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相手の性格をよい方に変える「美徳ラベリング」が持つ驚くべきパワーとは?


「あるべき人間像」がどんなものかわかっていても、実際に理想に近づくのは難しいもの。哲学者のクリスチャン・ミラー氏は「The Character Gap: How Good Are We?」という本の中で、「実際の性格」と「理想とする性格」の間にあるギャップを埋める方法として「Virtue Labeling(美徳ラベリング)」という戦略を挙げています。

The Surprising Power of Virtue Labeling
http://nautil.us/issue/61/coordinates/why-you-should-tell-everyone-theyre-honest

美徳ラベリングは、「人はよいラベルを張られると、そのラベルに見合うようになろうとする」という考えに基づくもの。例えば「あなたは正直だね」と言われた人は、正直であろうとすることから、実際に正直な人になるというものです。

美徳ラベリングの根拠となっている研究はいくつか存在します。最も有名なのは、1975年にネブラスカ大学の心理学者Richard Miller氏らによって行われた研究です。この研究では被験者である5年生の子どもを3つのグループにわけ、1つ目のグループには「きれい好きだ」というラベルを与え、2つ目のグループには「もっときれい好きになるように」と説得し、3つ目のグループには何のラベルも与えませんでした。この結果、「きれい好きだ」とラベル付けされたグループが最も部屋をきれいに片付けたと観測されたとのこと

by Markus Spiske

また、ミネソタ大学の研究者が1970年代に行った研究でも同様のことが示されています。この研究では被験者の子どもたちを「協力的なグループ」「競争的なグループ」という2つにラベル付けしました。多くの子どもたちはその後、ラベル付けされたことを忘れて遊んでいたのですが、ラベル付けを行ってしばらくしてから「塔を組み立てるゲーム」をしていた子どもたちを調べたところ、「協力的」とラベル付けされたグループの子どもは、2倍の数のブロックを積み上げていたとのこと

2007年に行われた研究では、ポンペウ・ファブラ大学の研究者がテレビを買おうとしている被験者に対して「環境や環境保護に対してよく考えている」というラベル付けを行いました。このラベルを貼られた人は、コントロールグループや「環境について考えるように」と促されたグループに比べて、実際に環境についての責任を考えるようになったそうです。

これらの研究結果から言えるのは、ラベル付けされた人は自分がラベル付けされたことについて意識的ではなく、多くの人がラベル付けされたことを忘れていたにも関わらず変化がもたらされていたということです。なぜラベル付けがこのような働きを持つのかは、まだ研究で明らかにされていませんが、「ラベル付けされた人に対し、周囲の人はそのラベルに沿った行動を予測する」「ラベルがポジティブなものであれば、人はそのラベルを剥がさないようにする」ということもわかっています。

by Caroline Hernandez

上記の実験は「きれい好きかどうか」「協力的か競争的か」「環境について考えているか」ということに焦点を当てており、道徳概念においてラベル付けが効果を発揮するかどうかを示すものではありません。一方、カーネギーメロン大学のRobert Kraut氏の研究では、ラベル付けと寄付の関係が調査されています。これは、寄付を行った人の半数に「あなたは寛大な人です。これまで私が出会った人が、あなたのように情け深い人であればよかったのに」という言葉をかけ、残りの半分にはラベル付けを行わないというものでした。そして、寄付を行わなかった人の半数には「無慈悲だ」とつげ、残り半分には何も言いませんでした。

ラベル付けの後、別のタイミングで寄付を求められた人々には、平均寄付額の違いが現れました。寄付額が多い順から「『情け深い』とラベル付けされた寄付を行った人」「ラベル付けをされずに寄付を行った人」「ラベル付けを行われず寄付を行わなかった人」「寄付を行わずに『無慈悲だ』とラベル付けされた人」となっています。


これらの研究は予備的なものですが、研究結果は「ラベル付けは人に違いをもたらす」ということを示しています。これを実生活で応用すると、たとえば「たとえ現実の様子が疑わしくとも、子どもや配偶者の思いやりをほめる」「たとえウソであっても友人の誠実さを称賛する」ということになります。そして誰かに親切にされた時には、特定の行動について感謝するのではなく、その人の持つ愛や寛大さに対して感謝することになります。

過去の研究に従えば、これらの行動によって、徐々にあっても人々の行動はラベルに合わせる形で改善されていく……と考えられます。

ただし、ここでミラー氏は注意点について言及しています。というのも、美徳ラベリングについて調べた研究は数が少なく、効果が短期的なものであるのか、持続的なものであるかも不明であるためです。また、ラベル付けで人々の行動が改善されるとしても、そこには「動機付け」という要素が関わってくるはず。「思いやりがある」「正直」とラベル付けされた人々が、長い時間をかけて適切な動機付けが行えるかどうかは、まだわかりません。ラベル付けを行われた人が本当に思いやりや正直さを大事にするのか、それとも「与えられたラベル通りに生きたい」と考えているかは、動機として大きく異なります。このような人は「人を失望させないように」「よい印象を与えたい」ということに集中する「利己的」といえる状態にあり、美徳が必要とする要素を備えていないためです。

by bruce mars

そして、今後研究が進められ、美徳ラベリングの効果や動機付けと行動の関係が明かされたとしても、美徳を有していない人に対してその性質をほめることは、問題ではないのか?という疑問も残ります。結果が全ての世界では「目的は手段を正当化する」といわれますが、そのようなやり方を心理的に受け入れられない人も多いはず。これは「価値のあることを達成するには非道な行為を許す」という考えにつながるためです。また、うその称賛の言葉を重ねるにつれて、その言葉に疑念が持たれるようになり、美徳ラベリングの効果が失われる可能性もあります。

このように、美徳ラベリングにはメリットとリスクが両方あり、人々の性質を改善するための最善の方法とは言えません。しかしミラー氏は、メリットとリスクを両方明らかにした上で「プラシーボ効果」について言及しています。

プラシーボ効果がいかに強力であるのかは、これまでの研究でも示されてきたところ。また、臨床試験において、プラシーボ効果が道徳的に非難されることもありません。

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医師は治療や研究において効果がない偽薬を「偽物である」と知っていながらにして、患者に偽物であることを伝えずに与えます。そして、それまでに医師が患者に対して全力で治療していれば、患者は偽薬に対して「大きな効果がある」と考えます。プラシーボ効果を狙った治療は、長期的なよい結果を生み出すために患者を「意図的にだます」ものです。

美徳ラベリングもプラシーボ効果のようなものであるとミラー氏は説明します。もちろん、美徳ラベリングを行う上で誰かをだます意図があれば問題は別ですが、美徳ラベリングとプラシーボ効果の間に違いはなく、プラシーボ効果に肯定的であるならばラベリング効果についても肯定的に捉えるべきだとのことです。

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in メモ, Posted by darkhorse_log