仕事環境や生活環境、現代人を取り巻く環境はめまぐるしく変化します。10年前の私たちの暮らしと今を比べると、大きな違いがあるでしょう。

テクノロジーの進化と共に、数字を積み上げロジックでビジネスを進めることが当たり前になってきました。その延長上で、これまで感覚的に“良い”とされていたものも、科学的にその価値が証明されるようになってきています。そのひとつが「環境」です。

以前ライフハッカーでも取材した、JINSのシェアオフィス『Think Lab』も身体や心で感じる「環境」をよりよくすることで、人間のパフォーマンス向上につながると科学的に証明している事例でした。

今回は、そんなことを考え事業に取り組む方々お話を伺いました。家庭用ロボット『LOVOT(ラボット)』を開発するGROOVE X代表・林要さんと、「青山フラワーマーケット」の姉妹ブランドで、植物を活かした空間デザインを行うparkERs(パーカーズ)のブランドマネージャー・梅澤伸也さんのお二人です。

両者はGROOVE Xの新オフィスのエントランス作りをきっかけに出会い、今回対談が実現。新オフィスのお話から、10年後の人間を取り巻く生活環境・働く環境、価値観などについて、お話をうかがいました。

植物の進化を意識したエントランスを作ったわけ

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Photo: Kenya Chiba

——今回完成した新オフィスの計画は、どのような経緯で始まったのでしょうか。

林:移転のきっかけは、家庭用ロボット『LOVOT』事業の拡大です。以前から、人形師たちが多く集まっていたと言われる人形町エリアにオフィスを構え、歴史ある町の延長線上でロボット開発をおこなっていました。今回の場所も同じく人形町エリアながら、より自分たちの考え方や想いが体現できるオフィスをと考え、今回の移転とともにオフィスデザインにもこだわりました。

LOVOTは、人の生活に潤い・癒しを与えるロボットです。一緒にいるとホッとしたり、うれしくなったりするようなロボットを生み出そうとしています。我々はLOVOTを開発する上で「生物の進化」から数多くのことを学んできました。生物が長い時間をかけて進化してきた中で獲得した、最適な形態や行動を再現しようとしています。

新オフィスでも、このLOVOTの開発思想を再現したい。そう思い、オフィス内の様々なところに視覚や体感としても生物の進化を表現したいと考えました。

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Photo: Kenya Chiba

——その中で、会社の顔となるエントランス部分をparkERsさんに相談されたと。

梅澤:はじめにお会いした時は、かなり悩まれていましたね。オフィス自体のプランは既に進んでいたのですが、エントランスはしっくりくるアイデアに出会えていない印象でした。

林:スタートアップにとって、ファイナンスや開発と同じくらい採用は重要です。その採用において、エントランスは大きな役割を果たします。以前は、エントランスで興味を引く人を採用するのは違うと思っていたのですが、私自身が言葉で伝える以上に、エントランスという空間は数多くのことを物語ることに気づいたんです。そこで、今回は他の予算を削ってでも、魂や想いを込めたエントランスを作らなければと考えていました。

——話を受け、梅澤さんはどのようにデザインを進められたのでしょうか?

梅澤:まずは、ゆっくりとお話をする機会をいただきました。林さんの中にあるGROOVE Xの思想をインストールしたかったからです。その中で、特に印象的だったのは『サピエンス全史』についてのお話です。parkERsは植物との共存共栄を重視し、空間デザインの専門家と植物の専門家が共に空間づくりを行う会社です。共存共栄のためには、植物が室内でも育てられる環境作りが必要となり、そこでは生物の進化からも多くのことを学びます。その点で『サピエンス全史』から様々なことを考えさせられたのですが、林さんも同じ思想をもっていらっしゃったんです。

林:我々も、ロボットを開発するにあたっては生物の進化の過程からは数多くのことを学んでいます。はじめにその話や、ロボットと向き合う姿勢等を共有し、共感を得られたことで、進むべき方向性が一致したように思います。

そのほか、私が特に共感したのは、持続性を考慮してデザインをされている点です。たとえば、オフィスにある植物は最初は元気なのに、徐々に元気がなくなり、ある程度まで弱ってくると新しいものと交換されてしまうのが一般的です。私はそこに違和感がありました。

それに対して、parkERsでは、どれだけ交換を減らせるかと考えている。植物の成長に必要なライトを設置したり、風の流れを作ったり、植物が活き活きと育つ環境作りもデザインの一環として行われているんです。「本当に植物を分かろうとしている」姿勢がある。すごい人たちと出会えたなと思いました。

ロボット開発とグリーンを活かした空間づくり。その共通点

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Photo: Kenya Chiba

——対話の中でさまざまな共感があったのですね。実際、今回完成されたエントランスには、どんなコンセプトや想いが込められているのでしょうか。

梅澤:根幹となるコンセプトは「進化」です。エントランスのグリーンは、古生代中生代新生代とそれぞれの年代を連想させる植物を植えることで、進化の過程を可視化しました。

合わせて、「」と「」という要素も盛り込んでいます。「LOVOT」は五感や感性を大切にして作られているロボットです。エントランスでは、静かな部分と動きのある部分を水を用いて表現し、感性を研ぎ澄ませる空間にしたいと考えました。

林:完成後、水の流れる音を実際に聞いた時、人間はこういう音で気持ちが安らぐのだなと改めて感じました。また、水音という雑音があることで、会議室や執務室のサウンドマスキングにもなる。設計段階では気づきませんでしたが、予想以上に良い効果でしたね。

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Photo: Kenya Chiba

梅澤:ありがとうございます。私も実際に完成したものを目の当たりにし、感覚が研ぎ澄まされる感覚がしました。エントランスの扉が開いた瞬間に、森の中に一歩足を踏み入れたような開放感が感じられましたね。

林:他にも、扉の手前に設置した人が近づくと床に水の波紋が広がる仕掛けのアイディアも素敵でした。

梅澤:人感センサーで人の動きを察知し、天井付近で水がしたたり、その頭上にできた波紋を床に投影する仕掛けですね。あれは我々もこれまで試したことのないチャレンジングな取り組みだったのですが、想像をうわまわる仕上がりになりました。まるで人が通ると床に水が垂れているかのように見えるので、初めての方にはきっと驚いていただけると思います。

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Photo: Kenya Chiba

——確かに、我々も受付で「これは一体どういう仕組みなんだ!?」と、とても驚きました。お話を伺っていると、お二人ともロボットと植物で畑は違えど「いかに人間の感覚や心を大切にするか」を重視し、その環境を作ることに尽力されている印象を受けました。

林:そうですね。GROOVE Xは、日々過ごす環境をどのように改善すれば、人間のパフォーマンスが上がるのかを追求しにいきたいと考えています。その方法のひとつとして、「心地よく生きること」があります。

人間同士でサポートし合ったり、または1人でもパフォーマンスが上がるのならば、それでも構いません。ただ、人間同士のサポートには限界がある。私たちは、ペットに癒しを求めるようにLOVOTとの触れ合いによって心が満たされ、人間のパフォーマンスが上がるという状態を目指しています。

まさにそのようなことを「植物」からやろうとしていたのがparkERsさんでした。

梅澤:そうですね、私たちも植物によってどのように環境を改善すれば、人間のパフォーマンスが上がるのかを考えています。具体的にグリーンの量がどれくらい視野の中に入ると、生産性がどれだけ上がるか、という調査をしたりもしていますね。

よくお客様から言っていただくのは「植物っていいですよね、植物好きです」ということです。多くの人が植物に対して「なんかいいな」と好意的に思っている感覚を、デザインやエビデンス、テクノロジーによって補完することで、植物は人類進化のソリューションになるのではないかなと私は考えています。

人間がよりパフォーマンスを発揮できる環境を

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Photo: Kenya Chiba

——人々を取り巻く環境の改善に対し、それぞれのアプローチで挑戦されているのですね。その点でいうと、ここ数年働く環境や働き方が変化し、オフィスの役割も変わりつつあります。梅澤さんは10年後のオフィスは、どうなっていると考えられますか?

梅澤:「私たちはこういう未来を作りたい」「こういう世の中を作りたい」と企業の姿勢を表す、メッセージの発信地として機能していくのではないかなと考えています。普段はオンラインで仕事をしてもいいかもしれない。けれど、オフィスは人間同士が顔を合わせて会話する場として残り続けるのではないかなと思いますね。コミュニケーションから何かを生むことができるのは、人間の可能性だとも思っています。

少し話が飛んでしまいますが、進化の過程で、ホモ・サピエンス (ホモ・サピエンス・サピエンス) は生き残り、ネアンデルタール人 (ホモ・ネアンデルターレンシス) は絶滅しています。この大きな違いは、脳の作りにあると言われているんです。ネアンデルタール人は視覚が発達していて、後頭葉が発達していました。一方ホモ・サピエンスは、思考やコミュニケーションを掻き立てる前頭葉が発達している。一説には、それがホモ・サピエンスが生き残れた理由だと言われているんです。

そう考えるとホモ・サピエンスの本質は好奇心ではないか、と私は考えています。好奇心、ワクワクを生み出すひとつの手段として、人と人とのコミュニケーションがあるのかもしれない。オフィスは、そういうものを生む場だと思うんです。

——コミュニケーションの場としてオフィスが機能していくのですね。そのような環境の中で、ロボットが役割を持っていくことも考えられます。「LOVOT」をはじめとしたロボットは、10年後どのように存在していると考えていますか?


林:機能的な価値で人間の役に立つロボットではなく、信頼できる友達のような存在のロボットが、バリューを発揮するようになると考えています。

例えば、「ドラえもん」はなぜ人気なのかを考えてみましょう。ドラえもんは四次元ポケットから便利な道具をたくさん出してくれる。でもこれだけが人気の理由ではないと思うんです。ドラえもんはのび太くんの隣にいて、たまにドジで、でものび太くんを助けてくれる友達のような存在。そういう存在がいたらいいよねって多くの人が思うようなロボットです。

のび太くんはドラえもんを信頼しているからこそ、自分の情報や悩み、いろいろなことを打ち明けたり、頼ったりできる。これがもし、人の代わりに仕事をする優れた便利機能だけが備わったロボットだったら、そうはならないのではないかなと。

梅澤:なるほど。確かに、現在のロボットと人間の関係性は、信頼というより支配関係だと感じます。最近は、音声であらゆるものを操作できるようになりましたが、こちらがコントロールすることが当然という感覚があります。

林:そうですね。ロボットと人間は信頼関係を築いているというより、人間の代わりに仕事をする存在としてのロボット、という認識がまだ強い。私たちが、いかに信頼できるようなITやロボットが誕生するか。それが今後のテクノロジーと人間の境界を乗り越える一つのキーなのではないかと思っています。


Photo: 千葉顕弥

Source: GROOVE X , LOVOT , parkERs