LVMHが実現する新たな「ラグジュアリー」は、サステナビリティから生まれる

世界的なラグジュアリーブランドを率いるLVMHグループが、環境に対する持続可能な取り組みを発表するイヴェント「FUTURE LIFE/LVMH」をこのほど開催した。イヴェントのために来日したLVMH環境マネージャー、アレクサンドル・カペリの言葉から浮かび上がる同社の環境問題に対するスタンスからは、新たな「ラグジュアリー」の条件が浮かび上がってきた。
LVMHが実現する新たな「ラグジュアリー」は、サステナビリティから生まれる
2018年5月30日に開催された「FUTURE LIFE/LVMH」。会場となった東京・渋谷のTRUNK HOTELには多くの人が集まった。PHOTOGRAPH BY JUNICHI HIGASHIYAMA

「いま、世界は大きく変わってきています。環境危機や水不足、気候変動などさまざまな問題が可視化されるようになり、人々は一人ひとりが責任をもって問題解決に貢献したいと考えるようになっています」

名だたるラグジュアリーブランドを率いるLVMHグループで環境マネージャーを務めるアレクサンドル・カペリはそう語る。LVMHは早くから率先して環境問題に取り組んできた企業でもある。

地球温暖化や化石燃料の枯渇、水不足…地球環境を巡る問題は年々深刻化しつつある。個人が始められる小さなアクションから大企業による地球規模の取り組みに至るまで、いまやあまねく人々が当たり前のように環境問題を意識するようになった。それはかつてよりも、はるかにこうした環境問題がリアリティをもつようになってきたからだろう。

2018年5月30日に東京・渋谷の「TRUNK HOTEL」で開催された「FUTURE LIFE/LVMH」は、同社のこれまでの取り組みを振り返るとともに、いまラグジュアリーブランドがとるべき態度を見直すような催しだった。同カンファレンスにはアレクサンドルのようにLVMHで環境プログラムに従事してきた者から建築家の青木淳までさまざまな登壇者が登場し、同社の取り組みが仔細にひもとかれていった。

LVMHが環境問題に取り組み始めたのは、さかのぼること25年前、リオデジャネイロで開催された国連環境開発会議(地球サミット)がきっかけだったのだという。このとき以降、同社は戦略として環境部門が経営に関与するというアプローチを採り始めた。さらには2012年から「LIFE(LVMH Initiatives For the Environment=環境に対するLVMHのイニシアチヴ)」と題したプログラムを始動させ、2020年に向けて具体的な数値目標を掲げている。

「LVMHはそれぞれのメゾンが独立していて個々の“DNA”をもっているので一本化することは困難でした。ですから、LIFEというプログラムによって“共通言語”をつくったのです」

そうアレクサンドルが語るように、LVMHが擁するブランドは衣服、スピリッツ、ワイン、皮革など多岐にわたる分野の製品をつくりだしており、環境問題に対するアプローチも多様化せざるをえない。その問題に対応すべく、アレクサンドルが責任者を務めるかたちでLIFEプログラムを立ち上げ、「共通言語」となる課題を設定したというわけだ。

LVMH環境マネージャーのアレクサンドル・カペリ。彼が責任者を務める「LIFE」プログラムは、いまや同社にとって欠くことのできない部門となっているという。PHOTOGRAPH BY JUNICHI HIGASHIYAMA

共通言語となる多様なアプローチ

LIFEが掲げている課題は、具体的には次の9つだ。

1: デザインの段階からパフォーマンスを考慮
2: 戦略的な原材料調達を確保
3: 材料と製品のトレーサビリティーと適合性
4: サプライヤーの環境的・社会的責任
5: 重要なサヴォアフェールの保護に努める
6: 業務活動がCO2に与える影響
7: 製造工程における環境面での卓越性
8: 製品寿命と修理可能な製品
9: 顧客からの環境に関する要望に適確に対応する能力

さらに2016年には「LIFE 2020」と題したプログラムを追加し、「製品」「サプライチェーン」「CO2」「製造拠点」という4つの分野についてより具体的な数値目標を掲げている。こうして共通言語を設けたことによって、各方面での取り組みは着実に進んでいるのだという。

特に順調なのは店舗におけるエネルギー消費と、皮革製品の生産だ。エネルギー消費については、店舗の照明をLEDへと切り替えることで消費電力を抑えており、2年前に早くも目標を達成している。皮革についてもレザー・ワーキング・グループと呼ばれる団体に参加して動物の飼育方法や福祉の監視へのコミットメントを進めており目標の70パーセントがすでに達成済みだ。さらには2020年までに70パーセントの皮革を同団体の認定を受けた工場でなめされたものにするという目標を掲げており、17年時点でその割合は早くも34パーセントに達しているという。

一方で、いくつもある分野のうち後れが見られているのはコットンなのだという。「コットンはサプライチェーンが非常に複雑なんです」とアレクサンドルが語るとおり、コットンの生産・消費は畑での収穫からサプライヤーへの配送など工程が多いことが障壁となっている。また、その他の大手アパレル企業と比べるとコットンの消費量が少ないことも後れの原因のひとつだという。

いまやLVMHに限らず多くの企業が環境問題への取り組みを発信しているが、同社のユニークな点は前述のとおり活動の幅が非常に広いこと、そしてほかの企業よりも格段に長期のコミットメントを行っていることだ。1992年の環境部門設立から始まり、環境マネジメントシステムに関するISO認証の取得や「エコデザイン」の提案、さらにはグループ内ブランドのルイ・ヴィトンが2005年の愛知万博(日本国際博覧会)で塩を材料とした「塩の家」を制作して展示を行うなど、自社内にとどまらずさまざまなかたちで行われる継続的な取り組みは注目に値すべきだろう。

「ラグジュアリー」の変容

このように長年にわたり積極的なコミットメントを続けてきたLVMHだが、これらの取り組みは単に環境問題へ貢献するばかりでなく、ポジティヴな効果を同時に生み出しているとアレクサンドルは語る。

「近年は若い世代の環境への関心が高まっているため、LIFEのようなプログラムは人材確保にも繋がりました。また、長期的に見れば優れた原材料が調達できるようになるはずです。単純に企業の経営的な側面から考えてみても、店舗におけるエネルギー消費状況の改善は利益をもたらしますよね」

環境問題へのアプローチはしばしばCSR(企業の社会的責任)の側面から考えられてしまいがちだ。しかし、LIFEプログラムの実践からは、真にサステナブルな取り組みが多くの面で企業に優れた効果をもたらすことがわかる。そして多くのメリットが生まれていることこそが、LIFEプログラムが効果的に実践されていることの証左ともいえるだろう。

とはいえ、単にCSRと経営にとってWIN-WINの関係が生まれてきたからLIFEプログラムが成功しているわけではない。この取り組みがここまで発展してきた背景には、「ラグジュアリー」なる概念の変遷が少なからぬ影響を及ぼしているはずだ。

これまでラグジュアリーな製品には概して贅沢なイメージがつきまとい、ときにはそれが環境へ高い負荷をかけているのではないかと批判されることもあった。しかし、単に贅沢なものがラグジュアリーだとされる時代は終わったのだ。アレクサンドルは次のように語る。

「もちろん、基本的な姿勢として伝統やクラフツマンシップが求められていることに変わりはありません。ただ、最近は多くのものを求めるのではなく少なくてよりよいものを求める機運が高まっていると感じます。お客様の目線は25年前と比べると非常に厳しくなっています。透明性も求められるようになってきていて、その要求水準は高くなっているんです」

エコロジーに対する意識を強めながらもクリエイティヴィティを重視せんとするアレクサンドルの言葉からは、ラグジュアリーという概念のアップデートが感じられる。PHOTOGRAPH BY JUNICHI HIGASHIYAMA

ただクオリティが高いだけではなく、高クオリティかつサステナブルであること。それこそがラグジュアリーの条件となっているのだ。アレクサンドルはこうした時代の変化をとらえつつ、だからこそサステナビリティを取り入れながら「エクセレンス」を重視していると語る。

アレクサンドルが使った「エクセレンス」という単語からは、ラグジュアリー業界を代表するブランドとしてさまざまな企業の「規範」であろうとするLVMHの強い意思が感じられる。

事実、LVMHほど大きな企業の動きは、ときに一企業の枠組みを超えて社会へと大きな影響を及ぼしうる。好むと好まざるとにかかわらず、ラグジュアリー企業は社会を牽引する力をもちうるのだ。だからこそ、LVMHはあらゆる面でエクセレンスを実現することを自身に課しているのだろう。アレクサンドルはエクセレンスを実現しクリエイティヴィティを発揮することこそが、同社の「DNA」に刻まれているのだと語った。

「単にデザインやオペレーションについてだけでなく、あらゆる面でクリエイティヴかつイノヴェイティヴでいなければなりません。クリエイティヴィティがLVMHのDNAなのですから。それが核心にある以上、クリエイティヴィティが実現できなければLVMHではなくなってしまうんです。そのためにも、常に自らに挑戦し続けなければならないと思っています」


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TEXT BY SHUNTA ISHIGAMI