• medicaljp badge

「つらくて不安で、わらにもすがる思いでした」 キャベツ湿布、日本助産師会は「統一見解は示していない」と回答

乳腺炎の対処法として助産師からキャベツ湿布を勧められた女性。助産師教育の参考書にも掲載され、日本助産師会は「助産師会として統一の見解はない」と否定もしませんでした。

子どもの発熱や授乳中の乳腺炎にキャベツの葉っぱを当てると治るとする民間療法「キャベツ枕」や「キャベツ湿布」。

小児科医の森戸やすみさんに、「医学的に根拠はない」 ことを検証する記事を書いてもらったところ、「助産師や保健師から勧められた」「助産師の教科書にも書いてあった」という声が寄せられた。

東京都内の団体職員の女性(35)も、4年前に出産した際、じゃがいも湿布やキャベツ湿布を助産師に勧められ、特にキャベツは断乳の時まで手放せないものとなっていた。

「胸が痛くてつらい時に、助産師さんが教えてくれたことだから本当だと思っていました。なぜ医療の専門職が根拠のないことを勧めるのでしょうか?」

妊産婦の生活に寄り添う医療専門職として、産前産後のケアで重要な存在となっている助産師。なぜこのようなことが起きているのだろうか?

日本助産師会は根拠がなく、赤ちゃんに感染症の危険もあるキャベツ湿布を助産師が勧めていることについて、BuzzFeed Japan Medicalの取材に、「助産師会として統一した見解は示していない」と否定もしないままだ。

胸が腫れ上がり、40度の熱でもうろう まずじゃがいも湿布

女性が右の乳房に異変を感じたのは、長男を出産した病院から退院して1週間も経たない頃だった。

「胸がピリピリするなと思ったら、右胸が赤く腫れて、硬い大きなしこりのようになっていました。熱も急に40度まで上がり、初めての子育てなので何が起きたのだろうと不安になりました」

その時ふと、少し前に出産した友人が、「乳腺炎で熱が出た」と話していたのを思い出した。

(ひょっとして、私も......)

出産した病院の母乳外来に「どうしたらいいですか?」と電話すると、「予約でいっぱいなので、自治体の担当課に問い合わせてください」と言われ、役所から紹介された助産師に電話した。

50代前半ぐらいのその助産師は、すぐには訪問できないと言って、「お母さん、じゃがいもありますか?」と尋ねてきた。

「じゃがいも...ですか?」

あまりに意外なものを言われ、つい聞き返した。

「はい。じゃがいもをすりおろして、キッチンペーパーでくるんで胸に当ててください。真っ黒になりますので、汚れてもいい服で当ててくださいね」

「大根おろし器でいいですか?」

そんなことを聞いて作り、胸に当てていると、そのうちアクが出てきて真っ黒になった。市販の解熱剤を飲んでもいいと言われて飲んだが、その助産師が訪問してくれた二日後も同じ状態が続いた。乳房マッサージを受けたが、変化はない。

ただでさえ初めての育児で夜も眠れず、産後の不安定な気持ちがさらに揺らぐ。胸はピリピリと痛み、高熱のぼうっとした頭で過ごしていると不安でたまらない。

3人の子育てを経験した実母にも「あんたその胸、おかしいよ!」と驚かれ、徐々に追い詰められていった。

「私、このまま死んでしまうんじゃないか」

切羽詰まった思いで、乳腺炎に悩んだことのある友人に連絡し、治療を受けたという別の助産院を紹介してもらった。

今度はびわ湿布に、キャベツ湿布

友人から紹介されたのは、「桶谷式母乳育児」を掲げる助産院だった。そこは予約でいっぱいで、同じ桶谷式の母乳指導をする助産院を紹介してもらった。

「すぐに来てください」と言われ、母乳を絞ってもらった。その後、やはり50代ぐらいのその助産師は冷蔵庫からキッチンペーパーにくるまれたオレンジ色のものを取り出して来た。

「びわ湿布よ。じゃがいもだと汚れて大変でしょう?」

ひんやりとして気持ちよく、効果があるような気がした。

1週間のうちに数回通い、母乳を繰り返し絞ってもらうと、だんだん熱が下がって楽になっていった。乳腺炎は、母乳が胸に溜まり過ぎることが原因で起こるからだ。

もう通わなくても大丈夫と言われた最後の通院時、「自宅ではキャベツも使えますよ。びわを手に入れるのは大変だから」と勧められた。

母乳育児で有名な大病院で助産師として働いた経験があるというその助産師は、乳首の部分だけくり抜いたキャベツの葉っぱで胸を覆う「キャベツ湿布」を対処法として教えてくれた。

「丸みがフィットするし、ひんやりして気持ちいいので、これは効果があるのだと思いました。助産師さんが言うのだから本当なのだと思っていました」

その後、1ヶ月に1、2回、乳房が少し腫れたかなと感じる度に、冷蔵庫に入れておいたキャベツの葉っぱを貼り付けた。葉っぱがくったりしたら、新しい葉っぱを付け替える。断乳までの1年半、キャベツ湿布を続けた。

野菜についたリステリア菌に赤ちゃんが感染する危険などは最近、知った。

「今振り返るとおかしいことをしていたと思いますが、あの頃は必死でしたし、この辛さをどうにかしたいと思ってやっていたので仕方なかったんです。判断力も落ちていましたし、何より助産師の指導ですから疑うことはありませんでした」

女性は理系の大学院まで出ており、現在は医療関係の職についている。医学や科学のリテラシーは高い女性のような人でもキャベツ湿布に頼ってしまう現状、どういう対処を望むのだろうか?

「出産前後のタイミングで、授乳中に乳腺がどうなると腫れたり熱が出たりするのか、その対処法までを事前に教えてもらえていたらここまで不安にならなかったと思います。専門職にそういう指導を受けたいですが、どの医療職なら正しいことを教えてくれるのでしょうか......」

「教科書」を書いた助産学の先生は?

この女性が経験したような病的な腫れを防ぐ対処法として、助産師向けの母乳育児の指導書『写真でわかる母性看護技術』(インターメディカ)では、キャベツ湿布を写真入りで紹介している。

2008年の初版第1刷発行以来、刷りを重ね、筆者(岩永)が手に入れたのは2015年2月20日に出版された初版第10刷。そちらにもキャベツ湿布は「キャベツを水洗いし、芯をカットして発赤・腫脹・疼痛のある部位に当てる。乾燥したら交換する」として掲載されている。

助産師の教科書や実習の参考書として使われることが多いこの本を監修した平澤美恵子さんは、日本赤十字看護大学の母性看護学・助産学教授も務めた経験があり、現在、助産技術の質を高めるため、助産教育や助産院の第三者評価を行う「日本助産評価機構」の理事も務めている。

いわば、助産師教育の権威でもある平澤さんに、なぜキャベツ湿布を指導していたのか尋ねたところ、メールで回答があった。

「当時、乳房緊満強度の場合には動脈血やリンパ液の増加による鬱血(うっけつ)や浮腫による熱感や圧痛緩和のために用いる方法としてキャベツ湿布を掲載いたしております。当時は助産院などで苦痛緩和の一方法として行われておりました」と、監修当時、助産師によって一般的に行われていた技術であることを説明。

その上で、同じ出版社から2017年11月に出した『写真でわかる母性看護技術 アドバンス』という改訂版には、キャベツ湿布は掲載していないことを明かし、以下のようにその理由を述べた。

「看護学教育の進展に伴い、本書においては『母乳育児支援スタンダード第2版』(NPO法人日本ラクテーションコンサルタント協会)、や『UNICEF/WHO赤ちゃんとお母さんにやさしい母乳育児支援ガイドベーシック・コース「母乳育児成功のための10ヶ条」の実践』等の母乳育児支援の本質を踏まえて、キャベツ湿布(土壌中のリステリア菌の感染の危険)は削除して、冷却シートを張ったり保冷剤をガーゼに包んで当てたりする、に変更しております」

つまり、現在はキャベツ湿布は助産師に教える技術として不適当だと認めている。

「リステリア菌感染の危険(科学的根拠)があることが明確になった今日、キャベツ湿布はケアとして勧められません」と明言した。

では、当時、キャベツ湿布に科学的根拠はあって書いたのか尋ねたところ、「執筆した担当者によると、小児科医にリステリア菌のことを指摘される以前に外国の文献で乳房が腫れて疼痛がある場合に、キャベツ湿布により痛みを和らげるという文献に基づいていたとのことです」と回答した。

助産師会は「統一した見解は特に示しておりません」

助産教育の権威も今は否定している「キャベツ湿布」が、いまだに助産師によって出産したばかりの母親たちに広められていることについて、職能団体である日本助産師会はどう考えているのか。メールで回答があった。

「キャベツ湿布について、日本助産師会(職能団体)としての統一した考えは特に示しておりません」

こう評価を避けた上で、キャベツ湿布が助産師の間で用いられていることについて分析した。

「母乳育児を進めていくにあたり、乳腺炎、乳腺が張りすぎる(分泌過多)際に乳腺全体を冷却することも対処方法の一つとして効果が期待できます。乳腺全体を冷やすときに使用するものの一つに自宅にありすぐに使えるキャベツの葉の活用が出てきたのではと考えます。もちろんエビデンスなどはありません」

「また、乳腺の冷やしすぎは、その後の乳汁分泌に影響するためお勧めしていません。適度な冷却が必要な時に便利に活用できることから野菜の葉物をお勧めしているのではと思います」

その上で、「教育的に取り入れているのであれば、教育関係者にご確認いただくことが確実な回答になると思います」として、エビデンスがなくリステリア菌感染の危険がある助産技術が助産師によって広がっていることについては見解を示さなかった。

また、インタビューの申し込みは、「本会としての統一した見解をお伝えすることがないためお引き受けできかねます」として受けてもらえなかった。

厚生労働省も「いいとか悪いとかは判断しない」

民間療法を国家資格である助産師が広めていることについて、助産師の業務を管轄する厚生労働省看護課は、「助産師が業務として行なっていることを細かく規定しているわけではないし、キャベツ湿布が民間療法かどうかも含めて、いいとか悪いとか判断はしない」と回答。

これによって、赤ちゃんの健康に問題が起きる可能性についてもこう答えた。

「訴訟が起こされたり、医療安全上の調査が入った場合は、担当する課に連絡が行くと思います。今、特別何か問題として取り上げる予定はありません」

「キャベツ枕」「キャベツ帽子」で熱が下がる?

キャベツ湿布、”不妊症に効く”ハーブティ、おっぱい体操、助産師から勧められた?