AIは今や特別なものではなく、存在しない生活は考えられません。コールセンターではAIが自動音声認識でオペレーターにつないだり、テキスト化を行なったりしていますし、株取引では自動化を実現しています。このような気づかない所だけでなく、近年はGoogle HomeやAlexaなど、側に置いてまるで友人に話しかけるようにして使うAIが次々と登場し、ますます身近になってきています。

昨年には、ついに2010年から続くプロ棋士とAIが戦う「電王戦」が終了となりました。もはや勝負にならなくなっており、AIは指したときになぜそうしたのか、人間では思いもよらない手を指すことがあるそう。AIをつかえば既存の概念を覆し、さまざまな分野で発展につながりそうです。

そこでAIにレシピを作ってもらうという挑戦的な試みを行っているのが、フレンチ「KEISUKE MATSUSHIMA」の総料理長、松嶋啓介さんと予防医学博士の石川善樹さん。松嶋さんは2017年のはじめ、フランス政府と農業・農産物加工業・林業省から農事功労章chevalierを受勲。日本人でありながら南仏ニースの食材を大切に使い、そこで継承されてきた伝統的なレシピを現代的に表現してきたことが評価されたのだとか。伝統を大切にする料理人がAIを使うのかと意外に思われた方もいるかもしれませんが、最も新しい現代的なツールとしてとらえるならば、AIに行きついたのは自然なことなのかもしれません。

2017年の10月に行われた【 AIなのか 愛なのか? vol.2 】では、石川さんと松嶋さん、そしてAIが一緒になって作り上げたメニューを実際に食べることができました。

AIのプロデュースした料理を味わってみる

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Photo: ライフハッカー[日本版]編集部

コースのメニューは全9品。「バーニャカウダ」「すき焼き」「ハンバーグ」の3品はAIの提案によるもの。そして6品はそれぞれの元となった地域の文化や素材の持つ特性を大切にしつつも、新しさやほのかな遊び心が感じられる趣向をこらした料理。間違いなくおいしいと確信できる期待感と、まったくの未知のものへの好奇心をどちらも満足させる贅沢な食事会となりました。

韓国風バーニャカウダ アンショワイヤード

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Photo: ライフハッカー[日本版]編集部

まず前菜として出てきたのは「韓国風バーニャカウダ アンショワイヤード」。ソースが2つあり、右側が甘辛い味噌、コチュジャンをベースとした韓国風ソース。左が南仏のソース、アンショワイヤード。オリーブオイルにアンチョビ、ニンニクなどが入っています。バーニャカウダというと、味が薄い野菜を濃いソースの味で食べるイメージがあったので、もっと濃い味を想像していましたが、驚くほどマイルド。もしかしたら、普段パンチのある味のものばかり食べている人は、最初は薄いと感じてしまうかもしれないくらいです。でも口の中に入れていると複数の味の存在を感じ、この味は何だろうとソースだけでも舐めていられる感じです。味の「濃さ」ではなく「深さ」を感じました。

AIのリベンジ SUKIYAKI-AI- AIのすき焼き

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Photo: ライフハッカー[日本版]編集部

「AIのリベンジ SUKIYAKI-AI- AIのすき焼き」は2品出てきました。先に左の「韓国風すき焼き」、そして右の「フレンチ風すき焼き」。なぜ「リベンジ」かというと、今回タイトルに「Vol.2」と入っているとおり、AIは前にもすき焼きに挑戦したことがあるからです。ただ、おいしいと言えるものではなかったそうで、再挑戦となりました。でも私は第一回は食べていないので、先入観のない感想となります。

「韓国風すき焼き」は「すき焼き」と言っていますが、肉が入っていません。肉のメニューが続いているので、肉を入れなくてもいいように仕上げたのだとか。甘味と酸味、辛味とさまざまな味がするのが楽しく、具材の白菜とインゲン、それにスープがよく絡む生ワカメもシャキシャキとして心地よい食感を生んでいます。また、かみごたえのある食材のため、噛んでいるうちにスープの旨味が感じられて良い相乗効果になっていました。

「フレンチ風すき焼き」のソースのベースは栗のペースト。フレンチで、栗がそのままの形で肉のローストの付け合わせになっているのは食べたことはあるのですが、ソースとして使ったのは初めて食べました。優しい味のソースの中に深い味わいがあり、肉と共に口に入れた最初の一口はおいしいと思いました。しかし、肉を噛んでいるうちに先にソースを飲み込んでしまい、後味に肉の味だけが残って物足りなくなってしまいました。

料理には「後味」という言葉がありますが、一口目、噛んでいる間、後味といった一連の時間経過を意識した料理はAIには難しいということでしょうか。たとえば、肉を薄切りにしてソースを包む形にしたら、噛んで飲み込むまでの時間差がないので、より一体化しておいしくなるかもしれません。その部分までAI化できるのか、それとも人間の領域なのかが興味深いと思いました。

究極のハンバーグ Kefta ケフタ

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Photo: ライフハッカー[日本版]編集部

「ケフタ」という言葉を聞いたときにイメージしたのが、中東やエジプトへ行ったときに食べた「キョフタ」という、羊のひき肉でできた、香草たっぷりのスパイシーな肉団子。ハンバーグは日本人の多くに愛される人気メニューということで選んだのだとか。こちらも名前から想像したとおり、羊のひき肉と香草が使われています。

焼き目がつけられてからオーブンに入れられてふっくらと仕上がったジューシーなハンバーグは、つなぎが使われていません。強い弾力があるので、時間をかけてかんでいるうちに鼻に抜ける香草の香りと共に、肉そのものの旨味がしっかり味わえます。それゆえ見た目は小さいのに、驚くほどの満足度がありました。

それでは、これらの料理はどのようにして生まれたのでしょうか? 石川さんに詳しいお話を伺いました。

AIの素材提案から料理の形になるまで

石川さんと松嶋さんが作ったAIは、いままでにない「この食材とこの食材はマッチするはず」という組み合わせを提案してくれるもので、レシピそのものを教えてくれるわけではないとのこと。たとえば「バーニャカウダ」の場合は、AIが自分で「バーニャカウダはどうですか」とは言ってくれないので、何の料理を変えるのかをAIに伝える必要があります。そこで「バーニャカウダを、見たことのないオーダーに変えてくれ」と指示を出すと、「こういう食材がいいのではないか」という素材のリストがAIから出され、それを渡されたところから、松嶋さんが実際の料理の形にしていきます。

具体的にリストがどういうものかというと、料理を構成するひとつの素材に対して候補の食材が5~6個提案されます。バーニャカウダの場合は3つの素材からできており、それぞれに5つの食材が提案されているため、合計15の食材から何を選ぶのか、どのくらいの分量を使うのか、そしてどのように調理するのかは松嶋さんの判断によります。

シェフ・ワトソンとどう違うのか

AIシェフといえば、IBMのシェフ・ワトソンについて聞いたことがある人もいるかもしれません。素材のリストをAIが提案してきて、人間の料理人が調理法を考えるという仕組みに関しては石川さんと松嶋さんのAIも同じですが、提案の元になっているデータベースが全く違います。シェフ・ワトソンがアメリカ料理のデータをベースにしているのと異なり、世界各地の料理を集めたワールドワイドなデータをベースにしているそう。色々な国のレシピサイトから情報を集めています。ただしアメリカや日本は料理サイトがたくさんあるので難しくないですが、ほかのアジアの国は料理サイト自体が少なくて苦労したそうです。また、国の大きさや食文化的にインドがないのが気になったのできいてみたところ、インドは言語だけで20以上あるので難易度が高いのだそう。そのうえスパイスの名前がたくさん出てきますが、同じものを指していたということもありえます。

なにはともあれ、東洋の料理を入れたことで、食材選択の重要な基準として「旨味」が加わりました。「西洋ではそもそも旨味の概念がなかったので、シェフ・ワトソンでは必要な要素だなんて思いつかなかったのも不思議ではないですけどね」と石川さん。そして「Vol.1」のときに欠けていて、まずかった要因とされるのが旨味の要素。今回は入れたゆえでのリベンジなのだとか。

また、シェフ・ワトソンがノベルティ(新しさ)を重視しているが、石川さんと松嶋さんのAIはクオリティを重視しているともおっしゃっていました。「ノベルティとクオリティはトレードオフの関係です。みんながおいしいと感じるクオリティの高いものは馴染みのあるものが多いんです。そこから離れると、クオリティが高くなくても新しいものをおいしいと感じてしまうので、そこのバランスを上手くとならないといけません。そしてバランスをとるためには、『旨味』が重要だと考えています」

旨味×香りを基本として最高の料理を追求する

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「究極のハンバーグ」が中東の「ケフタ」になったように、トルコ料理はどちらの数値も高い。
Photo: ライフハッカー[日本版]編集部

AIが提案する考えの元となったのは、上の相関図。世界から集めた料理のデータベースを分析して、香りの強さと旨味の強さから、それぞれの国の料理の特徴と他の国との関係が見えてきます。X軸に「香りペア」、Y軸に「うまみペア」と書いてありますが、X軸は同じ香りの成分を組み合わせているほど、Y軸は異なるうま味を組み合わせているほど数値が高くなります。

フランス料理は旨味が強そうなイメージがあったので、「うまみペア」の数値が低いのは最初見たとき意外に感じましたが、フランス料理はひとつの旨味を使った料理が多いのだそう。たとえばラタトゥイユですが、野菜は炒めて旨味が出されており、トマトも旨味が強い食材ですが、味付けは塩だけで野菜由来の同じ旨味のみなので、Y軸の数値は低くなります。一方、同じ野菜料理でも、和食では煮物に鰹の出汁(イノシン酸)と醤油(グルタミン酸)を加えるように、異なる旨味を組み合わせるのが東アジアの料理の特徴だそう。同様に香辛料が強いイメージのある韓国の「かおりペア」の数値が低いのも、全く違う香り成分の食材を組み合わせているからとのこと。

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確かに、と思い浮かんだのが新潟のお正月に食べる郷土料理「のっぺ」。合わせ出汁、貝柱、干しシイタケ、練り物など複数種類の旨味を出す食材がこれでもかと入っている。
Photo: 今井麻裕美

「世界では、料理は似た香りの成分を組み合わせる場合が多く、『フードペアリングセオリー』と言われます。東アジアはそれに反しており『イーストアジアパラドクス』と言われます。でも、私たちはうまみのペアが異なるという発見をしました」と石川さん。今回の料理は理論上、どちらの数値も高いものがおいしいという想定のもと、作られています。ちなみに、「油と塩を組み合わせれば簡単に人がおいしいと感じる料理になるが、それをやらない」というのが、普段作る料理だろうがAIが関わろうが譲れない、松嶋さんのポリシー。

現状、AIと人は適材適所。ただし今後に期待はできる

今の時代、人間の行っている仕事をAIが奪ってしまうと懸念もされていますが、料理の世界ではそんなことはなさそうです。あくまでAIは「最高の素材を提案」しているだけで、各素材を組み合わせる分量や調理手順、どう食材を切るか、どのくらい焼いたり煮たりするのかといった部分はシェフのバランス感覚が不可欠で、微調整ができる部分。「AIが考案した」ハンバーグも、あくまで人間の手が入ったからこそ実現した「究極」なのだそうです。

コンピューターが得意なのは、膨大なデータの中からいい組み合わせを選びだす、など限定された仕事。現状では、人間では時間がかかりすぎてかなわないところをやってもらう「適材適所」がベストというところでしょう。

ちなみに、今回の料理の中でAIには絶対にできないものを聞いてみたところ、こちらの「生牡蠣 コラトゥーラ、エストラゴンのグラニテ」は絶対に無理、だそうです。牡蠣はデータに入っていないからだそうですが、牡蠣の風味を壊さずも重層的かつ繊細な味つけや、魚醤(コラトゥーラ)と香草(エストラゴン)を使い、ソースをシャーベット仕立てにするなんて発想はシェフならではの技が光っていたと思います。

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Photo: ライフハッカー[日本版]編集部

また、本日の料理でよかった点や改善できる点を聞いてみたところ、「韓国風すき焼き」は面白いと感じたし、おいしかったという感想が出ました。私が今ひとつと感じた「フレンチ風すき焼き」は、やはり前回より相当進歩したものの、まだ成長できる余地があるそうです。私が食べたときの感想も話してみましたが、そこは人間が「担当」する微調整の部分が大きいので、かなり改善ができるのではないかとのこと。とはいえ、栗と野菜をピューレにしてソースに使うなんて発想は考えつかないし、味もよかったと成果を感じたそうです。今回の「リベンジ」は成功といえるのではないでしょうか。

AIが料理にかかわってまだ数年。今は分類は得意だけれど、経験が足りない状態ですが、ひと1人が修行をして経験をつむのも30年ほどと考えると、経験をずっと蓄積していけるAIにとっては長い道のりではないでしょう。いつかは、今は人間にしかできないとされていることでもできるようになり、より革新的な料理を提供してくれる日がくるかもしれません。

最後に今回のような試みを続けているモチベーションについてお聞きしたところ、AIが出した素材に回答を出すことにより、AIがどんどん進化していくことに面白さを感じているそうです。2018年7月30日には「Vol.4」が開催される予定。AIがどれくらい進化しているのか、どんな新しい料理が出てくるのか楽しみですね。

AIなのか愛なのか? vol.4

【日時】2018年7月30日(月)18:30~22:30

【内容】予防医学博士、石川善樹さんと考案したメニューを楽しむ会

【会費】15,000円(サ・税含む)※当日現金でのご精算となります。

【人数】30名

詳しくはFacebookをご覧ください。

ただし、Facebookの参加ボタンからは予約となりませんので、ご予約およびお問い合わせは、以下にお電話にてお願いいたします。

KEISUKE MATSUSHIMA(03-5772-2091)レセプションデスク

Photo: ライフハッカー[日本版]編集部, 今井麻裕美

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