「今日の議論をどう扱うかはこちらで引き取る」――。

 政府の会合としては異例の結末だった。知的財産戦略本部が2018年6月22日から10月15日まで9回にわたり開催したタスクフォース「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議」は、委員間の対立が激化した結果、予定していた中間とりまとめを断念した。冒頭のコメントは、慶応大学大学院メディアデザイン研究科教授で共同座長を務める中村伊知哉氏の言葉である。

 裁判所の判断の下、悪質な海賊版サイトへのアクセスを民間ISP(インターネット接続サービス事業者)が強制遮断する「サイトブロッキング」の法制度を整備するか否かを巡り、「憲法の『通信の秘密』に抵触し、現時点で違憲の疑いがある」として法制化の棚上げを訴える9人の委員と、「推進」「棚上げ」の両論併記を認める他の委員との溝が埋まらず、「座長預かり」で散会になったのだ。

 とはいえ、ブロッキング法制化の流れが途絶えたわけではない。2018年10月30日に知財本部が開催したコンテンツ分野会合では、ブロッキング法制化の推進を望む委員が「ブロッキング以外に有効な対策がない海賊版サイトはあり得る」として議論の継続を要望した。

 記者は2018年6月以来、検討会議をほぼ毎回傍聴し、議論の流れを追ってきた。なぜとりまとめができなかったのか。検討会議はどのような成果を残し、何が問題として残されたのか。10月15日の散会以降に取材した各委員の話を交えつつ、検証する。 

「最初の人選が全てだった」

 「法制化の賛否について統一した結論が出ないことは、検討会議のメンバー構成が確定した段階で、ある程度予想できた」。複数の委員がこのように証言する。カドカワの川上量生社長も「最初の人選が全てだったのではないか」と振り返る。

 この検討会議の人選はどのように決まったのか。

 検討会議が始まるきっかけは、2018年4月13日に遡る。政府は同日、民間ISPによる自主的なブロッキング実施を容認する緊急対策を決定し、併せてブロッキングの法制度を早期に整備する方針を示した。

 政府が公表した「インターネット上の海賊版対策に関する進め方について」には、「(ブロッキングの)法的根拠を明確にするため、通信の秘密、知る権利との関係を含む法的論点について検討を行い、関係者の理解を得つつ、次期通常国会を目指し、すみやかに法制度の整備に向けて検討を行う」とある。

 この政府方針を受け、法制化の方針を議論する有識者会議が早々に開催されると見込まれていた。だが、知財事務局によるメンバー選定は難航した。事務局が参加を要請した大手通信事業者が相次いで辞退したためだ。

 個社が参加できないとなれば、通信事業の業界団体に参加を求めるしかない。だが、法制化に反対している通信業界団体は、参加に難色を示した。当初、事務局が示していた会議の名称は「ブロッキング法制化の検討」といったキーワードを含んでおり、法制化の推進を前提とした会議であることが明白だったためだ。

 東京大学法学部の宍戸常寿教授や慶応大学大学院政策・メディア研究科の村井純委員長は「ブロッキングという文言を、検討会議の名称から外すべきだ」と事務局に申し入れ、その趣旨に沿った人選を求めた。

 村井氏は、相談に訪れた事務局の職員に「インターネット運用の現場を知る立場として、ブロッキングはあり得ない」と個人としての意見を明らかにしたうえで、「ブロッキング法制化ありきで議論を始めるのは正しくない。正規版流通ビジネスの推進策、ブロッキング以外の海賊版対策、そして最後の手段としてブロッキングの是非の検討、この3項目について議論できる人選をしてほしい」と事務局に求めたという。

 事務局はタイトルや人選に関する村井氏らの要望を受け入れた。まず会議のタイトルから「ブロッキング法制化」の文字を外して「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議」とした。英知法律事務所の森亮二弁護士らブロッキング反対論者にも参加を依頼した他、ブロッキングの法的論点の検討を前提に組んでいたスケジュールも白紙とした。村井氏は委員でなく共同座長として参画することになった。

 この結果、委員の構成は以下のように固まった。政府の緊急対策を容認した知財本部検証・評価・企画委員会のメンバー6人とコンテンツ業界団体1人、法学者が3人、通信事業関連団体6人、消費者団体1人、そして森弁護士である。法学者は中立として、ブロッキング法制化に消極的もしくは反対する委員が8人、容認または推進する委員が7人という構成だった。

 「事務局は人選に関する要請に誠実に対応してくれた」と、後に共同座長に就任した村井氏は評価する。同じく共同座長の中村氏は、第1回会合で「この議論を審議いただくにはこれ以上ないメンバーにお集まりいただいた」と述べた。

 意見が対立する委員を選んだとしても、議論を戦わせるうち、何らかの落としどころが見つかる可能性もあった。森委員は「会議参加の時点でブロッキング法制化に反対だったが、まずは議論を聞いてから改めて判断する考えだった」と言う。

 だが検討会議が議論を進めるにつれ、推進派と反対派の溝はさらに深まることになる。

 宍戸委員は第5回の会合で、憲法上の問題がつきまとうブロッキングに代わる落としどころとして、海賊版サイトにアクセスしたユーザーに対して約款に基づき警告を出す「アクセス警告方式」を提案した。約款に基づくユーザーの包括的同意を前提とし、オプトアウトの手段を用意することで、「通信の秘密」を侵害するリスクを減らせるという。

 だが、ブロッキング推進派の委員はアクセス警告方式を「一考に値する」と評価する一方で、ブロッキング法制化推進の旗は下ろさなかった。カドカワの川上委員は取材に対して「裁判所の判断で実行の可否を決める司法ブロッキングと異なり、約款による包括同意に基づくアクセス警告方式は、ユーザーがほとんど見ていないところで適用先を拡大できる。むしろブロッキングよりも危険で、これを認めると後世に責任が持てない」と反対した。