計算で、売上高や営業利益とほぼ同じ割合。

「バランスがいい成長です。賃借対照表をさらに深読みすれば、現金が増えたのか、設備が増えたのか、体つきの内容まで深掘りすることができます」と佐伯氏。もっとも簡単に体つきをみるには、自己資本比率を確認。自己資本比率は、すべての資産のうち、どれだけ借金でなく自分のお金でまかなっているかを表す数字。ここの数字が大きければ、すぐには倒れない骨太の体といっていいでしょう。

佐伯氏によると、「総資産が多くても自己資本率が低ければ、貧弱な体つきをロボットスーツで大きく見せているようなもの。『スタートトゥデイ』の自己資本比率は57.7%、一般的に3割を超えていることが目安なので、十分、健全な身体を持つ会社と言えるでしょう」とのこと。

現金がなければ、増収増益でも倒産することがある

最後の成長の質の見極めは、現金がどれだけ増えたか。佐伯氏によると、「売上があって利益が出ていても、キャッシュを生んでいない、現金が増えていない企業は意外と多い。増収増益でも倒産するケースもある」のだとか。

その理由は、棚卸資産(商品の材料や在庫等)の増加や売掛金の未回収などいろいろありますが、とにかく現金がなければ決済ができずに、不渡りを出してしまうこともあるのです。

そこで確認しておきたいのが、「連結キャッシュフローの状況」です。これは「営業活動によるキャッシュ・フロー」「投資活動によるキャッシュフロー」「財務活動によるキャッシュフロー」にわかれています。

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Screenshot: ライフハッカー[日本版]編集部 via スタートトゥデイ

「営業活動によるキャッシュフロー(営業CF)」は、どれだけ本業でお金を生み出しているのか 。

「投資活動によるキャッシュフロー(投資CF)」は、どれだけ投資にお金を掛けているのか。

「財務活動によるキャッシュフロー(財務CF)」は、どれだけ借金したり返済したりしているのか。

「営業CF」がプラスなら本業で現金を得ることができており、マイナスの場合は現金が出ていっているということ。

「投資CF」がマイナスの場合は、稼いだお金で設備投資などを行っており、プラスの場合は資産を売って現金を得ていることなります。

また、「財務CF」がプラスなら借金をしており、マイナスなら返済をしていると覚えておきましょう。

『スタートトゥデイ』の場合、平成30年3月期の「営業活動によるキャッシュフロー」は198億8200万円。純利益は201億5600万円なので、しっかりと本業で稼いでいるといえるでしょう。

また、平成30年3月期の「投資活動によるキャッシュフロー」は、マイナス82億1900万円。これは、成長に向けた研究や設備投資にお金を支払っているとうこと。そして、平成30年3月期の「財務活動によるキャッシュフロー」はマイナス92億1500万円で借金を返済していることがわかります。

「本業で稼いだお金を成長に向けた投資に振り当てて、借金の返済も行っていることがわかります」と佐伯氏。営業CF、投資CF、財務CFの順に、「プラス」「マイナス」「マイナス」となっているのが、通常健全な状態と言えるので、まさにこの法則に則っています。

このように「成長性」がわかれば、「収益性」「安定性」も自ずとわかってきます。例えば「収益性」は成長の質の項でみた「営業利益率」で、「安全性」は自己資本率から判断することができます。

決算書を読めば、もっとその会社のことを知りたくなる。

余談ですが、収益性が良くても、社員に還元されていなけば給料は上がりません。これを確認するには、「損益計算書」にある「給料及び手当」をみてみましょう。『スタートトゥデイ』の場合、「給与及び手当」は62億3600万円労働分配率(営業利益に対して、給与が占める割合)を計算するには、「人件費 ÷ 付加価値 ×100」という数式が用いられますが、簡易的には、 「人件費÷(営業利益+人件費)×100」 でわかります。『スタートトゥデイ』の場合は、労働分配率は約16%(=62億円÷388億円×100)です。

同じ業界でみるとファーストリテイリングの分配率は約65%、オンワード樫山は約90%以上。一見、高いといいように見えますが、成長や総資産を厚くするために資金を回すことができず、高すぎるとそれはそれで事業に伸び代がないとも言えそうです。

『スタートトゥデイ』の分配率が低い理由のひとつには、 従業員の基本給とボーナスは一律で、役職給で差が付くといった独自の制度の影響があるのかもしれません。平均給与は会社四季報などでも確認可能ですが、分配率を知ることで、その会社の給与に対する考え方を知ることができそうです。

決算書をみると、成長の背景やお金の使い方など、数字だけでは見えてこないことが気になり、知りたくなるはず。その疑問を調べると、さらにその会社を深く知ることができます。決算書の読み方の基本を抑えておけば転職したあとの企業研究にも役立つので、一度挑戦してみてはどうでしょうか。


Screenshot: ライフハッカー[日本版]編集部 via スタートトゥデイ

Image: catshila/shutterstock

Photo: ライフハッカー[日本版]編集部

Source: 厚生労働省スタートトゥデイファーストリテイリング