米国によるスパコン世界一の奪還には、演算能力の「国家間競争」に勝つ以上の意味がある

米国の新しいスーパーコンピューターが、中国を抜いて世界最速の称号を奪い返した。その性能は世界1位だった中国製の2倍以上に達するが、この大きな進化には演算能力の「国家間競争」に勝つ以上の意味がある。機械学習に最適化して設計を見直すことで、米国の安全保障や経済的な競争力、そして科学的な難問を解決するという大きなミッションを与えられたのだ。
米国によるスパコン世界一の奪還には、演算能力の「国家間競争」に勝つ以上の意味がある
IBMが開発したスーパーコンピューター「Summit(サミット)」は、世界で最も高性能で強力なAIマシンだ。各ラックを結ぶ光ファイバーケーブルは全長185マイル(約298km)にも及ぶ。
PHOTOGRAPH BY GENEVIEVE MARTIN/OAK RIDGE NATIONAL LABORATORY

世界中で今日も、多くの人々が新しいガジェットを購入したことだろう。だが、テネシー州東部にあるオークリッジ国立研究所が2018年6月8日(米国時間)に発表したのは、そんじょそこらにあるガジェットではない。

それは地球上で最も高い処理能力(いまのところ非公式だが)をもつ、新しいスーパーコンピューター「Summit(サミット)」だ。彼らがSummitを開発した狙いのひとつは、最近のスマートフォンでも利用されている人工知能(AI)の技術を、さらにスケールアップすることにある。

米国のスーパーコンピューターが世界で最も強力だとされていたのは、中国のマシンに世界最速の称号を奪われた13年6月までだった。しかしSummitは、世界のスーパーコンピューター性能ランキング「TOP500」が18年6月25日に更新されたとき、この称号を奪い返したのだ。

クラウドコンピューティングや超巨大データセンターの時代に入り、スーパーコンピューターの魅力は薄れつつある。だが、厄介な計算を実行するには大規模なマシンが必要になる場合が多い。米国政府は17年に発表した報告書[PDFファイル]で、核兵器や極超音速機の開発といった防衛政策や、宇宙開発、石油探索、医薬といった商業的な革新で中国に後れをとらないようにするには、スーパーコンピューターへの投資を増やす必要があると発表している。

元世界1位の「2倍速」の性能に

IBMが開発したSummitは、テニスコート2面分もの広いスペースを占めている。37,000個のプロセッサーを冷却するために使われているのは、1分間に4,000ガロン(約15,141リットル)の水を循環させる冷却システムだ。

オークリッジ国立研究所によると、Summitは「1秒間に最大20京回(「20」のあとに0が16個続く)の演算を実行できる」という。スーパーコンピューターの性能を表す標準的な単位に換算すると、200ペタフロップスだ。これは、普通のノートパソコンより数百万倍も速い。これまで世界第1位だった中国の「神威・太湖之光」と比べても、2倍を超えている。

Summitを構成する4,608台のサーヴァーの内部。PHOTOGRAPH COURTESY OF OAK RIDGE NATIONAL LABORATORY

オークリッジ国立研究所では、初期テスト中のSummitを使って1秒間に1,000兆回を超える演算を実行し、ヒトのゲノム配列の違いを分析したという。科学計算がこれほどの規模で行われたのは、「これが初めてだった」と研究チームは説明している。

米国が新たに手に入れた世界最高性能であるSummitは、演算能力をめぐる国家間競争に勝つ以上の意味をもっている。従来のスーパーコンピューターと比べ、グーグルやアップルなどのテック企業が盛んに利用している機械学習システムに適した設計になっているのだ。

GPUのパワーで機械学習に最適化

近ごろのコンピューターは、以前よりはるかに人間の言葉を理解したり、ボードゲームで人間に勝利したりできるようになっている。こうなった理由のひとつは、ディープニューラルネットワークと呼ばれる機械学習手法を古いマシンに学習させる際に、その処理能力をグラフィックスプロセッサー(GPU)で向上させられることがわかったからだ。Facebookは最近、Instagramに投稿された数十億枚の写真を使ったAIの実験で、「数百個のGPUを1カ月近く利用した」と言う。

Summitには、IBM製の標準的なCPUが9,000個以上搭載されている。ほかにも、28,000個近いエヌヴィディア(NVIDIA)製のGPUが取り付けられているのだ。

これほど多くのGPUを搭載したスーパーコンピューターは珍しく、「複雑な科学の問題に機械学習を活用する上で、飛躍的な進歩をもたらすはずだ」と、オークリッジ国立研究所のディレクターを務めるトーマス・ザカライアは語る。「わたしたちがつくり出そうとしたのは、世界で最も強力であるだけでなく、世界で最も賢いスーパーコンピューターなのです」

サミットを構成する数千台のサーヴァーは、テニスコート2面分のスペースを占めている。PHOTOGRAPH BY CARLOS JONES/OAK RIDGE NATIONAL LABORATORY

イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校にある米国立スーパーコンピューター応用研究所(NCSA)の研究者のエリウ・ウエルタに言わせれば、膨大な数のGPUを備えたSummitは「夢の国のよう」だ。

ウエルタは以前、「Blue Waters(ブルー・ウォーターズ)」と呼ばれるスーパーコンピューターで機械学習を利用して、レーザー干渉計重力波検出器「LIGO(Laser Interferometer Gravitational Wave Observatory)」のデータから重力波の兆候を見つけ出した。LIGOの創設者らはその後、17年のノーベル物理学賞を受賞している。

ウエルタは、19年に稼働する予定の大型シノプティック・サーヴェイ望遠鏡(LSST)から毎晩送られてくる約15テラバイトもの画像を分析するために、Summitが役立つのを期待している。

Summitは、化学や生物学の問題でディープラーニングを活用する取り組みにも使用される予定だ。ザカライアは「2,200万人の退役軍人の医療記録(およそ25万人分の全ゲノム配列の情報が含まれる)を使った米エネルギー省のプロジェクトで、Summitが役立つ可能性があるでしょう」と語る。

各国は「エクサスケール」の実現に動く

巨大計算機の分野における米国の競争力を懸念していた人々は、Summitをめぐる報道が後継機種の開発への関心を高めてくれることを期待している。

米国、中国、日本、そしてEUは、いずれも1,000ペタフロップスを上回る「エクサスケールのコンピューター」を開発すると宣言している。この演算能力は、巨大コンピューターにおける次の大きなマイルストーンだ。米シンクタンクの情報技術イノヴェーション財団(ITIF)でグローバルイノヴェーション政策のヴァイスプレジデントを務めるスティーヴン・エゼルは、「中国はこのマイルストーンを20年までに達成すると公言しました」と言う。

Summitの後継である「Aurora(オーロラ)」が予定通りに完成すれば、米国は21年にこのマイルストーンを実現できる。だが、開発作業はすでに遅れ気味だ。

トランプ政権はこの春に「21年に完成する」という目標を達成するために、3億7,600万ドル(約416億円)の追加予算を要求した。この予算が認められるかどうかは議会次第となる。

エゼルは次のように語る。「高性能コンピューターは、米国の安全保障、経済的競争力、そして科学的な難問への挑戦にとって絶対に欠かせないものなのです」


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TEXT BY TOM SIMONITE

TRANSLATION BY TAKU SATO/GALILEO