全ての物語の6つの原型 データ分析から解明

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ミリアム・クイック、情報視覚化・データ分析ジャーナリスト

調査チームは1700作品もの小説を分析し、物語を6つのタイプに分類した。この分類は、世界中で愛されている作品にも当てはまるのだろうか。

米国の小説家カート・ボネガットは、自らの人類学の修士論文を「私が行った、文化に対する最も美しい貢献」と説明している。

「しかしそれはとてもシンプルで、とても楽しそうに見えたものだから、不合格になった」

彼の論文は跡形もなく消えてしまったが、ボネガットは人生を通してその裏にあった大きなアイデアを描き続けた。つまりは、「物語は方眼紙に描けるくらいの形をしている」ということだ。

1995年に行った講義で、ボネガットは黒板に様々な物語を表す弧を描いた。それは、「善」と「悪」の軸上にある物語の中で、主人公の運命がどのように変わっていくのかを示したものだった。

たとえば「穴の中の男の物語」は、主人公が苦境に陥り、そこからはい上がる姿を描く。(ボネガットは講義で「みんなこういう話が好きで、飽きることはない!」と話した。)それから「男性が女性を見つける物語」は、主人公が何か素晴らしいものを見つけ、一度は失うものの、最後には取り戻すという内容だ。

ボネガットは「物語の単純な形をコンピューターに入力できないなんてことはない」と話した。「これらは美しい形だ」

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ボガネットの言っていたことは現在、新たなテキストマイニング技術によって可能となった。最初にネブラスカ大学のマシュー・ジョッカーズ教授が、それからバーモント大学のコンピューテーショナル・ストーリー研究所の研究員が、何千もの小説のデータを分析して物語を6つのタイプに分類した。これらは物語の原型とも言えるもので、より複雑な物語を組み上げるときに使うブロックだ。バーモント大学の研究者は、1700作もの英文学から抽出した6つの類型を次のように説明した。

  • 貧民から富豪型:不運から幸運へと上昇する、立身出世
  • 富豪から貧民型:幸運から不運へと下降する、悲劇
  • イカロス型:一度は上昇するものの、その後に下降する
  • オイディプス型:下降した後に上昇し、また下降する
  • シンデレラ型:上昇した後に下降し、最後は上昇する
  • 穴の中の男型:一度は下降するものの、苦境を脱して上昇する

研究チームは、データ採取のために感情分析を行った。これはソーシャルメディアを分析するマーケッターが用いる統計テクニックで、クラウドデータに基づいて、単語ごとに「感情値」を設定する方法だ。リストに記載された単語は、大きく「ポジティブ(幸福)」か「ネガティブ(不幸)」に分類されるか、恐怖や喜び、驚き、期待といった8つの感情と結び付けられると考えられる。例えば「幸福」という単語はポジティブで、喜びと信頼、期待と関連付けられる。「廃棄する」はネガティブで、怒りと結び付く。

小説や詩、脚本で使われている全ての単語についてこの分析を行い、時間経過に沿って描画していく。すると文章の流れに沿った感情の変化が表れ、感情的な物語が明らかになる。文脈を無視し単語だけを取り出しているという点では完璧なツールとはいえないが、膨大な文章に適用すると、驚くほど示唆に富んでいることがある。

感情分析ツールは無料で使うことができ、著作権が無効となった作品はプロジェクト・グーテンベルグなどのオンライン・アーカイブから入手できる。今回はBBCカルチャーが選んだ「世界を作った100作品」から何作品かを選び、この6タイプを見ていく。

1.「神曲」 ダンテ・アリギエーリ

貧民から富豪型

Credit: Chart by Miriam Quick, created using R packages Syuzhet, Tidytext and Gutenbergr. All charts use smoothed data
画像説明, 地獄へ降りたダンテが煉獄を経て、天国へと上がっていく

精巧な構造と繊細な対称によって描かれたこの叙事詩は、ダンテが古代ローマの詩人ウェルギリウスに誘われて(他に誰がいるだろうか)地獄へと降りていくところから始まる。当然のように、2人が地獄に降りていく「地獄篇」では物事は悪いところから始まり、感情値も低い。(こうした寓意的な文章ではありがちだが、文字通りの意味で「穴の中の男」型の片鱗もある。)

「煉獄(れんごく)篇」では、奇跡的に地獄を切り抜けた2人が、教会を破門された者や怠惰で貪欲な人間の魂がいる煉獄の山にたどり着く。そしてダンテの理想の女性ベアトリーチェが、ウェルギリウスに代わって案内役となる。「天国篇」で2人は天国へと昇っていくが、ダンテが美徳の真意を理解し、彼の魂が「太陽やもろもろの星を動かす愛」となる喜びに満ちたところで物語は終わる。

2.「ボヴァリー夫人」 ギュスターブ・フローベール

富豪から貧民型

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画像説明, 華やかな生活を夢見た主人公エマだったが、ロドルフやレオンと不倫を重ね、最後は借金を抱えて服毒自殺を図る

このフローベールの物語では、退屈をもてあました不貞の妻エマ・ボヴァリーが、これまでの人生があまりに不遇だったからこれからはきっと良いことが起こると呟く場面がある。

残念ながらそうはならない。エマを待っていたのは破れかぶれの末に失敗に終わる不倫だった。それも、想像力豊かな女性が世界で最も退屈な男と結婚したことで陥った過酷とも言える倦怠に、つかの間の休息を与えてくれただけだった。彼女は壊滅的な借金を抱え、最後にはヒ素を飲んで自殺する。彼女を悼んでいた夫も、エマの複数の不倫を知った後に死ぬ。孤児となった娘は祖母に預けられるがその祖母も亡くなり、最後は貧しい叔母に綿工場へと追いやられる。

最終幕の破滅へと情け容赦なく注力していく悲劇の教科書とも言える作品で、同時にきわめて満足のいく物語だ。

3.「ロミオとジュリエット」ウィリアム・シェイクスピア

イカロス型

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画像説明, ロミオとジュリエットは恋に落ちるものの、殺人や服毒自殺など、最後の悲劇に向けて様々な不運が降りかかる

シェイクスピア自身の説明によって「ロミオとジュリエット」は悲劇だと考えられているが、物語の感情を分析すると、上昇の後に下降していくイカロス型に近いことが分かる。

何はともあれ、少年は少女と出会い、互いを失う前に恋に落ちなければならない。ロマンスの頂点はこの芝居の開始4分の1くらいのところにあり、2人は有名なバルコニーのシーンで永遠の愛を誓う。

そこから先は下り坂だ。ロミオはティボルトを殺して出奔し、ジュリエットをロミオと引き合わせようとしたロレンスの計画は物語にわずかな偽りの希望を持たせてくれるが、ジュリエットが毒を飲んだ後は、最後の焼け付くような悲劇を止める手立ては何もない。

4.「高慢と偏見」 ジェーン・オースティン

穴の中の男型、シンデレラ型

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画像説明, 華やかな前半から一転、物語はエリザベスとダーシーの不仲によってネガティブな方向へ進むが、最後は大団円を迎える

5人姉妹を描いたオースティンの名作の前半は、舞踏会と陽気な騒々しさ(それでも控えめなものだが)、警句、コリンズ牧師の不真面目なプロポーズが飛び交う。しかし、資産家のビングリーがロンドンに帰り、その友人ダーシーに対して主人公のエリザベスが(もちろん誤解によって)嫌悪感を深めていくなかで、物語は暗い方向へと向かっていく。

感情値はダーシーからエリザベスへの突然の求婚でさらにネガティブへと振り切り、末の妹のリディアが不埒者のウィカムと駆け落ちしたことでどん底まで落ちる。

もちろん、この場面はダーシーが自らの身を立てるチャンスでもある。彼は冷静さと尊厳を持ってエリザベスのハートを射止め、誰もがちょっと賢くなったハッピーエンドを確かなものにしてくれる。

5.「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」 メアリー・シェリー

オイディプス型

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画像説明, 幸福な科学者ビクター・フランケンシュタインの人生は、彼が作り出した怪物が逃げ出したことで暗転する。途中で語り手が怪物に変わり、明るい一面も示されるが、最後に待っているのは悲劇だ

シェリーのこの先進的な小説では、ウォルトン船長が姉に宛てた手紙の中で、主人公ビクター・フランケンシュタインが自らが作り出した怪物について語った恐ろしい物語をつづっていく。途中でビクターが怪物から聞いた話が挟まり、物語は3重の入れ子構造となる。実は、ビクターが語る幸せな半生からぞっとするような最期に至る下り坂のあらすじの中で、怪物の話が束の間の休息をもたらしている。

物語の3分の2ほどのところで、怪物はビクターに逃げ道を示す。それは伴侶を作ってほしいというものだったが、ビクターはこれを拒絶した。これによって、彼の運命は定まる。怪物はビクターに「おまえの結婚式の夜に行くからな」と脅し文句をかける。そしてそれは現実のものになる。

6.「みにくいアヒルの子」ハンス・クリスチャン・アンデルセン

複合型

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画像説明, ひな鳥の時の不遇、泳ぎの才能の開花、厳しい冬、そして白鳥への変身と、様々な要素が詰め込まれている

ハンス・クリスチャン・アンデルセンのこの有名な話は上記6作品で最も短い物語だが、同時に最も複雑な構造をしている。全体的な「貧民から富豪」型の枠組みの中に、2つの「穴の中の男」(穴の中のアヒルかもしれない)型の弧が含まれている。つまり、物語を通してアヒルの子の状況はどんどん良くなっていくが、その道中では良いことも悪いことも起きている。

アヒルの子はまず生まれるが(やった!)、その違いからいじめを受ける(ブーイング)。その後、ほかのアヒルより泳ぎがうまいことを知り、飛び立つ白鳥の群れに親しみの予感を持つものの(やった!)、厳しい冬の寒さで死にそうになる(ブーイング)。最後には白鳥へと変身するが、これは初めにほのめかされていることでもある。もちろん、これがこの物語の焦点だ。「農家の庭でアヒルの巣の中に生まれても、白鳥の卵から生まれた以上、鳥の生まれつきには何のかかわりもない」

物語は白鳥だったアヒルの子が「こんな幸せなんか夢にも思わなかった」と叫び、最も幸せなところで大団円を迎える。