いまも昔もSXSWは「ゲリラ戦」──井口尊仁が語る、日本人とオースティン

日本の大企業が相次いで出展を続ける、米国の世界最大級のカンファレンス、サウスバイサウスウェスト(以下、SXSW)。2011年から日本での草の根の啓蒙活動を続けてきたシリアルアントレプレナーが、今年のSXSWを振り返りながら、その場所の特異性と普遍性を語る。
いまも昔もSXSWは「ゲリラ戦」──井口尊仁が語る、日本人とオースティン

井口尊仁|TAKAHITO IGUCHI
1963年生まれ。立命館大学文学部哲学科卒。2009年に、世界をAR空間化する「セカイカメラ」をローンチし、世界80カ国で300万ダウンロード突破する。サンフランシスコに住みながら起業家として活動し、現在は音声会話を自動で「可視化」するサーヴィス「Transparent」のローンチに向けて準備中。2011年からSXSWに出展し、日本に同カンファレンスを啓蒙する活動を続けてきた。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

「SXSWに出展する日本企業に対する批判は、確かにあります。その人たちは、大企業の出展が多くなっていてスタートアップに活気がないと言う。そういうやつらには、正直なところ怒りがこみ上げてきますね」

2018年3月に米国のオースティンで開催された世界最大級のカンファレンス「サウスバイサウスウェスト(以下、SXSW)」。サンフランシスコを拠点とする日本人起業家として知られる井口尊仁は、自身の新しい「会話共感化」サーヴィス「Transparent(トランスペアレント)」を同カンファレンスでお披露目したのちに一時帰国し、こんな怒りをぶつけてくれた。

2007年にTwitter、09年にはFoursquareが華々しいデビューを飾ったことで知られるSXSW。近年は推定の来場者が40万人を突破し、その勢いはとどまるところを知らないようにみえる。一方でその結果、イヴェントとして肥大化し、メジャーになりすぎたという声も聞こえる。事実、SXSWで大規模なライヴコンサートを行ってきたSpotifyは、17年からその取り組みを縮小している。

この間に井口は、「AR」や「ウェアラブル」といったバズワードが根づく前にアイデアを打ち出し、それらの事業化に奮闘してきた。たとえば、08年に発表したスマートフォンアプリ「セカイカメラ」は拡張現実(AR)の先駆けとして注目されたものの、サーヴィスは14年に終了。その後は13年にコンセプトを発表したメガネ型のウェアラブル端末「Telepathy」、音声コミュニケーションアプリ「Baby」などの開発を経て、18年に「Transparent」を発表した。

これらの開発過程においても、井口はSXSWから影響を受け続けてきたという。リテラシーの高いユーザーがが街全体に集まるSXSWでは、世界中のスタートアップがソーシャルサーヴィスの「野良実証実験」を行う。

そのダイナミズムを肌で感じとってきた井口は、SXSWの存在を日本に根づかせるため、実はここ10年に渡り、カフェを貸し切っての啓蒙イヴェント、SXSWに向けたプレゼンテーションの「特訓」や、参加した日本企業の報告会など、さまざまな草の根で活動を続けてきた。

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『WIRED』日本版は、2012年に井口とともに「WIRED大学 特別公開講座 ジャパニーズスタートアップ~SXSWオースティンの変」と題されたイヴェントを開催し、そのSXSW啓蒙活動に協力したこともある。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

そんな井口にとって、SXSWが「終わった」という評価は聞き捨てならないものだった。彼は、そのアイデアの「先見性」と軽妙な語り口ゆえに、“酔狂人”とも見られることもある。だが、こうした地道な活動を通してSXSWの価値をアピールしてきた井口の言葉には、普段とは異なる重みがあった。

井口がSXSWに「惚れた」理由

なぜ、彼はそこまでSXSWに惚れ込んだのか。井口が初めてSXSWに足を運んだのは、2011年のこと。彼は当時、ARコミュニケーションサーヴィス「DOMO」を引っさげての参加を予定していた。しかし、彼がオースティン空港に着いたのは、東日本大震災が発生した3月11日だった。

「バタバタしたなんてもんじゃないですよ。日本の起業家が10人くらい来ていたので、ホテルに集まって話し合い、募金活動をしようと決めました。結果、2,000万円くらいの資金が集まったんです。さらに、同時並行でSXSWの運営も、いろんな支援活動をやっていて……。そのとき、決めたんです。恩返しとして、トータル1,500人の日本人がSXSWに来るまで、日本でのSXSW啓蒙活動を盛り上げると」

井口が日本で前述のような活動を続け、来場者のトータルが1,500人を越えたのは、昨年2017年。さらに、今年は1,000人以上の日本人が来ているのではないかと井口は予想する(18年度は単年で日本人の参加数が1,500人を超えた)。07年にSXSWでTwitterが世に出てから丸10年以上、ようやく日本人にも春のオースティンが根づきはじめてきたと井口は胸をなで下ろす。しかもその間に、SXSWチルドレンといえるような日本人起業家も生まれているのだという。

SXSWで世界のスタートアップが軒を連ねるトレードショー(見本市)。初めて参加するスタートアップにとっては、同カンファレンスを知るための足がかりとなる。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

学びの場としてのSXSW

実際にSXSWで、日本の起業家はどのような影響を受けるのか。SXSWは実証実験の場所として機能するだけではなく、ここでしか体験できない「学び」に満ちているのだという。

「SXSWでは、スタートアップが様々な試みをしています。偽物の電話ボックスをつくって、そこでアプリを体験させたり、謎のTシャツをとにかく配ってマーケティングをしたり。サーヴィスをローンチするために、どうしたらいいかを学ぶにはうってつけの場所なんです。いまや誰もが知るスマートニュースの創業メンバーたちは、そこで刺激を受けてきました」

なかでも、世界的な投資ファンド「500 Startups Japan」から投資を受けるVR企業・DVERSEのCEOとして知られる沼倉正吾が、SXSWで行っていた「ゲリラ戦」を井口は忘れられないという。当時、位置情報を活用した宝探しアプリ「Zakuri」を手がけていた沼倉は、オースティンにAmazonギフトカードを「埋め」、それが発掘できるようにして話題を呼んだのだ。

「日本でよく行われているピッチバトルでは、スタートアップにはピッチの瞬間しかチャンスがないですからね。SXSWだと、10日間以上の会期の間、警察に捕まらなければ何をやってもいいといっても過言ではありません。オースティンの風土は、ニューヨークやサンフランシスコでやれば捕まってしまうようなことも許してくれますから」

ただ、2016年から17年にかけて、SXSWがメジャー化したのも事実だ。ソニーなどの大企業が出展したこともあって「ビジネスっぽさ」が増えたという声もある。ただし、それはSXSWの一部しか見ていないがゆえの批判だと井口はいう。

「『ハウス』と呼ばれる大企業が出展する家のような大きさのブース、数千のトーク・パネルセッション、スタートアップが出展するトレードショー(見本市)、そして40万人が訪れる街全体のお祭り感……。それが合わさったものがSXSWです。大企業の出展がニュースとしては目立つかもしれませんが、全体の雰囲気が変化することはないんです」

よく比較されるCES(コンシューマーエレクトロニクス・ショー)と比較することは、そもそもできないものというのが、井口の持論だ。SXSWは完成したプロダクトを「評価」される場所ではない。勢い良く、粗削りなアイデアをぶつける場所なのだ。そこでは、何よりも「速度」が重視される。

もともとクライアントワークを主に活動してきたコネルの出村光世は、自分がやりたいことを世に問うため、今回SXSWへの出展を決意した。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

アイデアの塊をぶつけろ

2018年のSXSWのトレードショーに共同出展した、光でライヴやスポーツを演出するデヴァイス「PLAYJACK」を手がけるコネルの出村光世との出会いは、その際たる例だという。出村は井口との出会いを、こう語る。

「デヴァイスを体感してもらうために卓球台を置こうと思い、勢いで大きなブースに申し込んだのですが、小型化しないと日本から輸送できないことがわかりました(笑)」

これがドラマティックなミスになった。ミートアップイベントにて余ったブースを借りたい人を募ったところ、井口が参加することとなった。開催の2週間前の出来事だった。

「もう1人、ADHD患者向けのAIアシスタント『HoloAsh』を開発していた岸慶紀くんも、すぐに連絡をくれたんです。『Transparent』は音声での会話を画像に変換するウェブサーヴィスですし、3人ともまったく違うプロダクトですが、何度かヴィデオ会議を経ることで『Beyond Words(言葉を越えて)』という共通のコンセプトを見いだすことができました」

今回が初出展という出村にとって、SXSWという現場は大いに価値があるものだったという。トレードショーでは毎日100回以上ピッチを行い、受けたフィードバックは毎晩コードを書き換え改善を続けた。するといつしか、朝もらった意見を夕方には反映できるほど対応速度が上がっていた。こうしたスピード感を浴びることこそが、SXSWの肝なのだ。

出村光世がSXSWに出展したブースで、卓球を楽しみながらプロダクトに触れる来場者たち。見本市とは異なり、映画・音楽祭も開催されるため子ども連れも多い。

そして大企業も、その流儀を学んでいる。出村は、自社のプロトタイプを展示していたパナソニックの「ハウス」を訪れた経験を、こう語る。

「彼らは躊躇なく未完成のプロトタイプを持ち込んでいました。例えばペット用のIoT電動歯ブラシを展示していたチームの人は、飼っている犬でテストしていると聞きました。大企業が製品化前の段階で世界に向けて実験するという感覚に刺激を受けました」

「ゲリラ戦」は拡大する

大企業がスタートアップがいる場所にやってくると、そこは面白くなくなるのか? それは違う。大企業は、オースティンで大企業のように振る舞っても意味がないことをすでに知っているからだ。

時間をかけてつくりこむのではなく、突発的な勢いで世に問いかける。そんな「ゲリラ戦」の様相は、SXSWではいまだに顕在だ。井口は言う。

「大企業がスタートアップ的になったからといって、そこから出ていくのはナンセンスです。ゲリラは、ゲリラだからゲリラなんです。大きな敵を越えるような方法を探すのが、スタートアップのやり方のはずですから」

井口が初めてSXSWを訪れてから、8年。当初10万人程度だった動員数は40万を越え、2つしかなかった会場は、数えきれないほどに増えた。大企業もスタートアップも入り乱れ、より規模が拡大した「ゲリラ戦」。来年もオースティンは圧倒的な勢いを感じられる場所になりそうだ。

取材の朝、SXSWの縁で井口と知りあった出村は「Transparent」のプロジェクトにジョインすることが決まったという。井口はこれも「SXSWマジック」だと笑っていた。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

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TEXT BY SHINYA YASHIRO