誰にでも、革新的な発想をして行動に移す「イノベーター」にならなくてはならないときがあるもの。それは難しいことのように思えますが、「実際のところは誰でもなれるものである」と断言するのは、『いつもの仕事と日常が5分で輝く すごいイノベーター70人のアイデア』(ポール・スローン著、中川 泉訳、TAC出版)の著者です。

要は、イノベーターのように考え、行動すればいいだけだということ。にもかかわらず、多くの人はそれを難しいと感じてしまう。それは、不要な危険を避け、以前にうまくいったことを繰り返し、快適な生活で満足するという、ごく自然な傾向が人間にはあるからだというのです。

そこで本書では、その快適な場所を抜け出して新たな冒険に一歩踏み出せるような、インスピレーションやアドバイスを示すことを狙いにしているのだとか。

本書では、様々な時代の、異なる分野で影響力を持った偉大なイノベーターたちの生涯をエピソードを絡めて紹介しているが、彼らが時代の最も優秀な人たちだったから選んだのではない。彼らが実証してみせた教訓や見識ゆえである。(「はじめに」より)

本田宗一郎からイーロン・マスク、ステーブ・ジョブズやウォルト・ディズニーなど、あらゆる分野のさまざまな人物が登場するところが特徴。きょうはそのなかから、惜しまれながら世を去ったふたりのミュージシャン、フレディ・マーキュリーとデヴィッド・ボウイに焦点を当ててみることにしましょう。

フレディ・マーキュリー(1946~1991)

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Image: TAC出版

ご存知のとおり、フレディ・マーキュリーはロック・バンド、クイーンのヴォーカリスト。ここでは、マーキュリーがクイーンの1975年のアルバム『オペラ座の夜』のために書いた「ボヘミアン・ラプソディ」に関する話題が取り上げられています。というのも、この曲はポピュラー音楽のルールをすべて破っていたから。

当時のほとんどのポップスはシンプルで型にはまっていましたが、彼はひとつの曲のなかにさまざまなスタイルやテンポを複雑にミックスしたのです。

具体的にいえば、密集和音のアカペラのイントロ、バラード、ギター・ソロ、オペラのパロディ、ロック・アンセム、美しいフィナーレという6つの要素から構成されているということ。また、「人を殺した」という、運命を嘆くような歌詞にも謎めいたところがありました。

しかし、クイーンはこの曲をシングルとしてリリースしたいとEMIレーベルに提案するものの、あっさり却下されてしまいます。5分55秒もあるこの曲は、ラジオで流すのは3分半以内という当時の慣例に合わなかったからです。

そこでマーキュリーは、友人のラジオDJケニー・エヴェレットに直接掛け合い、「曲の一部だけを流す」という条件で、このレコードを渡したのです。エヴェレットは最初は条件に従って流していたのですが、リスナーの反響はあまりにも大きかったため、自分が司会を務める週末のラジオ番組でこれをノーカットでプレイ。

その結果、この曲を求めて多くのファンがレコード店に押しかけたものの、当然ながらその時点ではレコードが発売されていない状態。そこでEMIも、このレコードをリリースせざるを得なくなったわけです。こうして、ラジオでは流せないと言われ続けていた曲が、クイーン最大のヒット曲のひとつになったということ。

またこの曲は、まったく同じヴァージョンでランキング1位を二度獲得した初めての曲にもなったのでした。一度目は1975年の最初のリリース時。二度目はマーキュリーが亡くなった1991年。アメリカでは100万枚以上を売り上げてゴールドディスクを獲得し、1992年には映画『ウェインズ・ワールド』に使われたこともあり、世界中で人気が再燃したのです。

自分を変えるアイデア:クリエイティブな才能を持つ人は、既存のものに手を加えるようなことはしない。(37ページより)

そればかりか、顧客や上司、批評家の要求に耳を傾けることもしないと著者は言います。まず、自分が考える画期的なアイデアをとことん追い求めるというのです。スケジュールや制約に合わせたり、スポンサーを筆頭とする他の人々の期待に沿ったりもせず、自分のペースで、自らの代表作をつくりあげていくということ。

そして時には、自身の型破りなアイデアや創作物を売り込むために、自らが宣伝担当になる必要も。自分が心から信じているものなら、最高の売り込みをすべきだということです。

あまりに斬新すぎるという理由で、自分が手がけたものが従来のルールから拒まれた場合には、そこを避けて顧客に直接掛け合ってみるのもひとつの手段。それこそ、マーキュリーが「ボヘミアン・ラプソディ」で行ったことだというわけです。(34ページより)

デヴィッド・ボウイ(1947~2016)

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Image: TAC出版

デヴィッド・ボウイはシンガーであると同時に、いくつもの楽器をこなし、レコード・プロデューサー、編曲家、画家、俳優としても活躍したアーティストであり、自身のサウンドやキャラクターを絶えず変化させてきたことでも知られています。

1960年代のヒッピー的な「スペース・オディティ」にはじまり、「ジギー・スターダスト」「アラジン・セイン」「ピエロ」「シン・ホワイト・デューク」などのペルソナ(人格)を経て、大きな影響力を持つロックの発信者となったわけです。

著者はここで、そんなボウイのイノベーションの多くが「共作」から誕生していることを指摘しています。彼自身、テキサス出身の歌手であるレジェンダリー・スターダスト・カウボーイからの影響を認めており、特に彼のシングル「パラライズド」によって、ボウイにとって最初の代表的ペルソナであるロック・スター「ジギー・スターダスト」が形成されたのです。

1970年代のボウイは自身のソロ活動と並行し、ルー・リードのヒット・アルバム『トランスフォーマー』、さらにはイギー・ポップのアルバムもプロデュースしています。またブルース・スプリングスティーンと組んだのちには、ルーサー・ヴァンドロスとの共作「ファッシネイション」を含む大ヒット・アルバム『ヤング・アメリカン』を発表し、新たなスタイルを確立しました。

つまり、さまざまな人と組むことによって、それを自らのイノベーションの原動力にしたということです。

ボウイによる初の全米ナンバー・ワン・シングル「フェイム」は、ジョン・レノンとカルロス・アロマーとの合作。さらに1970年代後半、ベルリンに拠点を移したボウイは、元ロキシー・ミュージックのブライアン・イーノと組んで、さまざまなジャンルをミックスさせた「ベルリン三部作」と呼ばれる3枚の代表作(『ロウ』『英雄夢語り』『ロジャー』)を生み出しています。

当然ながら、その後の数年間も新たなテーマやスタイルを模索し続け、ナイル・ロジャース、ミック・ジャガー、クイーンなどともコラボレーションすることになります。

なおボウイは、1970年代にニコラス・ローグ監督の映画『地球に落ちてきた男』に主演して俳優業に進出。1980年代にはブロードウェイの舞台で、『エレファント・マン』の主役を演じてもいます。2006年には、クリストファー・ノーラン監督の映画『プレステージ』では、実在の科学者であるニコラ・テスラを演じてスクリーンに復帰し、世間を驚かせもしました。

また、高い評価を受けることになったラスト・アルバム『ブラック・スター』は、革新的なジャズのエッセンスが盛り込まれた優秀作。このアルバムがリリースされた2016年1月8日は、彼の69歳の誕生日であり、彼が死を迎えるわずか数日前のことでした。

自分を変えるアイデア:なにごとにもとらわれずに、幅広い人々と手を組もう。(129ページより)

自分の才能だけに頼るのではなく、さまざまな人たちと手を組むことで、常に新鮮な刺激を吸収したのがボウイ。そして注目すべきは、彼が手がけた共作のほとんどが、音楽のスタイルの面でも方向性においても、イノベーションをもたらしているということです。

歳を重ねた多くのロック・スターたちとは違って、過去のヒット曲に依存するだけの適当な仕事はせず、新たなアイデアを出し続けたわけです。そんな彼のあり方を受け、著者はここでこう提案しています。

自分に変化を課して、新たな手段を模索し続けよう。(129ページより)

この項のラストを締めるのは、ボウイの次の言葉です。「自分で自分に変化を課すことには自信があるんだ。振り返るよりも前へ進むほうが、はるかに楽しいからね」(126ページより)




本書を1ページ目から順に読む必要はないと著者は記しています。本書に登場するイノベーターたちのなかから、自分が抱えている問題に役立ちそうな、誰かの話に目を通せばいいということ。そして、話の最後に挙げられているアイデアを、自分の問題に当てはめてみればいいということです。

ユニークで親しみやすく、読みものとしての完成度も高い1冊。手元に置いておけば、いろいろな局面で役に立ってくれそうです。


Image: TAC出版

Photo: 印南敦史