祝祭「死者の日」に参加するため、友人たちとメキシコのオアハカを訪れた時のこと。

Airbnbで予約していた宿にチェックインして、さて出かけようという時に鍵の壊れた部屋の中にひとり閉じ込められてしまっていることに気がついた私。ホストを交えて、友人たちがどうにかドアを開けようと画策する様子をドアの向こうから窺うこと2時間弱。最終的に屈強な男性がドアをつき破るその瞬間も、窓の外ではパレードの音が賑やかに流れていました。


…こんな風に、旅行の醍醐味といえば、現地での出会いや経験。ちょっとしたトラブルだっていいお土産話になります。

民泊新法施行時にも話題になり、「宿泊」のイメージが強いAirbnbですが、空き部屋がなくても提供できるものはあります。Airbnbが「宿泊する場所」以外にも「体験(Experiences)」を提供しているのは意外と知られていないかもしれません。

旅慣れたゲストは、旅行のなかでどんな「体験」を求めるのか? 熟考が必要になってくるところではありますが、 ホスト側としても民泊よりも手軽に「初期費用ゼロで始められるビジネス」です。意外なところに「体験」に活かせる知識や趣向、スキルが眠っている場合だってあります。

副(複)業のヒントがあるかもしれないと、3組のホストに体験ホストを始めた理由について話を伺いました。

元証券トレーダーと行く金融街ツアー

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Image: Ryuichiro Suzuki

1人目のホストは、現在、長野と東京の二拠点居住を実践しているDaisukeさん。証券会社でトレーダーとして10年近く働いていた経験を活かし、金融街ツアーを行っています。金融街である日本橋を日本銀行といったランドマークを中心に探索するなかで、日本の金融の歴史や、今昔のトレーダー「あるある」話を披露してくれます。

Daisukeさんが体験ホストを始めたきっかけ 

証券会社でトレーダーとして働いた後、モナコ公国にある大学院でファイナンスを学んだDaisukeさん。「人と直に関わる仕事をしたい」という思いから、帰国後、リゾート運営の会社に入社します。そして長野に配属になった際に、露天風呂に入浴する野生の猿「スノーモンキー」の存在と、それを見るためだけに高いお金を払ってでも足を運ぶ外国人観光客が多くいることを知ります。

長野に赴任して、長野の良さ・奥深さを実感しました。「スノーモンキー」の見られる野猿公苑のすぐ近くに温泉旅館があるんですが、そこがまた海外から来た人が感激しそうな昭和レトロな温泉街なんです。でもその温泉街で英語ができる人が誰もいないという現状を知って、英語ができる宿ならお客さんが来そうだなと考えていたんです。

そんな時に不動産物件の競売サイトで見つけたのが、渋温泉の小石屋旅館。めったにないチャンスと思いすぐに購入しました。それから、旅館経営を始めて3年。「体験」ホストになろうと思ったのは、観光産業に関わって東京と長野を行き来する生活のなか、日本の面白さの「感じてもらい方」がもっとあると考えたからだと言います。

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Daisukeさん「兜神社は金融関係のビジネスパーソンの神頼みスポット。普通のガイドブックにはまず載ってないのでレア度が高いと思います。首都高速も地下化されると言われているので、この光景もいつ見納めになるか…」
Image: Ryuichiro Suzuki

証券会社に勤めていた時はもっぱらPC画面に向かう仕事。トレーダーと接客は両極端な仕事なので、それが自分にはすごく楽しかったです。自分は両方楽しんでできるのが強みなのかな、と今では思っています。

「体験」を申し込んでくれるのはほぼ海外からのお客さんで、仕事は金融関係という人が多いですが、中国やアメリカ、様々な地域からゲストが来てくれて、なかには日本の滞在最終日にわざわざこのツアーを選んで来てくれた方もいました。お客様からどんどん質問が出てくる時はやっぱりやりがいを感じますね。

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Image: Daisuke

現時点でAirbnbの「体験」を提供できる地域は東京都、大阪府、福岡市、沖縄市に限定されていますが、ゆくゆくは長野でも「体験」を展開したいと語ります。

旅館を経営しているので、今の会社をDMO(地域と協力して「観光地経営」の視点に立った観光地域づくりを行う法人)にして、 海外から来た人たちに日本の「旅館文化」を伝えていけたら、と思います。

着物でお琴・茶道のレッスンを

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Image: Ryuichiro Suzuki

2組目は、ご自宅で「宿泊」と「体験」のホストをしているYukaさんとMasatoさん、そしてトイプードルのPooh。人懐こくおもてなし上手のPoohちゃんが玄関口からゲストを熱烈に迎え入れて、始終和やかな雰囲気が続きます。

和裁士をしている93歳の祖母が着物をたくさんの残してくれていました。誰も着ないままずっとタンスに入っているのがもったいないので、「体験」に使おうと思って。(Yukaさん)

YukaさんとMasatoさんが提供するのは宿泊場所と、すべてYukaさんのお祖母さんの手作りだという着物を着用してのお琴とお茶のレッスンです。

YukaさんとMasaさんが体験ホストを始めたきっかけ

東日本大震災の5日後、28歳の時に結婚したYukaさんとMasatoさん。お互い仕事が忙しくてすれ違いの生活をしていましたが、結婚半年後にYukaさんの病気が発覚。手術と治療を続けるなかで、ふたりで人生について話し合ったといいます。

いつかふたりで世界一周がしたい」。地震に病気、人生はなにがあるかわからないという経験からリタイア後にもでも…と考えていたふたりの共通の夢を叶えるため、仕事を辞めて世界一周旅行へと出ました。

帰ってからのことは全くノープランでしたね(笑)。50カ国以上を巡って旅先でいろんな人と出会いながら、旅して行くなかで生き方を決めていったというか…。(Masatoさん)

「宿泊」や「体験」を始めようと思ったきっかけは、世界一周旅行でカウチサーフィンやAirbnbで現地の人と交流できたことが大きかったと言います。

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Image: Ryuichiro Suzuki

最初は安いユースホステルや日本人宿に泊まっていたんですが、飽きちゃう…というか、旅行者としか会えないのが物足りなくなっちゃいました。途中で気がついたんですが、旅行者ではなくて、その国の生活者と会いたいんだなって。そこでカウチサーフィンとAirbnbで家に泊めてくれる現地の人を探し始めたんです。

モロッコではカウチが楽しくて、無料で泊めてもらう代わりにごはんを作ったり、犠牲祭(イスラム教の祝日)では羊を捌いて食べたり、ヒジャブを着て、モスクに行ってお祈りして…。(Yukaさん)

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Image: Ryuichiro Suzuki

いろんな国で「日本人は働きすぎ」だと言われましたし、旅を通じて「こう生きたい」という理想はできたけれど、その時点では自分たちのスキルがどう生かせるかわかりませんでした。帰ってきて試行錯誤して、今の形になっているようなものですね。ただ旅行中も今も、海外の人の日本への関心が高いことはすごく感じています。

帰国して、 Airbnbのゲストからホストへ移行したのが2016年の6月くらい。その頃はすでにいわゆる「民泊ブーム」のピークはすぎていたのですが、「ビジネス的に部屋を貸します」といったリスティングばかりで、現地の雰囲気が味わえるようなものがあまり全然なくて。体験泊のような形で登録したらすぐに予約が入りました。(Masatoさん)

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Image: Ryuichiro Suzuki

本当はピアノが習いたかったYukaさんですが、戦争でお琴が習いたくても習えなかったお祖母さんの遺志を継いで5歳からお琴を習いました。20歳の頃に師範のお免除をもらって教室を開けるようになり、今ではすでに30年以上のキャリアを誇ります。

体験では、お琴で「桜」と「荒城の月」を弾きます。楽譜は海外の人でもわかるように数字に書き表し、歌詞も全部ローマ字表記しています。2時間で初めて音を出すところから自分で弾きながら歌うことが出来るようになります。それを動画でInstagramにアップするゲストさんも多くいらっしゃいます。(Yukaさん)

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Image: Ryuichiro Suzuki

最後に「体験」を続けるモチベーションについて伺うと、こんな回答が返ってきました。

似顔絵やお土産をくださる方、別れ際に国歌を歌ってくださる方、帰国後に誕生日カードを送ってくださる方もいらっしゃいます。この仕事を通じて、日本にいながら世界一周を続けている感覚でいられることが醍醐味だと思います。(Yukaさん)

東東京の下町をめぐるサイクリングツアー

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Image: Ito

3組目、Ito & Mari TreckTreckさんが提供するのは、下町・深川を自転車で巡るサイクリングツアー。ゲストの好みに合わせて、下町ならではの地元コミュニティから工芸などローカルビジネス、ギャラリー、SAKE BARなどなどルートをアレンジしてくれます。昼過ぎのツアーが終わった後も、自転車をそのまま夕方まで借りることができるので、ツアーが終わった後に、別途レンタサイクルをしなくて済みます。

Itoさんが体験ホストを始めたきっかけ

大学では地方自治とコミュニティ論を学び、フィリピンや上海など国内外での企業経験を経て、2016年に起業した Itoさん。Airbnbはご自身が海外で生活していたときからのユーザーだったといいます。

中国や東南アジアといった新しく訪れた国で、宿泊場所だけでなく、趣味や価値観、仕事内容が共通する新しい友人と出会えることが楽しみでした。

日本での旅の体験をプラニングする会社を作ったのが、ちょうどAirbnbが体験サービスをリリースしたタイミング。まさにAirbnbのユーザーのような人に自身のサービスを体験してほしいとホストを始めました。

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Image: Ito

お金以外に体験ホストで得られるもので大きいものはなんですか? という質問には「世界中から日本を訪れる新しい友人が得られること」と返ってきました。

彼らから見た地域や企業・人の魅力の再発見。そこから新たなビジネスチャンス含めて可能性が広がると考えています。

ゲストが街を気に入ってくれて、「今度、日本に来るときは深川に滞在するよ」と言ってもらうこと、喜んでくれることにやりがいを感じるそう。ホストを続ける中で、特に印象に残っているエピソードは…?

昨年11月に来日したメキシコ人とドイツ人のカップルが、今年4月にまた「日本で桜を見たくなって」と会いに来てくれたことですね。その際には二人は結婚し、彼女の方はファッションデザイナーの卵からデザイナーになっていて、嬉しいニュースが2つもありました。

もうひとつは、シカゴから来たハネムーンカップルとLAから来たシンガーが一緒のツアーになった時のこと。ハネムーンカップルの彼から彼女へのサプライズギフトにシンガーの歌によるお祝いがプラスされて、とってもハッピーなツアーでした。

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Image: Ito

最後に、今後の展望について伺いました。

毎日同じ道を通っているようでも、同じ日は1日ともなくて、ゲストの目線から気づく新しい発見や、街角の季節の移り変わり、私とゲスト一行をみては、笑顔で手を振って「今日はここ行ったほうがいいよ!」とアドバイスしてくれる深川の皆さん。毎日新しい友人たちといっしょに、めいっぱい深川のまちを楽しんでいるのは誰より私かもしれません。

裏を返すと、日々小さな「改善」を飽きずにどれだけ積み上げるか。「体験」ホストはサービスとして対価をもらう以上、プロフェッショナルとしての自覚が必要ですが、それ以上にパッションが大切になってくると思います 。

自分自身だけではなく、新たにホスティングしたい人のサポートや、街を味方に巻き込んでいっしょに体験を作っていきたい。そのスキル提供を通じて、各地に価値観や情熱を共有する仲間を作っていきたいです。


3組のホストに共通して言えるのは、まず自分たちが「心を動かされた経験」を持っていること。「体験」ホストをすることは、自分の感じたこと・感動したものを、日本を訪れた人たちにダイレクトに伝えられることだとも言えるかもしれません。

副業にするならどんなことをするかと考える前に、「自分だったら旅先でどんな経験をしてみたいか」と想像してみるもの楽しそうです。

Image: 鈴木竜一朗

Source: Airbnb, 体験