古代エジプト人は、ファラオの時代よりもずっと前にミイラ製造法をマスターしていた

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  • author George Dvorsky - Gizmodo US
  • [原文]
  • 塚本 紺
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古代エジプト人は、ファラオの時代よりもずっと前にミイラ製造法をマスターしていた
トリノのエジプト博物館に収容されているMummy S. 293 (RCGE 16550). Image: Egyptian Museum, Turin/J. Jones et al., 2018

古代エジプトの前にも、文化はあったわけで。

ミイラと聞いて連想するのはまず古代エジプトのファラオたちのミイラですが、世界一古いミイラはどうでしょう。現存する5600年前に作られたミイラを調査したところ、ミイラ製造法はファラオの時代よりもずっと前から存在していたことが分かりました。

エンバーミングはかなり前から行なわれていた

樹脂を使ったミイラ製造法は、もともと紀元前約2500年にエジプト古王国で発明されたと長らく考えられてきました。しかし2014年の研究が南エジプトのモスタゲッダで発見された葬式用の生地を分析した結果、エジプトにおけるミイラ製造の発端はさらに1500年以上前であることが示唆されました。

そしてつい先日、科学誌「Journal of Archaeological Science」に発表された、同じグループによる新しい研究では、どのように古代エジプトでミイラ製造手法が開発されたか、いつ開発されたか、エンバーミング(防腐保存処置)のプロセスに何が使われていたのか、といったことに関してさらに理解が深められています。この新しい研究は、2014年に行なわれた繊維の分析とは違ってミイラ自身を分析しているので、かなり大きな意味を持っています。

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Image: Stephen Buckley/University of York
分析に使われたトリノのミイラの一部

貴重な無傷のミイラ「Mummy S. 293(RCGE 16550)」

「研究に使われたミイラは、紀元前4300年頃までさかのぼるエンバーミングに使用されていた発展途上の薬剤を明らかにしてくれる最古のものではありません。ですが、後にファラオにほどこされる、エジプト式ミイラ製造の象徴的なプロセスの重要な要素について明らかにしてくれる、初めて見つかった無傷のミイラです」とヨーク大学の考古学者であり研究の共著者であるStephen Buckley氏は言います。

使われたミイラはMummy S. 293(RCGE 16550)として知られており、1901年からトリノにあるエジプト博物館で展示されてきたものです。現代の技術による追加の保存処理がほどこされていないサンプルであるため、今回の科学分析に最適だったわけです。

エンバーミングのレシピが判明

Mummy S. 293はかつて、高い気温と乾いた砂漠の環境が作り出した自然のミイラであると考えられていたそうです。しかし今回の研究でこれが植物油や熱された針葉樹の樹脂、植物から抽出されたアロマや植物性のゴム質の混合物を使ったエンバーミングによるミイラだということが確かめられました。

この混合物は混ぜ合わされることで、強力な抗菌効果を持ちます。「エジプトのエンバーミングのレシピと呼べるものが初めて特定できました。これは紀元前約3100年のファラオ時代に行なわれたミイラ製造においても、重要なキーとなる抗菌性エンバーミングとほぼ同じものです」とBuckley氏は言います。

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Image: J. Jones et al., 2018
ミイラから取られた繊維を顕微鏡で見た画像

ミイラの年代と死亡時の年齢も判明

この結果を踏まえミイラを包んでいた繊維は顕微鏡により分析され、エンバーミングの成分も化学分析が行なわれ、遺伝子分析によって人間とそれ以外(植物素材など)のDNAも調査されたそうです。残念ながらこの標本からは人間のDNAは抽出できなかったそうです。これは博物館で長年に渡りさらされてしまったことの結果だと推測されます。

放射性炭素による年代測定によると、このミイラは紀元前3650年から3380年の間に作られたものであることが分かりました。またエジプトにおける繊維テクノロジーの変遷など、他の証拠とも照らし合わせた結果、研究の著者たちはミイラの出処を紀元前3650年から3500年まで絞り込んでいます。歯の摩耗状況から、ミイラの年齢は亡くなった時点で20歳から30歳であったようです。

このミイラに使われているエンバーミング技術はミイラ文化がピークに達した、これよりも2500年も後に使われているものと類似していることは驚くべき点です。エジプトが世界初めての国民国家として誕生する約500年前の時点で死、そして死後の世界について類似の思想を持っていたことを示している、とBuckley氏は述べています。

貿易の範囲も判明

実際に、このエンバーミング技術はエジプト前史のナカダ文化時代まで遡るようです。今回の調査では、この抗菌性の針葉樹樹脂を使うという技術はエジプト発祥のものではなく、混合物は現在のイスラエル・パレスチナ地域から輸入されてきたものだろう、ということも明らかになっています。

「これは古代の貿易ルートがどの程度であったかを知る上で非常に重要です。エジプトと近東の間で交易があったことは知っていましたが、近東と南エジプトの間で樹脂の貿易が行なわれていたことは非常に有益な新しい情報です。紀元前4300年から3100年頃から始まった、モスタゲッダ(ギザの南にある地域)が発症の埋葬法と非常に似ていることからも、パン・エジプトというアイデンティティがまだ形成段階にある時においてすら、エンバーミング技術は広い地域で使われていたことを示す最初の証拠となります」とBuckley氏は米Gizmodoに語っています。

このように無傷で残っているミイラは非常に珍しいものです。この研究によって、古代エジプト人が用いていた技術、そしてそれ以前の文化が古代エジプト以降に与えた大きな影響についての理解が深まりました。古代ですらそれより古い時代があったわけですからね。

Journal of Archaeological Science