こんにちは、メンズファッションライターの丸山です。

世界に1つしかない時計や、博物館クラスの貴重な時計を集めている人とはいったいどんな人なのでしょうか? 今回は、目まぐるしくテクノロジーが進化する現代においても不変の価値を誇る、「ヴィンテージウォッチ」の世界を皆さんとのぞいて見たいと思います。

お話をお伺ったのは、著名なオーストリア人の時計コレクター、フレッド・マンデルバウムさん。さまざまなブランドのクロノグラフ(ストップウォッチ機能付きの時計)にフォーカスして収集しており、フレッドさんのinstargram(インスタグラム)のアカウント@watchfredは、時計ファンにとっても垂涎物のコレクションが並ぶことで有名です。

そのコレクションの中でも特に、以前こちらの記事で紹介したスイスの高級腕時計メーカーブライトリングのヴィンテージコレクションは群を抜いて素晴らしく、世界で随一と言えるでしょう。なんと、ブライトリングが1939~78年の間に発表した時計を、ほとんどコレクションされています。

ヴィンテージウォッチコレクターになったきっかけ

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この日フレッドさんが持ってきてくれた、1930年代~60年代のヴィンテージウォッチの数々。左から、コパイロット AVI Mk3, ref. 765CP – 1965年/コパイロット AVI DIgital Mk1, ref. 765AVI – 1953年/コスモノート “キング フセイン” – ca 1965年(18金ソリッドゴールド、ヨルダン国王"フセイン1世・ビン・タラール"のために特別につくられたもの)/クロノマット “マリオ・ランツァ” – ref. 786 – ca. 1950年(ソリッドゴールド。アメリカの俳優・オペラ歌手"マリオ・ランツァ" が所有していたモデル、クロノマット)/Breitling 8 パイロットウォッチ ref. 768 – 1946年/プルミエ ref. 777, 18金ソリッドゴールド – 1945年
Photo: Okihiro Mori

丸山(筆者): 先日、ブライトリングの新作発表の会場でも拝見しましたが、やはりすばらしいコレクションですね! フレッドさんがコレクターになったきっかけはなんだったんでしょうか?

フレッドさん(以下フレッド): 私は長年ITやテクノロジーに関わる仕事をしてきたのですが、半年に1度はすべてが新しくなり、新しい技術が古い技術を必ず淘汰する世界に身を置いてきました。

しかし、時計の内部に使われている技術というのはそれとはまったく逆で、50年以上同じ技術が使われているんです。「コンプリーテッド・テクノロジー(完全な、完成された技術)」がずっと継承されていく時計の世界は、ITの分野で働く私にとってとても魅力的に映りました。

日本の文化にもそういったスタビリティ(持続性)や美しい技術を大切にして敬う文化が根付いているように感じます。

丸山: 50年以上とは驚きですね! フレッドさんが最初のヴィンテージウォッチを手にされたのはいつごろだったのですか?

フレッド: うーん、1980年代の中盤ですから、もう30年以上も前になりますね。

丸山: 最初の1本もやはりブライトリングでしたか?

フレッド: 実は最初は「ジャガー・ルクルト」でした。

それは、私が時計を集めはじめたころは「アラーム時計」に興味をもっていたからなんです。

※腕時計において“アラーム機能”とは「指定した任意の時刻になると、音を奏でて教える」機能を指す。

丸山: ジャガール・クルトと言えば「メモボックス」に代表される、アラーム時計の大定番ですよね。

フレッド: そうなんです。その後はクロノグラフに興味が映っていきました。ブライトリングのクロノグラフは技術的にもデザイン的にも革新的な存在でしたから、必然的にブライトリングを集めるようになったんです。

良い時計をコレクションする秘訣

丸山: 時計をコレクションする上で、どのような「基準」を持って集めていらしゃるのですか?

フレッド: まず技術的に完成度の高いものであること。それから、「ミュージアムコンディション」と呼ばれるもの、つまり博物館に保管されていたようにコンディションが良いものであることです。

丸山: 保管状態がとても重要なんですね。

フレッド: でも、本当に博物館に保管されてしまうと時計は「死んでしまう」んですけどね。時計にはつけてくれる腕が必要で、常に使われて愛されていないとダメなんです。私のコレクションの中にはこの1本をなくしてしまったら二度と手に入らないものも含まれているので、そんなものを身に着けるなんてクレイジーだ、という人も中にはいますが…。

そして、もう1つは「レア」であること。つまりどんなにお金を積んだとしても、簡単には手に入れられないものであることですね。幸運とご縁に恵まれたおかげで手に入れられた時計ばかりです。

たとえば、この時計はヨルダン国王がブライトリングに特別にオーダーしてつくられたものです。

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Photo: Okihiro Mori

この「コスモノート」自体はブライトリングの公式カタログに同系のものが載っているのですが、純金製のものは他にはないのです。なので当然、シリアルナンバーもありません。つい先週まで私も、この時計が存在していることを知らなかったんですよ。

この純金製のコスモノートは、他に1つだけ存在が確認されています。噂では3つ目もあるという話なのですが、真相はわかりませんね。

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Photo: Okihiro Mori

そして、とても珍しいものとしてもう1つお見せするならこれ。1940年代に作られたのもので、アメリカのスーパースター、マリオ・ランツァが当時つけていたものです。マリオ・ランツァはエルビス・プレスリーより前の時代の人ですが、アメリカの大スターだったんですよ。これがこの世に存在する最後の1本です。どうか、落とさないでくださいね(笑)。

丸山: そんな貴重なものを触らせていただいてありがとうございます。なんだかずっしりとした重みを感じますね。フレッドさんが、いまだに手に入れたいと願っているモデルはありますか?

フレッド: こうお答えすると尊大に聞こえないか心配ですが、ブライトリングに関しては何十年もかけてずっと「このモデルは絶対コレクションに欠かせないものだ」というものをコレクションしてきましたから、1939~1978年の間に生産されたものはほとんど揃えています。

よって、当時のブライトリングに関してはコレクションは完成しているといっていいと思います。コレクターにとっては「狩り」が終わってしまったということは寂しいものでもあるんですが…でもこうやって素晴らしい時計たちを並べて皆さんにお見せできるということは、すごく嬉しい事ですね。

"ヴィンテージ"の定義とは?

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Photo: Okihiro Mori

丸山: 集め始められたころから考えたら、本当に壮大な道のりでしたね。大変基本的な質問で恐縮ですが、「ヴィンテージウォッチ」と定義されるものは、どの期間に製造されたものを言うのでしょうか?

フレッド: ついこの間もスイスに専門家ばかりが集まって議論していたんですが、20年前のものは十分ヴィンテージだという人もいます。これが「クラシック」だと、私が考える時計の生産は1980年代で終わっていると思いますね。専門家によっても意見がとてもわかれるところで、明確に定義するのはとてもむずかしいんですよ。でもやはり大体の人は1970年代までだという人が多いですね。

きっと10年前にこの質問をされていたとしても、同じ答えをしていたと思いますよ。何がヴィンテージかという価値観は、コレクターがいかに収集したいと意欲をそそられるかによって、決まるものですからね。

丸山: なるほど。ところで、こんなにたくさんのコレクションを、どのようにメンテナンスされているのですか? さぞかしお手入れが大変なのではないでしょうか。

フレッド: 正しいメンテナンスのプロに頼むことがなにより大切です。

私がヴィンテージのブライトリングのメンテナンスを安心してお願いできる人は、世界でたった二人しかいません。そのうちの1人はなんと72歳なんですよ。すごく複雑なスキルが必要なのはもちろん、何年もの経験を積んでいないと、必要な正しいケアを判断できません。

そして、とても大切なのが「スペアパーツ」。パーツ取りをするための時計たちが、スーツケースいっぱいどころか、私のオフィスの部屋1つ分を丸々使って収められています。15年後~20年後を見据えて、スペアパーツを確保しておかないといけませんから。

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Image: Breitling_official

丸山: まるでチェスの手を読むようですね。

フレッド: その通り。コレクションだけでなく、人生そのものがチェスだと私は思いますね。

丸山: そういえば、フレッドさんのインスタグラムのプロフィールには「vintage watchs, mostly –and many blue striped shirts(=主にヴィンテージウォッチ。そして沢山の青いストライプのシャツ)」と書かれていますが、青いストライプのシャツはフレッドさんのコレクションとなにか関係があるのですか?

フレッド: 「キャンディストライプシャツ」と呼ばれている縞のシャツが私のお気に入りなんです。実は私が時計のコレクターになったころから、同じく集めているんですよ。いろいろなメーカーのものをたくさん試しましたが、やっぱりブルックス・ブラザーズのものがいいんですよね。時計と一緒で「これ」という形が確立されているものを見つけるというのは、シャツにおいても同じコンセプトだと言えますね。だから、今ではブルックスブラザーズにいくと同じものをダース買いします(笑)。自分の中のスタンダードを決めるという事は私にとって大切なことですね。

丸山: 試しつくした結論、ということですね。

新作「ナビタイマー 8」についてどう思いますか?

丸山: それでは最後にブライトリングが1月に発表した、今までの名デザインを集約した言われる新しい「ナビタイマー 8」の感想をいただけますか?

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Image: Breitling_official

フレッド: とても歴史に忠実ですが、ここ20年ほどのブライトリングのイメージを占めている、"大きくて厚い時計"を見慣れてしまい、そこに価値観が固定されてしまっている人達にとっては理解が難しい時計かもしれません。

ですが主張しすぎないので、より身につける人を引き立たせる洗練された外見や、どんな装いにも合わせやすいという点は高く評価していいと思います。現代のマーケットニーズを反映し、腕につけたときに、より一体感やエレガントさを感じられるデザインだと言えるでしょう。

また、ブライトリングの過去のマスターピース達のエッセンスを取り入れながら、どんどん新しいコレクションを発表していくと新社長のジョージ(ジョージ・カーン氏)から聞いていますから、それもとても楽しみです。

丸山: 過去の良い部分が引き継がれ、そこに新しい歴史が刻まれているんですね。

今日は貴重なお話をありがとうございました。




世界的時計コレクター、フレッド・マンデルバウム氏の語るヴィンテージ・ウォッチの世界、いかがでしたでしょうか。自分の中の「定番」を見つけることを、私も実践したいと思っています。また皆さんに素敵な世界観をお届けできる機会がありますように!


丸山 尚弓(まるやま なおみ)Facebook

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美人すぎるメンズファッションライターとして活動中。メンズファッションを題材とした自身のFacebookは、コメントが女性目線で分かりやすいと好評で、紹介した商品には問い合わせが殺到する。ファッション初心者を「素敵な男性」へと優しく導くことが信条。またファッションだけでなく「人生を豊かにするライフスタイル」をテーマに、男性としてトータルの魅力アップが目指せる記事を発信している。ライター以外の活動として、メンズブランドの企画やブランディングも行う。特技はコミュニケーション力を活かして外国人ともすぐに友人になること。趣味はタウンウォッチと英語での映画。

Image: Breitling_official

Photo: Okihiro Mori

Source: ブライトリング,@watchfred/Instagram