私は、企業に常勤する産業医として働いている。

病気やケガの治療を行いながら働いている従業員や、治療のために会社を休んでいる従業員と定期的に面談を行い、治療と仕事の両立支援や、職場復帰支援などを行うのが私のおもな仕事だ。

最近では、うつ病など、メンタルヘルスに関する相談対応が業務の大半を占める。(「まえがき~ストレス社会に生きるビジネスパーソンにむけて~」より)

自身の仕事について、『会社に殺されない働き方』(難波克行著、クロスメディア・パブリッシング)の著者はこう説明しています。

注目すべきは、ひとつの傾向。ストレスに悩む状況はそれぞれ異なるものの、なかでも人間関係についての相談が群を抜いて多いというのです。

これまで几帳面な仕事ぶりが評価されてきた従業員が、細かいところは気にしないおおらかなマネージャーの下についた途端、上司との関係や職場の人間関係に悩むようになってしまったり、社内の部門同士の板挟みになり、過労で体調を崩してしまったなどのケースが少なくないということ。

ちなみにメンタルヘルス不調には、心が弱い人やストレスに弱い人がなる病気というイメージがあるかもしれません。しかし、決してそういうわけではないのだとか。

人は誰でも、ある程度のストレスを受け続けると、どこか心身のバランスを崩し、体調を悪化させてしまうもの。

仕事のことだけではなく、プライベートについての悩みなど、さまざまなストレスがたまたま同じ時期に重なってしまうと、誰でも調子を崩してしまうものだということです。

しかし、実際に体調を崩してしまってからストレスに対処しようとしても、なかなかうまくいかないものでもあります。

ストレスのもとになっている問題に対処するには相応のエネルギーが必要となりますが、体調が悪ければその元気がわいてこなくなるわけです。

だからこそ、まだ元気があるうちに、余裕が残っているうちに、ストレスに対処する必要があるのだ。

ストレスの問題は、自分自身の性格の問題で、今さらどうにもならないとあきらめている人も多いが、実際にはいろいろな対処法がある。

職場のストレスは避けられないものではなく、実は予防や対処ができるということを知ってほしい。(「まえがき~ストレス社会に生きるビジネスパーソンにむけて~」より)

そこで本書では、職場のストレスに対するさまざまな方法を紹介しているわけです。

今日はそのなかから、人間関係に焦点を当てた第2章「めんどうな人間関係を整理整頓」に注目してみましょう。

人間関係のストレスは「期待する役割と、実際とのズレ」から

ここで著者は、大抵のストレスは、人間関係から生じるものだといってもよいと記しています。

仕事量が多いのは、上司や顧客が無茶ぶりをしてくるからだし、プロジェクトがなかなか進まないのは、同僚が足を引っぱっているから。

仕事にやりがいを感じられないのは、上司が自分のことを考えてくれないからで、作業に集中できないのは、周囲の同僚のおしゃべりがうるさいから。

また、なぜ周囲の人間は、こちらの都合を理解せず無理なことばかりを押しつけてくるのだろうか、というような思いもあるでしょう。

こうした人間関係から生じるストレスに対処するには、「対人関係療法」の考え方が役に立つのだといいます。対人関係療法では、人間関係のストレスは「相手に期待する役割と、実際のズレ」が原因で起きてくるとされるから。

たとえば上司に「この書類を週末までに確認してほしい」と期待していたとしても、上司がそれを忘れていたりすると、ストレスを感じてしまうもの。

また上司に「自分のキャリアを十分に考え、成長を実感できる業務を与えてほしい」と期待しているのに、雑用ばかり押しつけられていると、ストレスのもとになるわけです。

あるいは、「周囲が自分に期待する役割と、実際のズレ」が原因で人間関係のストレスが生じることもあるかもしれません。

「プロジェクトのリーダーとしてみんなをひっぱってくれ」など自分にはできない役割を期待されたり、「面倒な作業を今週末までにやってくれ」などと、やりたくないことを期待されたりしたときなどがあてはまるということ。

こうした「期待する役割と実際とのズレ」が生じる原因が、大きく2つあるのだといいます。

まずひとつは、期待する役割を相手が(あるいは自分が)正確に理解していないこと。

もうひとつは、相手には(あるいは自分には)とうてい無理な、現実的でない役割を期待してしまっていること。

例えば「この書類を上司が週末までに確認する」という役割を期待していても、上司がそれを「月末までに確認しておけばよい」と間違って理解していたらどうなるだろう。

他の業務に気をとられているうちに、書類のことを忘れてしまう可能性もある。これが、役割が正確に伝わっていないということだ。

あるいは、上司は今週ずっと出張で不在にしているため、書類を確認することが物理的に不可能かもしれない。また、書類の内容が膨大で、今週末までに確認することが困難かもしれない。これが、現実的でない無理な役割を期待しているということだ。(68ページより)

いずれの場合も「週末までに、上司に書類を確認してもらう」という自分のニーズは満たされず、ストレスの原因となってしまうわけです。(66ページより)

落ち着いて考え、「役割」を現実的なものにする

ストレスを感じたときは、こうした「自分が相手に期待する役割」や、「相手が自分に期待する役割」と、実際とのズレが生じていないかを落ち着いて考えてみるべき。

そうすれば、会社(上司・周囲)が自分に期待していることを、こちらが間違って理解していることがわかるかもしれないというわけです。

では、自分に期待されている役割と、自分が認識している役割にズレがある場合にはどうすればいいのでしょうか? このことについて著者は、「従業員としては、会社から期待されている役割を正確に果たし、その役割をきちんと果たすしか方法はない」としています(もちろん、その役割が法律やルールに違反していないものであれば、という条件つきですが)。

もし、会社が期待する役割を果たすことがどうしても嫌だというなら、転職するか独立するしか道はないわけです。

自分の気持ちや夢を捨てて会社の奴隷になれということではなく、自分の希望や自分のキャリアについて会社と交渉するためにも、まずは現在の役割をきちんと果たすことが先決だということ。

異動したり、周囲の環境が変わったりすると、自分の役割も変わることが多い。そのときに「自分が認識している役割」と「周囲が期待している役割」との間にズレがあると、摩擦や行き違いが生じて、ストレスの元になってしまう。

「自分が何をしたいのか」ということは、少し横に置いておき、上司は実際にどんなことを自分に期待しているのだろうか。周囲の同僚は自分に何を期待しているのだろうかと考えてみよう。まず「相手は自分に何を期待しているのか」を把握することが大切だ。(75ページより)

期待される役割を正しく理解するために必要なのは、現実的な視点で考えること。

仕事については「このようにやらないといけない」「こうするべきだ」などと過度に理想化してしまうことが少なくありませんが、「理想」と「現実」とのズレが大きければ大きいほど、ストレスも増えてしまうということです。

だから、まずは思い込みを捨て、現実をしっかり把握すべき。

その際には、「相手もこれはわかっているはずだ」「相手もそう思っているはずだ」などと、あまり決めつけないほうがいいそうです。相手の言動や態度をよく観察し、なるべく客観的に分析してみることが大切だというわけです。(70ページより)

自分ばかりガマンしている…と思ったら

期待する役割のズレについて考えていると、「被害を受けているのは自分なのに、なぜ自分ばかりがガマンしなければならないのか」という気持ちがわいてくることがあるもの。

こうした「被害者意識」があるおかげで、私たちはいつまでも相手に腹を立ててしまい、冷静に物事を考えにくくなってしまうことです。

とはいえ実際のところ、他人の考えや行動を変えようとしても、それは不可能。相手に無理な期待を押しつけても反発されるだけですし、困らせたり、怒らせたりしてしまうこともあるわけです。

そこで、「相手があまり変わらなくても実行できるような役割」を期待するしかないと著者はいいます。なぜなら、そのほうが物事はうまく運び、ストレスや怒りもたまらないから。

また当然のことながら、自分自身に「つらい環境で、誰にも理解してもらえず、すべてガマンしなければいけない被害者」としての役割を当てはめてしまうと、いつの間にか、本当に被害者のような気分を味わってしまうことにもなるでしょう。

「自分は専門家なのだから、それなりに敬意を払うべきだ」「自分の意見を尊重して、改善に取り入れるべきだ」などという考えにしがみついていると、周囲との関係が悪化し、ストレスが増えるだけだということです。

だからこそ、「自分ばかりがガマンしている」と考えるのではなく、周囲との関係や、期待する役割のズレを冷静に分析し、「現実的に対処をしているのだ」と考えるようにしようと著者は提案しています。

そうすると、「状況を自分でコントロールできる部分もある」という感覚が持てるからです。そのほうが精神衛生上はずっといいいし、そう考えて行動しているうち、周囲との関係も少しずつ改善してくるというのです。(79ページより)


ストレスを感じる状況にうまく対処できるようになれば、ストレスは確実に減らせると著者は断言しています。だから、あきらめないでほしいとも。

職場のストレスに悩んでいる人は、著者のそんな言葉、そして本書に書かれていることを信じてみてはいかがでしょうか。

Photo: 印南敦史