鳥だ。飛行機だ。赤ちゃんグモだ!
空を自在に飛びまわる鳥やチョウ、ハチなどと並んで、クモも空を飛べるなんて知りませんでした。
科学者界隈ではけっこう前から知られていたようですが、たとえばブリストル大学によればダーウィンがビーグル号で旅をしながらまったく新しい生物学史を切り開いていた頃、海のど真ん中で無数のクモが乗船してきて、それらが無風なのにも関わらずものすごいスピードで船から空へと飛び立つのを見て驚いたという話です。
所変わって山形県南陽市の水田地帯では、かつて秋の終わりになると小さな子グモたちがいっせいに糸を風に流して飛ぶ現象が初雪の前ぶれとされ、「雪迎え」と呼ばれていたとか。
でも、翼も羽も皮膜も持たないクモが、いったいどうやって空を飛ぶんでしょうか?
今年6月に発表された研究が、クモが空に舞い上がる様子を明らかにしました。これを「バルーニング」というそうですが、百読は一見に如かず。まずはこちらをご覧ください。
Theklaちゃん(♀)は全長約5ミリ、体重25ミリグラムの比較的大きなカニグモ。ベルリン工科大学の研究者チームは、野外観測と風洞実験をあわせてTheklaちゃんとその仲間たちを観察した結果、風向きや風速など上空の様子を入念に探ってから飛行体制に入ることがわかりました。
風が秒速3メートル以下で上昇気流が穏やかな時を選んで、いざバルーニング体制に入ります。まず前足で何度も風の状態をチェック。納得できるコンディションであれば、今度はくるりと身をひるがえして風上のほうへ向き直ります。お尻を上に向け、先端の糸イボ(出糸突起)から3メートルほどの糸を何本も風にたなびかせ、地表とつないだ命綱を断つとともにあっという間にお空のかなたへ。
なんという勇ましい旅立ち!
カニグモ以外にも、様々な種類のクモが同じように新天地を求めて旅立ちます。空に舞い上がったらあとは運次第。時には上昇気流に乗って数百キロメートルも旅する強者もいるのだとか。
ところがどうやら、クモたちは風の力だけで飛行しているわけではないことが最新の研究で明らかになってきました。
ビーグル号に乗ったダーウィンは、風がない日にも旅立つクモを目撃していました。曇天でも、よりによって雨天でも平然と旅立つクモたち。どうやら風力とともに空中電場を利用して飛行しているらしいのです。
これに気づいたのは英ブリストル大学のErica Morley研究員(生物物理学)でした。
「空を飛行するクモの多くは複数の糸を使ってバルーニングをしますが、その際糸が扇形に広がることが確認されています。これはすなわち、糸同士の間に静電気力が働いていることを示唆していました」とMorleyさんはブリストル大学のプレスリリースに語っています。
静電気からヒントを得たMorleyさんは、クモたちが空中電場を利用していると仮説を立てました。空中電場とは、地球規模の電気の流れにより常に維持されている大気中の電場。昆虫はこの空中電場を感知できることが知られていましたが、クモも同じような感覚を持ち合わせていることが今回初めて明らかになったのです。
学術誌『Current Biology』誌に掲載された研究実験では、ラボ内に人工的な空中電場を再現。大気中の電場と同じになるように設定し、クモたちを放って様子を見ました。すると、無風の状態でも電場さえあればバルーニングすることを確認しました。さらに、電場をONにするとクモたちは上昇し、OFFにすると降下することがわかり、風が吹いていなくても電場で生じる静電気だけを使って宙に浮くことができるとわかったそうです。
翼を持たず、水も渡れず(数種を除いて)、さほどジャンプ力もないちっぽけなクモたちが、風と電場を操って世界中に拡散しているとは…。
ただ、これは実験室で確認されたに過でないので、自然界でも同じように飛んでいるかどうかは別で実証する必要があります。
とはいえ、これはスパイダーマンをもしのぐ驚異の飛行力ですよね。
Image: Michael Hutchinson/naturepl.com via University of Bristol
Video: YouTube(1, 2)
Source: University of Bristol, Current Biology, PLOS Biology, Technische Universität Berlin
Reference: 田んぼの生きものたち-クモ(農山漁村文化協会), 日本のクモ(文一総合出版)
(山田ちとら)