ダンジョンで美しいエルフの風呂に癒やされる ムヒョロジ作者が送るファンタジー×お風呂漫画『エルフ湯つからば』(1/2 ページ)
Twitterで第1話が約3万RTされるなど話題に。銭湯サウナブームとファンタジーが融合しただけでなく、入浴の真ずいも描かれているところに注目を。
ダンジョンで疲弊している冒険者たちを、移動式の湯屋を営んでいる美しいエルフがお風呂で癒やしてくれる。薬湯には「霊虫の羽」「生首柿の種」「アブラ火草」などダンジョンに生えている不思議な草を入れて――。
古典ファンタジーの世界と“お風呂”を融合させた新ジャンルな漫画『エルフ湯つからば』が、Twitterで注目を浴びている。作者の西義之が第1話をTwitterで公開したところ約3万回近くリツイートされ、わくわくと共感が詰まったストーリーに「好き」「切り口のセンスがいい」「ファンタジーなのに湯につかりたくなった」と好評が集まった。
同作は『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所』『ライカンスロープ冒険保険』などで知られる西義之が、2016年4月から講談社の青年マンガ誌『月刊モーニング・ツー』で連載中。2018年8月に単行本1巻が発売された。
冒険者たちが金銀財宝を求めてモンスターたちがうごめくダンジョンを旅する世界。お宝の夢を諦めきれず37歳になっても冒険に挑戦していた戦士・ブロンコは、仲間3人が全滅、自分もボロボロの状態で遺跡をさまよっていた。そこへ「お湯はいらんかねぇ〜〜」と、湯船を屋台で引いて歩いてくる1人の美女が。移動式の風呂屋「エルフ湯」である。
エルフ湯は1分つかれば体力全快、5分つかれば夢の世界といわれる、冒険者なら誰しも一度は遭遇を夢見る幻の湯屋。何よりも番頭エルフ「ユフ」のかわいさはうわさがうわさを呼び、人々は書物でその存在を知っては憧れ、中にはユフに会いたくて旅に出る者もいるほどだ。
実際のユフはただ容姿がいいだけではなく、凛とした美しさを持つ。お風呂が準備中なのに服を脱ぎ始めたブロンコをにらみつけ、「入湯とは神秘の儀式」「順序を守れ」と魔法で厳しくいさめる。一方でブロンコの身体の様子を観察しただけで、どのダンジョンに滞在してどこを悪くしているかを言い当て、ドクダミ、霊中の羽、ローズマリー、月詠草の根……と効果的な薬草を湯に入れていく。淡々としているが、冒険者を癒やすことにはひたすらに真摯だ。
「たぷん・・・」。念願のエルフ湯につからば、古傷や生傷、痛いところにかゆいところ、毛穴の一つ一つまで湯が優しく優しく染み込んでくる。絶頂のあまり「ぱっふぁあ ああああああ゛――〜〜」と叫ぶブロンコ。
ここからが真骨頂。ブロンコから立ち上った湯気がもこもこ変形し、不気味な顔がいくつも並んだ、怪物の姿になってしまった。怪物は「夢は夢のままの方がいいよぉ?」「歳 歳 限界だよ」とネガティブな言葉を吐き続ける。40歳手前でも大した成果を出せずに冒険者を続ける、ブロンコの心の葛藤を具現化したものだ。
それを魔法の力でこっそりと退治するユフ。「次の冒険に出られそうか?」と神妙な面持ちで尋ねる。左手が動く、息も軽い……ブロンコは身体が回復しているのを確認すると、「出られそうです…!!」と涙を浮かべる。「それはよかった」と、ユフはここで初めて笑顔を見せるのだった。この癒やし力は半端ない……。
銭湯サウナブームに現れた、西義之ならではの「ファンタジー×風呂」
本作ではこのように、毎回異なる冒険者がエルフ湯で癒やされていくが、ただ「ファンタジー世界にお風呂があったら」と舞台や登場人物、小道具がユニークで面白いだけではない。
4湯目(第4話)では「男は戦士、女は魔法使いであるべき」という常識にとらわれた幼馴染のコンビが、入浴時にその心の闇から開放されて次の冒険へ羽ばたいていくように、人々が湯船で疲れや悩みを吹き飛ばして日常に帰っていく“入浴の真ずい”が、どのエピソードでもしっかり描かれている。
その癒やされっぷりは現実世界の私たちとエルフ湯をなだらかにつなげてくれるし、疲弊している読者に「ひさびさにちゃんと湯船につかろうかな」と入浴への意欲を膨らませてくれる。ファンタジーでありながら、正統な「お風呂漫画」でもあるのだ。
2016年〜2018年の漫画界は、ここ数年の銭湯・サウナブームをくみ取るように、銭湯・サウナを題材にした作品が数多く登場した。筆者も銭湯サウナ好きが講じてそうした“銭湯サウナ漫画”を読みあさっているのだが、目立ったタイトルは例年1、2作品がいいところを、2018年は少なくとも9作品以上出版されている。
『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の秋本治による、東京下町の廃れた銭湯をブラジル人美女があらゆるアイデアで活気づかせていく『いい湯だね!』に、都内に実在する銭湯をロリ服趣味の女の子がレポートしていく『東京銭湯パラダイス ワンコインでイケる非日常』(さくらいま)、高級スパでしかゆっくりと会うことができない男女の恋愛を描いた『スパデート』(聖千秋)――ストーリーものにエッセイもの、情報ものに体験ものと、バラエティは実に豊富だ。銭湯サウナ漫画のカンブリア紀である。
そうした中での「ファンタジー×風呂」漫画だ。
入浴の舞台を実在の銭湯でもなくローマの公衆浴場でもなく「古典ファンタジー世界」に持ってくる発想、ダンジョンを徘徊(はいかい)する「移動式の風呂屋」という非現実的でありながらも納得の行く落とし所。そして空想世界の中でもしっかり描かれる「疲れを癒やし、日常を前向きに生きる」という入浴の根源。昨今の風呂ブームとシンクロしながらも、面白く個性的で共感もできる、そりゃ「好き」と言ってしまう。
また触れておきたいのは、西義之という漫画家の個性が本作をファンタジー漫画としても銭湯サウナ漫画としても傑作にしている点だ。
ファンタジー世界の描写もさることながら、入浴者たちの心の闇を具現化したときのモンスターは『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所』に出てくる死霊や使者を彷彿(ほうふつ)とさせる。作中でも形容されるように、長く白いまつ毛が妖艶なエルフの“エロかっこよさ”、入浴シーンにおける女の子たちの“エロかわいさ”は、『ライカンスロープ冒険保険』『必殺猟師BUNNYさん』で発揮してきた作者のキャラデザイン/設計のなせる技だ。
ただ単にファンタジーと風呂を組み合わせたのではなく、西義之が少年誌から青年誌までさまざまな連載で磨いてきた作家性をいかんなく発揮しているからこそ、面白く個性的で共感までしてしまうコミックに仕上がっているのが『エルフ湯つからば』だ。この湯は、西義之が番頭でなくては入れない。
1巻のラストを飾る5湯目は エルフの入浴シーンを脱衣から丁寧に描いており「ごほうび回か……」と合掌していたら、終盤にエルフの「絶大な癒やしの力の謎」に迫るとんでもない展開を見せて終わる。作者はストーリーモノとしても本作を面白くする気が満々だ。寒い冬に湯船につかりながら、ユフさんに思いをはせたい。
(黒木貴啓)
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