抗生物質の過剰処方は口コミサイトのせい? 医師への評価がもたらす「Yelp効果」の功罪

抗生物質の不適切な処方や過剰な処方、薬剤耐性をもつ細菌が引き起こす感染症などが社会的な問題になっている。その原因の一端が、実は医師が患者の評価を気にするあまり、要望通りの薬剤を処方してしまうことにあるのではないか──。大手口コミサイトにちなんで名づけられた「Yelp効果」の問題について、医療ジャーナリストのマリーン・マッケーナがレポートする。
抗生物質の過剰処方は口コミサイトのせい? 医師への評価がもたらす「Yelp効果」の功罪
PHOTO: GETTY IMAGES

アメリカでは毎年200万人以上が、抗生物質が効きにくい耐性菌のせいで医療機関を受診するはめに陥っている。その責任の一端は医者にある。

耐性菌は医者がウイルス性の感染症に抗生物質を処方してしまったり(抗生物質はウイルスには効果がない)、細菌性の感染症でも原因菌に合わない種類の抗生物質を出してしまうといったことが原因で発生する。また、正しい種類の抗生物質でも、服用量や期間が適切でないと、同じような問題が起こる。

アメリカでは今年3月、エモリー大学とセントルイス大学が共同で行った抗生物質耐性菌の影響に関する研究結果が公表された。それによると、薬剤耐性をもつ細菌が引き起こす感染症により、年間22億ドル(約2,420億円)の医療コストがかかっている。患者1人当たりで見ると、1,383ドル(約15万2,000円)を余分に支払っている計算だ。また、耐性菌への感染件数は2002年から2014年の間に倍増した。

こうした問題が明らかになっているにもかかわらず、なぜ抗生物質の不適切な処方が減らないのだろう。

医療従事者や研究者のなかには、本当は認めたくはない理由を口にする者も出てきた。つまり、医者は患者の満足度調査や口コミサイトなどでマイナスの評価を受けることを避けるために、抗生物質を処方してしまう傾向があるというのだ。この「Yelp効果」[編註:Yelpは大手口コミサイト]とでも言うべき現象によって、患者は無駄なケアを受けることになる。

減らない不適切な処方

適正でない薬剤処方は思っているより多い。2016年に18万件以上の医療記録を基に行われた調査では、病院や診療所など医療機関で処方された抗生物質の3分の1は感染症の治療を目的としていた。また、クラミジアや淋病といった性感染症(STD)が疑われる症状で救急医療施設を利用し、抗生物質を与えられた患者の75パーセントは、そもそもSTDに感染していなかったことが明らかになっている。

一方、調剤薬局の販売記録からは、全米の医療機関の75パーセント以上が抗生物質を不適切に処方していることもわかった。さらに入院患者については、抗生物質の服用期間10日間当たり3日間は、本来なら薬を服用すべきではない健康状況にあったという。

医学的には、抗生物質の過度な使用に問題があることは知られているし、医療従事者に対しても不必要な処方は減らすよう勧告が行われてきた。しかし、3月に医学誌『Infection Control and Hospital Epidemiology』に掲載された論文を見る限りでは、効果は現れていないようだ。

ワシントン大学医学部などの研究者たちは、2013年から15年に薬局チェーン大手Express Scripts Holdingが扱った外来患者向けの処方箋9,800万件を調査した。この期間には医療従事者を対象に薬剤耐性の脅威を呼びかけるキャンペーンが行われていたが、抗生物質の処方が減る様子は見られなかったという。

研究チームを率いた同大学准教授で感染医療専門家のマイケル・ダーキンは、「啓発運動だけでは不十分です」と話す。「医学的なデータを現場で働いている医療従事者に有益な情報として届けるのは難しいからです」

医者による「判断疲れ」も一因に?

なぜなら、医療は白黒がはっきりつけられるような世界ではないからだ。NPOのピュー・チャリタブル・トラストが昨年6月に発表した調査研究では、抗生物質が過剰に処方されてしまう具体的な理由がいくつか挙げられている。

例えば、医者が忙しすぎて「判断疲れ」を起こしている場合がある。つまり、1日の診察時間が伸びるにつれ判断が鈍り、「この患者には抗生物質が必要なのだ」と本気で思うようになるのだ。そして間違っているのは自分ではなく、ほかの誰かだと決めつけてしまう。

また、患者が訴える症状の原因が何かを探るために必要な検査をせず、“念のため”に抗生物質が処方されることも多い。医者が目の前の患者を再び診察することはないだろうと考えた場合、この傾向が強まることがわかっている。

昨年の「感染症関連学会合同国際会議(IDWeek)」でも、この問題が指摘された。各種医療機関で最も抗生物質の処方量が多いのは、病院に付属していない独立系の救急医療施設で、病院の救急外来の2倍近くに上るという。

小児感染医療の専門家でピュー・チャリタブル・トラストの調査を率いたデヴィッド・ヒョンは、「今回の調査で明らかになったのは、抗生物質が不適切に処方されている場合でも、必ずしも医師の知識不足や誤診が原因とは限らないという点です」と説明する。「社会的、経済的な理由や、診察の間に起こっている行動要因もあります」

「患者の満足度」という大きな問題

しかし、最も根強い原因はほかにある。患者が抗生物質を欲しがるのだ。そして、医者はそれを断ることができない。

おかしいと思われるかもしれない。薬を処方するときに主導権を握っているのは医者だ。しかし、医療の世界では医者に指示を出しているのはむしろ患者だという認識が広まりつつある。医者は医療というサーヴィスの提供者であり、サーヴィスを受ける側の患者がマイナスの評価を下すとほのめかしたり、はっきりとそう脅すことで、力関係が逆転してしまっているというのだ。

ヒョンはこう話す。「医者は顧客満足度という観点からは患者の言うことを聞いたほうがいいと考えます。この患者に再びサーヴィスを利用してもらうには、欲しがる薬を処方すべきだと判断するのです。正しいか間違っているかは別として、医療従事者の頭の中では実際にこういった思考回路が働いています」

ヒョンは実際、医師たちが「抗生物質を処方しなければ、患者は別の病院に行くだけです。それにどちらにしろ、そこでは抗生物質を出してもらえるでしょうから」と言うのをよく耳にするという。ドクターショッピングと呼ばれる現象は昔からある。しかし、医者が内外からさまざまな評価を受け、それが医療に影響を与えるようになったのは最近だ。

評価が自分の給与や病院の業績に直結する以上、患者の満足度を上げるために余分な薬を出したり、本来なら必要ない検査をしたりといったこともせざるを得ないと、現場の医師たちは訴える。2014年に発表されたある調査は、「患者の満足度は客観的な治療の効果より、自分の希望がどれだけ満たされたと感じるかといったことに影響を受けやすい」と指摘する。調査対象となった医師155人のうち、満足度調査に肯定的だったのは3人にとどまったという。

医師の評価基準を見直す動きも

医療従事者らの団体「Physicians Work Together」は現在、Yelpなどの口コミサイトから医者に対するネガティヴな評価を取り下げることを求めた運動を続けている。オンライン署名サイト「Change.org」では3万5,000人の目標に対し、すでに3万1,000人以上が署名しており、以下のようなコメントも寄せられた。

「仕事の性質上、患者や家族が知りたくないようなことを伝えなければいけない場合もある」「患者の希望に沿った治療をするだけでは医療とは呼べない」「痛み止めを処方しなかったり、患者本人が望んでいても医学的に見れば身体に害を与えるかもしれない治療をしなかったことへの報復措置として、医者が悪い評価を受けることが頻繁に起きている」

こうした問題への対応策は見つかっていないが、別の基準で医師を評価するといった実験的な試みは行われている。患者からのレヴューではなく、医薬品の過剰処方を避けるといった学会のガイドラインに沿った治療を行なっているかどうかで判断するのだ。また、抗生物質の過剰摂取によって腸内環境が崩れ、最悪の場合は大腸炎などの重篤な疾患につながる可能性があることを伝えるといった、患者に対する啓発活動も行われている。

一方で、准医療を提供する機関などに対し、緊急度判定支援システムを使って患者の状態を確認し、処方薬が不要な場合は医療機関には行かないよう説得することを推奨している研究者もいる。これには医療現場でも使われている「トリアージ」と呼ばれる重症度の判定基準に基づいたアプリが利用できる。

簡単な解決方法は存在しない。患者の満足度調査は医療現場に広く浸透しているし、適切な医療に患者が不満を感じないようにするための啓発活動が実を結ぶまでには、長い時間がかかる。医療は複雑で皮肉な問題に直面している。ただ少なくとも抗生物質に関しては、医療評価システムによって患者に力を与えることが、必ずしもよいアイデアだとは言えないようだ。

マリーン・マッケーナ|MARYN MCKENNA
『WIRED』US版アイデアズ・コントリビューター。医療ジャーナリスト。耐性菌をテーマにした『WIRED』US版のコラム「Superbug」へ寄稿してきたほか、公衆衛生や世界の食糧政策について執筆を行う。ブランダイス大学の研究所であるSchuster Institute for Investigative Journalismのシニアフェロー。著書に、米国疾病対策予防センター(CDC)の一部門として世界中の病気の流行やバイオテロの攻撃を追跡し、防止するための政府機関伝染病情報サービス(EIS)の活動をリアルに描いた『Beating Back the Devil』などがある。


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TEXT BY MARYN MCKENNA

TRANSLATION BY CHIHIRO OKA