「ダークマターを含まない銀河」の発見が、世界中の宇宙物理学者を驚かせた

これまで、あらゆる銀河には暗黒物質(ダークマター)が含まれていると考えられてきた。ところが、ある国際チームが発見した銀河には、ほとんどダークマターが含まれていなかったという。いまだ説明困難な現象が多く、全容を捉えられる者のいないダークマター研究の現在を解説する。
「ダークマターを含まない銀河」の発見が、世界中の宇宙物理学者を驚かせた
ハワイ島マウナケア山頂に2基の望遠鏡を擁するケック天文台は、ダークマターがほとんど、もしくはまったく存在しない銀河の発見に貢献した。PHOTO: ROGER RESSMEYER/GETTY IMAGES

物理学者は、暗黒物質(ダークマター)についてまだ多くを知らない。それが何によって構成されているのか[日本語版記事]、単一粒子の質量がどれほどなのか、模型をつくる最良の方法は何なのか。さまざまな点で学者たちの意見は分かれている。

あなたならどうやって模型をつくるだろうか? ダークマターは光を透過させるだけで、光を反射せず吸収もしない厄介ものなのだ。それゆえ、いまだに地上でダークマター粒子を捕らえた者はいない。

ただし、30年以上に渡る望遠鏡での観測を経て、ほとんどの研究者が同意することがひとつだけ見つかっている。それは、この宇宙には大量のダークマターが存在するということだ。銀河は回転しており、その回転速度は目に見えるさまざまな天体すべての質量から計算できる速度よりも、かなり速い。

そのため宇宙物理学者たちは、ダークマターが通常の物質に比べて5倍以上存在していると考えている。物理法則を考えてみれば、ダークマターから生じる重力がない限り、銀河はバラバラになっているはずなのだ。

わたしたちのいる銀河系(天の川銀河)の場合、回転速度から考えると、通常の物質と比べて30倍以上のダークマターが存在している計算になる。実際、これまで観測されたすべての銀河にはダークマターが存在していると考えられてきた。ただし、これまでは、だ。

ダークマターのない銀河

さまざまな国の宇宙物理学者たちから構成されたとある国際チームは、地球から6,500万光年の彼方にダークマターがほとんどもしくはまったく存在しない銀河を発見した

同チームは、この銀河内に点在する、数百万個の恒星を含む球状星団と呼ばれる10個の非常に明るい塊の運動速度を観測した。その結果、この結論に至ったのだという。

結果はこの銀河に含まれる恒星の質量が、銀河の回転速度を支えられることを示していた。同じ明るさの銀河と比較してみると、「(この銀河は)せいぜい予測の400分の1しかダークマターを含んでいません」と、イェール大学の宇宙物理学者ピーター・ヴァン=ドッカムは説明する。

この観測結果は奇妙であるばかりでなく、銀河の形成過程についての理解を覆し、宇宙物理学者が考えているダークマターの概念を変えてしまう可能性があるものだと、ヴァン=ドッカムは語る。宇宙物理学者はいまのところ、銀河はダークマターによってつくられた足場の周りに形成されたと考えている。つまり恒星は、すでに存在しているダークマターの表面につくられるのだ。

今回の観測には参加していないコロンビア大学の宇宙物理学者、エレミア・オストライカーは「ダークマターが集積し、通常物質のガスがそこに引き付けられ、それが恒星となり、やがて銀河が形成されると考えられています」と語る。

ヴァン=ドッカムは「ダークマターを含まない銀河を見つけるなんて、矛盾した話です」と述べる。それは骨格のない人体を探すようなことなのだ。「そんなものをどうやってつくれるのでしょうか? ダークマターなしで、どうやって銀河をつくれるのでしょうか?」

従来の理論を見直す必要性

ただし、古い法則を投げ捨ててしまうのは時期尚早だとカリフォルニア大学アーヴァイン校の宇宙物理学者ジェームズ・ブロックは指摘する。「NGC1052-DF2」という覚えにくい名前を付けられた問題の銀河は、別の銀河を周回していると同氏は指摘する。そしてほかの銀河と同様、この銀河はダークマターを核にしてその表面上にできあがったあと、近くに存在している銀河がダークマターをはぎ取った可能性があると説明した。

この過程を思い描くためには、ダークマターを恒星や惑星を形成する通常の物質ではなく、個々の粒子が薄く分布した状態と捉えたほうがいいだろう。「まるでダークマターの海のような液体を想像するほうがいいかもしれません」とブロックは言う。

ダークマターに関する現在主流の理論は、この粒子の「海」が銀河周辺を、まるで太陽を周回する彗星の軌道のような細長い楕円軌道で周回していると予測している。ブロックは、ダークマター粒子の軌道が極端なものになれば、近接する銀河の重力で弾き飛ばされる可能性があると考えている。

次のステップは、今回見つかったような銀河が例外的なものか、あるいは一般的なものかを見極めることだとオストライカーは話す。宇宙物理学者らが似たような銀河を数多く見つけた場合は、ダークマターに関する現在の理論を見直す必要がある。

現在主流の理論によると、ダークマターは(電磁気的な)相互作用をほとんど起こさない重い質量をもつ粒子(WIMP=Weakly Interacting Massive Particle)でできており、それは陽子よりもわずかに重いと考えられている。ただしその理論では、ダークマターを含まない多くの銀河の存在を説明できないのだ。

ほかの理論のなかには、もう少しうまく説明できるものがあるかもしれない。例えばオストライカーが提唱した理論は、いくつかの銀河はほんのわずかしかダークマターを含まず、そうした銀河内にあるダークマター粒子の質量は、暗黒物質の候補とされている「WIMP」の1,030分の1しかないと予測している。

仮説を打ち壊す新しい制約

もし現在主流の理論が間違っているなら、地上でダークマター粒子を捕捉するための実験戦略にも影響が出るだろう。世界各地で、ダークマターが何から構成されているのか解明しようとする大規模検証実験が行われている。例えば、サウスダコタ州でのLUX-ZEPLIN(LZ)実験、ワシントン州でのADMX実験、イタリアのXENON1T実験などだ。

これらは、検出器設計の手本として天文観測の手法を取り入れている。ちなみにLZ実験とXENON1T実験では、ともにWIMPの検知に液体キセノンを使用している。ADMX実験では、異なるタイプの検出器が必要な、WIMPよりも軽いアクシオンという別のダークマター候補の検出を試みている。

ヴァン=ドッカム率いるチームは、同じような銀河や、ダークマターに対する現在の理解では説明困難な現象の探査を続ける計画だ。同チームは2016年に、今回の銀河とは対照的な銀河を発見した。この銀河は回転速度が非常に速いため、全質量の99.99パーセントがダークマターだと結論付けられた。

「この天体は反対の意味で驚きでした」と、ヴァン=ドッカムは語る。その銀河がどのように形成されたかについても、研究者はうまく説明できないままだ。

彼らはこうした奇妙な天体が、ダークマターに関するオストライカーやブロックのような理論物理学者の理解を深められる助けになればと考えている。「わたしたちはダークマターについてほとんど何もわかっていなので、どのような新しい制約も大歓迎なのです」とヴァン=ドッカムは語る。たとえそれが、彼らの有しているわずかな仮説を捨て去ることになるにしても、だ。


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TEXT BY SOPHIA CHENSOPHIA CHEN

TRANSLATION BY TAKASHI KAZAMI/GALILEO