9時強制退社で消えた月4〜5万円。生活はどう変わる?GDPへの影響は?

残業する男性

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年720時間を超えて社員に残業させたら、使用者は罰金や懲役を課されることも——。

働き方改革関連法の施行に伴い、大企業は2019年4月、中小企業は2020年4月からそうした規制の対象となる。心身の健康をむしばむ長すぎる残業がなくなるのは良いことだが、「残業代が削られたら収入が減るので困る」と心配する人もいるだろう。

実際のところはどうなのか?

1000円ランチが380円牛丼に、でも「休日に友人と食事に行ける」

夜のビル街

撮影:今村拓馬

「残業代の分、手取りが月4、5万円減ったので大変です」

東京都内の人材会社で営業を担当する20代後半の男性は、大学新卒で入社してから2018年春まで、社内でも「激務」と言われたある部署にいた。

当時は毎月の残業時間がだいたい80~100時間。始業は午前9時で、毎晩10~11時ごろまでの残業は当たり前。終電を逃して会社に泊まることも珍しくなかった。土、日もどちらかは昼過ぎから午後9時ごろまで仕事でつぶれた。

たまの休みは一人暮らしの部屋で午後から起き出し、掃除や洗濯をしたらもう夜、といった生活だった。

今の営業担当に異動した2018年春、「午後9時には強制退社」といった全社的な残業削減の取り組みも強まり、暮らしぶりは一変。午後7~8時には退社できるようになり、土日出社や「会社泊」は一切なくなった。

「平日の夜、異業種の人から個人的にゆっくり話を聞く機会を持てるようになり、今後の自分のキャリアを考えるうえで非常に参考になっています。休日に友人と食事に行く機会も増えました。正直、残業が減って良かったと思います」

それでも「手取りで4、5万円」の収入減は痛い。以前は1000円くらいのランチを食べていたが、今は380円の牛丼や、コンビニおにぎりを3個、合計で300円強といった感じだ。外食ばかりだった夕食も、一人の時は「自宅で卵かけご飯」が多くなり、ふらりとバーに寄って飲むのもやめた。

「前は毎月の収支なんて気にせず暮らせたのですが、最近は気を付けないと月末に家賃の振り込みができなくなったり、クレジットカードの引き落とし日に預金残高が足りなくなったりするので、その点は厳しいですね」

643万人の残業代が月7万2000円ずつ減る?

お金

撮影:今村拓馬

日本全体で見た場合、残業減らしは本当に進んでいるのか。

総務省の労働力調査や厚労省の毎月勤労統計調査を見ると、ここ数年、勤め人の労働時間はやや減少傾向と言える。

ただ、残業時間は景気の良し悪しに左右されるうえ、少子高齢化の影響で「若くて長時間働ける正社員」が減り、シニアや主婦といった勤務時間の比較的短い働き手の割合が増えて、1人あたりの労働時間を押し下げる傾向が続いている。企業の残業減らしの取り組みの効果によってどのくらい残業時間が減っているか、統計データから推し量るのは難しい。

とはいえ2019年4月以降は、労働時間が罰則付きの法律で規制されるため、少なくとも「違法」とされる分の残業時間が大きく減ることは間違いない。

みずほ総合研究所が2018年3月に公表した試算によると、2017年に残業規制の上限の「年720時間」を月平均に換算した「60時間」を超える残業をしていた人は、勤め人全体の11.3%にあたる643万人。

月60時間超の残業が一切なくなると仮定すれば、その人たちの残業代は1人あたり月7万2000円減り、日本全体で見れば減少分は年5.6兆円。その影響で名目国内総生産(GDP)は0.3%押し下げられるという。さらに大きな影響が出ると試算した民間シンクタンクもある。

実際には「景気への悪影響は限られる」

図表

ニッセイ基礎研究所の斎藤太郎経済調査室長のレポートから

一方、ニッセイ基礎研究所の斎藤太郎経済調査室長は独自の試算をもとに、「サービス残業の存在を考えに入れれば、実際にはそれほど残業代は減らないはずです」と主張する。

みずほ総研などの試算は、働き手自身が調査対象となり、「月141~160時間働いている労働者の人数」といった分布が詳しく分かる労働力調査に基づく。一方、事業所が回答する毎月勤労統計調査ではそうした分布は分からないが、会社が把握する労働時間を集計しているため、残業代が出ないサービス残業は基本的に含まない。

実際、1人あたりの労働時間は労働力調査よりも毎月勤労統計調査の方が短い傾向がある(上の図表)。二つの調査結果の差には、サービス残業も含まれていると考えるのが自然だ。

そこで斎藤氏は、両調査の結果の差に独自の補正を加えて「サービス残業時間」を推計し、「実際に残業代が支払われた残業時間が月60時間超」の働き手の人数を試算。すると2017年の対象者は「役員を除く勤め人全体」の1.1%にあたる57万人にとどまった。

新たな残業規制によって減る残業代は日本全体で年0.5兆円程度と見られ、国内で勤め人に支払われた賃金の合計にほぼ相当する「雇用者報酬」の0.2%にすぎないという。

影響を受ける57万人の働き手1人あたりの減収額は月7万2000円ほどで結構な痛手となるが、日本経済全体としては「景気に与えるマイナスの影響は限られる」(斎藤氏)という。

長時間残業している人の「9割はサービス」

疲れ切った男性

撮影:今村拓馬

この試算結果は「利用できるデータに制約があるため、相当な幅を持って見る必要がある」(斎藤氏)ものの、月60時間超の残業をしたと見られる579万人のうち、9割ほどの人には残業代がきちんと支払われていなかったことを意味する。サービス残業は今回の法改正と関係なく以前から違法であり、そもそも許されない。

結局、冒頭の男性のように「もともとサービス残業はなかったので、残業時間が減るとともに残業代が相当大きく減る」ケースは少数派とみられるが、今後増えてはいくだろう。それでも、電通の新入社員の過労自殺といった多くの悲劇を生んだ極端な長時間労働をなくすべきなのは間違いない。

まずはサービス残業を一掃したうえで、「働き方を効率化して短時間で利益を上げ、残業を減らしても賃金の総額は減らさない」ようにする努力が、経営者と働き手の双方に求められることになる。「働き方改革」は、働き手にとって甘い話ばかりではない。

(文・庄司将晃)

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