イスラエル発の「空飛ぶクルマ」が、戦場を自律飛行して負傷者を救い出す

不格好なドローンのような無人機が戦場を自律飛行し、物資を運んだり負傷者を救助したりする──。イスラエルのTactical Roboticsが開発した「コーモラント」は、時速160km以上で約48kmを飛ぶ「空飛ぶクルマ」だ。このほど実施されたデモンストレーションからは、戦場や救助活動などにおける実用化の可能性が見えてきた。
イスラエル発の「空飛ぶクルマ」が、戦場を自律飛行して負傷者を救い出す
Tactical Roboticsの「Cormorant」は最大積載量が1,000ポンド(約454kg)で、時速約100マイル(約160km)以上で30マイル(約48km)の距離を飛べる。PHOTOGRAPH COURTESY OF TACTICAL ROBOTICS

白い作業着を着た5人の男が、担架を地面から持ち上げた。このうちのひとりは、患者につながっている透明なプラスティック製の点滴静注バッグを、胃の辺りでしっかりと押さえている。

彼らが患者を運んでいる先には、小さな車輪が付いた黒いゴムボートとハエを掛け合わせたようなものがある。側面のハッチから担架を乗せると、男は後ろに下がった。

「この患者」とは、実は医療訓練用のマネキンである。「彼」が参加したのは、新しい航空機のミッションを示す初めてのデモンストレーションだ。豆のようなかたちをしたこのドローン「コーモラント(Cormorant:水鳥の“ウ”)」は、イスラエルに本拠地を置くTactical Roboticsが、戦場から負傷者を輸送するために開発した。

戦場からの負傷者の輸送は、現在はヘリコプターに依存している。だが、このドローンは新しい設計に加えて人間の操縦士なしで動作することで、こうした輸送を迅速かつ安全に行えるようになるという。

このマネキンによる救助は、2018年5月初めにイスラエルの北部にある人里離れた飛行場で行われたデモンストレーションの「後半部分」だった。コーモラントはまず、満杯の軍用品を載せ、最初は少しぐらつきながら飛び立った。緑の芝生の上を大きな輪を描きながら水平飛行を行い、垂直に降下して草の上に着陸した。作業着を着た男が軍用品を降ろし、同じ場所に患者を乗せて、再び飛び立つのを見送った。

このデモは、イスラエル国防軍の代表者も見学していた。同軍は、Tactical Roboticsがコーモラントの自律機能を売り込みたいと考えている顧客のひとつだ。このデモは、同社にとって15年12月に垂直離着陸(VTOL)が可能な大型ドローン「[AirMule](< /2016/01/18/urban-aeronautics-airmule/>)[日本語版記事]」が初めて飛び立ったとき以来の大きな前進だった。

時速160km以上で飛行するドローン

コーモラントの見た目は不格好だ。この名前の元となった水鳥のウと比べると、余計にそう感じる。機体の下の前後にひとつずつ6フィート(約1.82m)のファンローターが隠されており、空中へと垂直に上昇する。

コーモラントの後方には、ふたつの小さいローターが垂直に取り付けられていることから、垂直方向に飛べるとかろうじで推測できる。動力はターボシャフトエンジン1基で、従来のヘリコプターに使用されている一般的なものだ。上部に大きなローターをひとつ取り付ける代わりに、周りを覆われた小さなローターをふたつ使っている。

このためコーモラントの接地面積が抑えられ、山岳地帯や森林地域、あるいは都市環境を飛ぶのに適した機体になっているという。また、同社は「人間のヘリコプター操縦士には対応できないような強風でも飛べる」と主張する。

ダクテッドファン(円筒形のダクトのなかにファンを据える推進システム)は、安定性に問題があることで有名だ。特に突風や横風に弱い。Tactical Roboticsは、この不安定さを克服するために「翼制御システム」を開発して、ファンの吸気口と排気口に搭載した。これらの翼を別々に動かして横向きの力を発生させたり、突風を弱めたりできる。

コーモラントは5月初めに行われたデモンストレーションで、軍用品と医療訓練用マネキンを運び、戦場での利用の可能性を示した。PHOTOGRAPH COURTESY OF TACTICAL ROBOTICS

コーモラントはこのエンジン性能のおかげで、1,000ポンド(約454kg)を超える荷物、あるいは負傷者2名を載せた状態で、30マイル(約48km)の距離を時速100マイル(時速約160km)以上で飛行できる。これだけの性能があれば、前線まで飛んで物資を落としたあと、負傷した兵士を連れ戻すのに十分だろう。何らかの不具合が生じた場合、ロケットで展開するオプションのパラシュートは、軟着陸できるようになっている。

機内には人間が同乗しない代わりに、患者は遠隔監視システムで基地とつながるようになる。地上スタッフは患者のヴァイタルサインをチェックし、双方向のヴィデオ機能で患者と話ができる。

緊急時に活用できる可能性も

決して優雅とはいえないコーモラントの輪郭は、偶然そうなったわけではない。Tactical Roboticsによると、カーボンファイバー製のずんぐりした形状はレーダー探知を回避するのに役立つという(ステルス性能の科学は奇妙なものである)。赤外線による探知を回避するために、排気システムも空冷になっている。

こうした無人の「空飛ぶクルマ」は、戦場だけでなく、緊急の救援隊にも活用できる可能性がある。消防隊員は山火事で身動きできなくなった人や、火災が発生した高層ビルの屋上にいる人を救助できるだろう。

消防局ではすでに、遠隔カメラを搭載した小型ドローンを山火事に使用[日本語版記事]して、火災状況の正確な把握や行方不明者の捜索などを行っている。こうしたことにコーモラントを活用するのは、当然ながら次の大きなステップとなるはずだ。

先の話になるが、Tactical Roboticsは、Uberが「Elevate Program」で軌道に乗せようとしている、いわゆる[空飛ぶクルマ](< /2017/08/01/flying-car-concepts-prototypes/>)[日本語版記事]にも関心をもっていると言う。

こうした計画には、コーモラントの大規模な改修(1人以上の患者が横になれるスペースをつくること)だけでなく、規制と経営戦略に関するあらゆる種類の障害を潜り抜ける必要がある。だが、実演の成功を重ねていけば、そのヴィジョンは実現に近づく。

もちろん、しばらくの間は負傷した兵士を無事に帰還させることが使命となるだろう。


RELATED ARTICLES

TEXT BY JACK STEWART

TRANSLATION BY MIHO AMANO/GALILEO