この連載で何度も紹介してきた世界的なDIYの祭典「メイカーフェア」。東京で開催されるメイカーフェアは、アジアでもっとも古くから行われていて、海外からも多くの参加者が訪れる。今年も8月4日、5日の2日間、東京ビックサイトで昨年よりさらに規模を大きくして行われる

メイカーフェア東京。近年は東京ビッグサイトのホールを複数使用する大規模なフェアとなっている
メイカーフェア東京。近年は東京ビッグサイトのホールを複数使用する大規模なフェアとなっている

 僕はアジア各国のメイカーフェアに、世界でもっとも多く参加していて、メイカーフェア深圳、メイカーフェアシンガポールで運営に協力している。中国語も英語もネイティブでなく、足手まといになりがちな僕が運営チームに入っている大きな理由は、僕が日本人で、日本で行われるメイカーフェア「メイカーフェア東京」にずっと参加してきたからだ。

 深圳のメイカーフェアは、海外から多くのメイカーを招聘している。深圳のメイカーフェアを立ち上げたSeeedのメンバーは、口々に東京のメイカーのクリエイティブさを賞賛する。実際に日本からの招聘組はアメリカより多い。プレゼンテーションでは英語圏のメイカーが多いが、日本人もゼロではない。僕が運営に関わるようになったきっかけも2014年のメイカーフェア深圳でプレゼンをしてからだ。そのプレゼンは現地の新聞に全文訳が載るほど評判を呼んだ。

 付記すると、僕自身はこの仕事で給料をもらっているわけではなくボランティアだ。深圳やシンガポールの運営チームから飛行機やホテルを用意してもらうこともあるが、そこまで含めて自費のことももちろん多い。メイカーフェアに関わるのはすごく楽しいし、日本や中国やさまざまな国のメイカーたちをもっと理解できるからやっている。東京メイカーフェアでは運営と別に、海外のメイカーたちをいくつかの場所に案内したり、申し込みをサポートしたりしている。

 深圳のSeeedは東京のメイカーフェアに毎年ブースを構えている。自費で参加していて、東京のメイカーフェアにスポンサードしていることも多い。深圳の運営チームとしての僕の役割は、彼らと一緒に東京のメイカーフェアを見て回り、深圳まで来てくれそうな日本のメイカーたちとコンタクトし、手配を深圳側で行う場合は仲介するのが僕の仕事だ。リストを僕が作ることはあるが、「呼ぶ/呼ばない」を決めるのは深圳側だ。

 Seeedのほか、中国のメイカーたちは、口々に東京メイカーフェアの出展者たちのクオリティやアイデアを賞賛する。僕たちは世界のメイカー達があこがれる場所にいる。

日本から深圳に招聘された外骨格ロボ「<a href="https://skeletonics.com/" target="_blank">スケルトニクス</a>」。沖縄高専の学生が卒業後に起業し、今も長崎のハウステンボスなどでこのロボットを見ることができる。
日本から深圳に招聘された外骨格ロボ「スケルトニクス」。沖縄高専の学生が卒業後に起業し、今も長崎のハウステンボスなどでこのロボットを見ることができる。

 東京のメイカーフェアも海外からのゲストに出展してもらっているが、僕が知る限りほぼアメリカからだ。日本はアメリカからメイカーを輸入して中国に輸出していると言えるかもしれない。

日常的に使うガジェットから日本製が消えた

 メイカーフェア東京は2012年から開催されている。2012年の僕は、SonyのスマートホンとPanasonicのカメラとノートPCを使っていた。今ではPC(Xiaomi)もスマホ(HUAWEI)も中国製になってしまい、一眼レフはまったく持ち歩かなくなってしまった。

 現在は深圳に住んでいることもあるが、最近買ったガジェットはMicro:BitとRaspberry Pi(イギリス)、DJI、Insta 360、M5Stack、Makeblock、Robobloq、Honeycomb、Bluedio、SODO(いずれも中国・深圳)と海外製品ばかりで、日常的に使っているガジェットは、iPadとノイズキャンセリングヘッドホン以外はすべて中国製になってしまった。

 もちろんイメージセンサなど日本の製品は今もとても優秀だ。でも、名前を言えばどこの国でも一発で通じる日本のサービスや製品はどんどん少なくなってきている。

 東京メイカーフェアに出展していて、海外のメイカーフェアから招聘されるようなすばらしいメイカーは、普段は日本の大企業でエンジニアをしていることが多い。深圳からみてあこがれのメイカー達が働く大企業が、会社としては深圳の会社よりパフォーマンスが落ちてしまうのが今の日本の課題のようだ。

 メイカーについての講演をすると、大企業の偉い人から「弊社の社員はあまり自主的な取り組みをしない」という相談を受けるときがある。僕はその会社の社員がメイカーフェアで見せているいくつかのプロジェクトを知っているが、その会社の経営層はメイカーフェアの存在自体を知らないことが多い。

 中国はいろいろ問題の多い国だが、首相がメイカースペースの会員名簿にサインをしたのは、エンジニアにとっては力になったことだろう。DIY的なものづくりをマイノリティの活動とみなすか、その国の未来とみなすかは大きな違いだ。ホワイトハウスでメイカーフェアを開いたオバマ大統領は、スピーチでAppleが同人誌的なDIY活動から始まったことに触れて「今日のDIYは明日のメイド・イン・アメリカ」と述べた。

スタートアップからの社会実装がやりづらい国、日本

 メイカー出身のプロダクトやDIYから始まった社会実装は、特に中国ですごく増えてきている。とはいえ、スタート地点ではDIYであっても、実際に製品を世に出す際にはフルタイムの活動になる。第2回で触れたYコンビネータの創業者ポール・グレアムは、スタートアップの仕事を「40年間ゆっくり働く代わりに、4年間ものすごく働く」と表現している。

 ハードウェアの会社を立ち上げるには、提携EMS工場や販売店との付き合いなど、ソフトウェアの会社に比べて多くの社会的リソースがいる。中国や米国のように社会構造が大きく変化し続ける国に比べて、日本のハードウェアスタートアップを取り巻く状況は厳しい。

 メイカーフェア東京の出展者のかなりは仕事を持っていて、週末や休日にものづくりを楽しんでいる。優秀なメイカーは企業のエンジニアとしても優秀だったり、かつて優秀で今は管理職になっていたりする。同人誌的な活動は許されても、副業と見なされるような活動はしづらい。

 また、日本の社会が成熟するに従って消費者保護を目的とした製品への規制がどんどん強化されている。ホンダの創業者である本田宗一郎が湯たんぽをガソリンタンクにしたオートバイの試作品を作った話はとてもメイカーらしいエピソードだが、深圳でそういう風景は見られたとしても、今の東京で見ることは難しい。

 日本は世界に関するコンテンツ大国で、特にマンガは他の国に比べて圧倒的な人気がある。日本のマンガは豊富なインディーズ、同人誌をその土台にしている。そのインディーズ文化は出版社や印刷所などの産業を含めて巨大なエコシステムを構成していて、海外から日本でマンガ家になることを目指して日本に住みつくクリエイターを生むほどのユニークさになっている。そうしたもののハードウェア版として、日本のメイカーからの社会実装があってもいいのではないだろうか。

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